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おやすみなさいからはじまる真夜中の手紙 楠木マユミ 「おやすみなさい」 コマ(飼い猫、メス、9才、クールな性格)はその日確かにそう言ったのだ。もちろん言葉を喋ったわけではないが、私がおやすみと言うとそれに応えるように目をちょっと細める仕草をした。それが「おやすみなさい」に聞こえたのだ。私は、心に何かひっかかるものを感じながら眠りに落ちてしまった。 コマが手招きをしている。まるで招き猫のようにおいでおいでをして、私を呼んでいるのだ。クールなコマには似つかわしくないその仕草が、とてもこっけいに見えてふき出してしまった。そんな私にコマは眉根をよせた。 手招きの先でコマは大きな銀杏の木を見上げていた。銀杏の葉が青々と繁っている。梢をそよと抜けた風が頬を撫でて気持ちいい。 「コマ、この木に登って下りられなくなったことがあったよね」 独り言ともなく呟くと、「そうじゃないのよ」とコマが食いかかってきた。 「あれはね、どこぞのちびっこが下りらんないって泣きわめいてたから助けに行ったまでで……」 途中まで喋って、語尾はクゥンクゥンと甘えるような文句をつけるような鳴き声になっていた。 ふと見るとコマが居ない。彼女は足音もなくその場を後にして、遠くのほうでまた例の手招きをしている。 駆けよってみるとそこは永尾さん家の縁側だった。コマは板敷きにごろんと横になっている。夏には生い茂る緑でできた木陰が涼しいし、冬にはぽかぽか陽があたるし、ここは特等席なのだ。 私はコマの傍らに腰掛けた。 「この場所はコマが見つけたんだったね」 コマは私の膝の上にのっかって丸くなった。眉間を撫でてあげると、ごろごろと喉を鳴らして身をくねらせた。 瞬きをした隙にコマは私の手をすり抜けた。見ると公園でおいでおいでをしている。 ガタンゴトンと電車の通る音が公園に響いている。この先の川の向こうに線路が走っているのだ。コマは、と見回すとベンチの脇にちょこんと座っている。 この公園でまだ子猫だったコマを拾ったのだ。 「コマ、ここでミーミー鳴いてたんだよ。あの日も今日みたいに電車の音が聞こえたね」 「覚えてるよ」コマは真直ぐ私を見つめてそう言った。 覚えてるよ…… 寝坊をした時のように、はっと目が覚めた。窓を開けると朝日はまだ昇ったばかりだ。 「コマ?」呼んでみたが返事がない。胸騒ぎがして、部屋中駆け回って探した。 それ以来コマは家に帰ってこない。 コマのヒゲが忘れ物みたいに残されていた。 |
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