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引越し asサーモンas2号 ばあさんが変な格好で柱に頭を垂れた。西日が背中にあつい。 大家のばあさんとは毎月家賃を手渡す時に顔を合わせていたわけだけれど、こんなに小さいとは思ってもみなかった。じっさい柱の下で丸まっているばあさんは風呂敷に包んでしまえるほど小さく、両脚を胸につけて這いつくばっている姿は長く伸びた柱の影にすっぽりと隠れてしまっていた。 急な話で松山へ転勤することになった。上司の話によれば、中間決算を発表したあと会社の上層部はメインバンクの意向により一新されるとのこと。ほどなく東京本社は地雷の散在する戦場さながらのっぴきならない状況に陥るに違いなく、君のように優秀な若手社員はひとまず安全な場所に転戦して英気を養うがよかろう、道後温泉もあるしね、などと「撤退」の語を使えない大本営みたいな言い回しで異動を申し渡した。 大学3年の時から使っている部屋だった。語学教師にでもなるつもりで入った大学だったが、最初の2年で到底教師なんぞになる器ではないと気がついた。自分の身の回りのことで精一杯だ。身の回りとはせいぜい3メートル四方の生活範囲、つまりは4畳半一間のこの部屋で暮らしを立てる程度が身の丈にあっている。西日のきついこの部屋を下見した時、肩の力がふっと抜けたのを覚えている。 「あんた、ここに来て何年になるかね」 ばあさんがいつのまにか変な格好を解いて4畳半の真ん中に正座していた。指折り数えなくたって分かるけれど、ばあさんの視線が真正直に向けられていたから指を折る。 「12年ですか」 二十歳だった。ミカドの下血量が為替相場みたいにニュースの最後に報じられた年の瀬、新年明けてすぐの崩御で成人式すら自粛された年だ。忘れるわけがない。ばあさんは畳の表面を丹念に指でなぞっている。 「敷金のことでしたら、別に構いませんから」 不動産屋で交わした契約書はすでに紛失していて、解約時の敷金の扱いについてどんな取り決めになっていたのかは分からない。ばあさんは眼鏡の奥の細い目を瞬かせ、「12年か」と呟いてもう一度柱に向き直った。 「いろんなことがあったの。ごくろうさん、ありがとさん」 聞き取れたのはその言葉だけだったがばあさんはぶつぶつと柱に向かって呟き続けている。12年間にわたる取るに足らない生活を慰撫しているような響きだった。 私は頭を垂れた。西日が背中を焼いていた。松山に着いたらばあさんに手紙を書こうと思った。 |
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