風の中から
さとう啓介
僕は今、夜明けの風の中に立っている。
この町にある唯一の高層マンションの屋上だ。
「何をしている」のかって?
僕は死を決意したんだ。
「どうして自殺する」のかって?
それは言えませんね。
「どうやってそんな屋上に行けた」かって?
結構しつこいですね、それも言えません。言ってしまって真似をする人が出てきて、もし僕みたいに死んじゃったら僕は成仏できないからね。
東の地上が明るみを帯びてきた。僕はその遠くの朝靄にけむる町並みを見て、最後の決心がついた。とりあえず飛ぶ前に準備体操はかかせないだろう。(おいっちに〜さんしぃっ!)
これで良し。僕は吹き上げる風を感じながら下を覗く。
(見なきゃ良かった、少しびびったかな?よし!)
目を閉じて タ〜ッ! 飛んだ、と、飛びました。
全身に風圧を感じる。風だけに包まれた。(やさしい風の匂いだ)
今度は目を開けるぞ。
(うわ〜物凄いスピードで墜ちていく。あっ!)
今、窓を開けたおばさんと目が合った。前髪にピンクのカールを巻いている。一瞬だけどはっきりお互いの目が合った。少し寝ぼけた、つぶらな瞳だ。
(そうだ、母さんはこんな僕の事を悲しむんだろうか?)
一年前、ちょうど梅雨の今頃で、珍しく晴れた日曜だった。
父さんが「海に行かないか」と言って3人で出かけた。僕と父さんは、浜辺でキャッチボールをした。僕の投げた所が悪くて父さんは波ぎわで尻餅をついた。びしょ濡れになり、僕と母さんは笑った。
波に転がる小石の様に、コロコロと笑った。
(多分笑ったのは、あの時が最後だったんだろうな)
あの年の夏、父さんは仕事を無くし、家族を捨てた。母さんは悲しんだ。それからまもなく母さんは、性格が変わった様にお酒に溺れ、僕は僕で夏休み以降学校へ行かなかった。母さんと僕の溝はどどん深く、そして広くなって行った。いつからか家には知らない男が出入りした。(母さんはそれにも溺れたんだ)
そして昨日、僕は我慢出来ず母さんを罵った。その時、母さんがしっかりとした瞳で僕に言ったんだ。
(聞かなきゃよかった、知らなきゃ……)
「うるさいわね。お前は、あたしの子供なん ―――――――
バタバタバタ! ズドン!
(あれ?もうあの世か?)
「この野郎!朝っぱらから俺のトラックでなにやってんだ!あ〜あ、ホロが破れちまってるじゃねーかよ、昨日納車したばっかなのによ。どうしてくれるんだよテメー!」
「……父さん?!」
「つ、ツヨシか?!」
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