第25回1000字小説バトル
 Entry23
 
洪水
 
耕田みずき
 
 
 一体、どうしてしまったというのだろう。俺は首をかしげながらジョッキを手にしていた。これでもう五杯目だというのにちっとも酔わない。それどころかほろ酔い気分にすらなってこない。
 周りの奴らはすっかり出来上がって、あちこちで嬌声を上げている。
「先輩、強くなりましたねェ。全然シラフじゃないですかァ」
 いい加減酔っ払った後輩に背中をイヤというほど叩かれた。
 おかしい。いつもならこんな風に大声を張り上げるのは俺の方だったのに……。以前の俺ならジョッキ二杯も空ければすぐに酔っ払い、調子に乗って杯を重ねれば記憶は瞬く間に吹っ飛び、一応目が覚めるのは自宅なのだが、どうやって帰ったのかは全く憶えていなかった。
 ところが、ここ一〜二週間の間、いくら飲んでも酔えなくなってしまった。それだけじゃない。飲むにつれてますます頭がクリアになっていくのだ。突然、アルコールに強い体質になってしまったのだろうか。不思議なこともあるものだ。
 会計を済ませて店を出る。みんなは二軒目へと流れていったが、ひとりシラフの俺は帰ることにした。
 電車に乗り、暗い窓に映った自分の顔を見ていると急に頭の中に映像が広がり始めた。
 驚くべきことに俺が満員電車の中で痴漢をしていた。OL風の女が嫌そうに身をよじっている。さらにタクシーに乗った俺が車内で嘔吐した揚句に無賃乗車をして自分のアパートに逃げ込んでいる姿。これでは下劣な犯罪者ではないか。
 そして極めつけは、電車の中で足を踏んだ踏まれたというだけで男と争いになり、俺が相手を引きずり出して顔面にパンチを繰り出した場面。俺はそのまま外に出てタクシーに乗り込む。
 ひょっとして、俺に殴られた男は先日、ニュースで死亡したと伝えられた男ではないか……。殺人まで犯していたなんて……。
 次々と浮かび上がる記憶の洪水。酔えなくなった俺は失くしていた間の記憶に復讐されているのだ。泥酔している時の俺は犯罪ばかり犯している。小心者のはずの俺が罪の意識に耐えかねて、俺から酔いを奪い、現実を突きつけたのだろうか。
 ああ、また見知らぬ女の首を締める俺の姿が浮かぶ。酔った時よりも苦しい吐き気に見舞われる俺の頭に“手錠をかけられる”自分の未来の姿がくっきりと像を結び、俺は洪水に流されていった。
 
 
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