美しい世界
雪名 雄太
森には、私の腕では抱えきれないほど太い幹をした木が、当たり前の様にそびえていた。見上げると、優しく広げた枝葉が、まるで天然の天幕の様に外界と森の中とを隔てている。
辺りには奇妙な声が反響していた。おそらく猿か鳥のものであろうが、姿を見せないだけにかえって、この森の生命の豊富さを想像させる。
森は大して広くなかった。隅から隅まで歩き回るのに、ただの女である私の足でも2時間とかからない程度であった。
私は幾分気落ちして、出発地点である砂浜に戻った。冷静になって考えてみれば、気落ちする要素など全くなかったのだが。
眩しく輝く太陽と、どこまでも青い空を映し、海は穏やかに揺れていた。白い珊瑚のかけらで構成されたビーチは静かに波を受けとめ、微かにさざめいていた。
波間に素早く動く小さな魚達。私は両手で掬い上げようと試みたが、指の間から海水がすり抜けて行くばかりであった。
まだ、ビーチの向こう側を見ていない事に気付いた私は、サンダルを脱ぎ捨て、波に素足を浸しながら歩いた。疲労した足に海水が心地良かった。
ビーチの端には、椰子の木が何本か生えていた。だが私はそれを見上げて苦笑するに留めた。握力20kgに満たない私に木登りなど初めから無理なのだ。
気を取り直して辺りを見回すと、綺麗な熱帯の花が咲き乱れていた。私は、ハイビスカスの花であろうと見当をつけたが、残念ながら確かめる術はない。
いつしか陽射しが柔らかくなっているのに気付き、私はこの島の夜を思い出した。星が漆黒の夜空を埋め尽くし、瞬きもしない。今日も雲一つない天気だから、あの素晴らしい星空に包まれて眠ることになるだろう。
「これで探検はお終い…」
小さく独り言ちながら、私は自然の花畑の真中で、仰向けになった。甘い匂いと、心地良い微風が私の全身をくすぐる。
小さな、しかし人の手の全く加わらぬ美しい世界。
少し身体をひねれば、この島で唯一の人工物――私をここまで連れてきた飛行機の残骸――が見えるはずである。運転手兼ボーイフレンドであった人は、すでに飛行機の可燃部と共に、島を包む大気へと溶け込んでいた。
そろそろこの島に来て3日になるが、人の気配は全く無かったし、これからも無いだろう。
この美しい世界の一部に変わる。私はそれを想像するだけで嬉しかった。干からびて行く身体を自覚していながら、ほんの少しの恐怖しか感じなかったくらいである。
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