平等な国家
ラリッパ
彼女は、指先で髪をいじりながら雑誌をめくっていたが、おもむろに立ち上がり歩き始めた。
その瞬間まわりに緊張感がはしり、全員がその動きを眼で追った。
彼女は課長のデスクの前で立ち止まると、
「あの〜わたし〜今日で辞めたいんですけど〜」
と、語尾をひきずる独特の発音で話し始めた。
「や、辞めるってキミ、入社してまだ2ヶ月じゃないか」
「でも飽きちゃったし〜」
「し、しかし君が辞めると、誰かが困るんだぞ!」
「え〜でも〜」
「自慢じゃないが私はくじ運が悪いし、占いは注意日で、受験を控えた子供が2人もいて、ローンだって20年も残っているんだ!」
動揺した課長は家庭の事情まで話し始めた。
「やるんなら、さっさと済ませちゃいましょうよ」
ニヤニヤしながら見ていた高木は、半ば楽しんでいるように、抽選用の銀色の缶を、カランカランと鳴らしながら課長の机の上に置いた。
私は、エレベーターの中で例の騒ぎを思い出していた。
結局、当たりくじは課長が引いたのだ。本人にも予感があったのか、先端の赤いテープを見て、やっぱりかと言う表情をした。
課長は、しばらく呆然と窓の外を見ていたが、やがて吹っ切れたように手早く私物をまとめ退職の挨拶をして早退した。
すったもんだの末に成立した平等法が、4月から施行され2ヶ月間は何事もなかったのだが、うちの課でも犠牲者が出てしまったわけである。新法により職場内は、男女比率の完全一致が求められ、仮に女性の退職者が出た場合同じ数の男性社員が退職の憂き目を見る。『友引さん』と呼ばれている犠牲者は現地調達が基本で、その場で抽選が行われるのだ。
「しかし、明日から誰が課長をやるんだ」
同時に1階に着いたエレベーターから降りてきた石田が、歩きながら声をかけてきた。
「さあ、やっぱりくじ引きじゃないのか」
「なるほど、それは当たってるな、多分」
私の適当な答えに石田は妙に感心しながら、表通りを指さして訊いた。
「なんだあの人だかりは?」
その先には、人の輪が出来ていた。
私はなんとなく、いやな予感がした。
「女の人がはねられたんですよ、ありゃもうダメだね」
と、野次馬が無神経に言い放ち、得意げに説明し始めたとき、背後で金属音がした。
「ハイ、男性はその場を動かないで、いまから現地調達を行います」
逆光で警官の表情は分からなかったが、その手には初夏の太陽を反射して美しく光る銀色の缶が握られていた。
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