| # | 題名 | 作者 |
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| 1 | 眠け眼 | 泥人形 |
| 2 | 聖人と教祖 | のぼりん@SSEA |
| 3 | 幻 〜self magic〜 | 加藤 正貴 |
| 4 | 壊れた女 | 芥川かげろう |
| 5 | 檻の中 | 渋澤 コウ |
| 6 | 女神様のため息 | よしよし |
| 7 | 左右 | 完崎竜 |
| 8 | 頭が痛い | rks |
| 9 | 初恋 | 柴田 綾乃 |
| 10 | 夕焼けの廃校。ちょっとした過ち。 | 瀬田 春風 |
| 11 | 不安な会話 | 高橋賢太郎 |
| 12 | 美しい世界 | 雪名 雄太 |
| 13 | 虫 | 古江未衣 |
| 14 | 君の街は僕の街 | 有馬次郎 |
| 15 | フロア | 加納 利夫 |
| 16 | 呪いの部屋 | 藤丸 |
| 17 | 無駄な時間 | かわのプーさん |
| 18 | 平等な国家 | ラリッパ |
| 19 | 三郎の記憶 | kazunyanta |
| 20 | 風の中から | さとう啓介 |
| 21 | 近所の床屋さんにて | やみさき |
| 22 | Lonsome Moon | 川辻晶美 |
| 23 | 洪水 | 耕田みずき |
| 24 | P九〇〇〇開発史 | 羽那沖権八 |
| 25 | 完全なる世界 | サトコフ |
| 26 | 顔の記憶 | 伊勢 湊 |
| 27 | ふたり | ウエダ カホリ |
| 28 | アルマジロ | 三月 |
| 29 | 換気扇 | 越冬こあら |
| 30 | 猿と龍、既定の宿命 | 由述ヨシノ |
| 31 | おやすみなさいからはじまる真夜中の手紙 | 楠木マユミ |
| 32 | 雨やどり | 一之江 |
| 33 | 次はあなた | 太郎丸 |
| 34 | 一年後の再会 | 綾重 寄之介 |
| 35 | 大きな椅子 | 川島ケイ |
| 36 | 引越し | asサーモンas2号 |
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聖人と教祖 のぼりん@SSEA 聖人と教祖が道端で出会った。 それぞれがひとつの宗派を率いた宗教家である。誰もが互いに反発しあうものと思っていた。ところが牽制しあっていたのは最初だけである。いつの間にかお互いが相手の教義を認め合い、そして尊敬の言葉をかけ合った。 「あなたは、救世主だ。私はあなたのしもべになりたい」 「すばらしい。あなたこそ、現代の仏陀だ」 互いに対する宗教的感動は、ふたりの熱い思いをやむにやまれぬものにした。 「私は仏陀ではない。あなたが仏陀です」 「なにをおっしゃる。あなたこそ仏陀なのだ!」 その敬虔な譲り合いは熱を帯び、あたかも討論の様相であった。 突然、彼らを取り巻く集団がざわめき、その中から、一人のお巡りさんが飛び出してきた。彼は、ふたりの宗教家の中に割り込んで、両手を広げた。 「往来の真中で、ぶった、ぶたないと、大人げないぞ。どちらが先に手を出したのか知らないが、その続きは署で聞こう!」 聖人がお巡りさんの掴む手を振り解いて、穏やかに答えた。 「いや、この人が先に私のことを仏陀だといったのです。でも、それは間違いです。仏陀はこの人のほうです」 「いいえ違います」教祖も言葉を返した。 「仏陀はこの人です」 お巡りさんはうんざりしたような顔をした。 「わかった、先にぶったのはこっちだな。署までくるんだ」 「ま、待ってくださいよ」 聖人はいささか慌てた。 「仏陀はこの人のほうですよ」 「何いっているんですか。君が先じゃないか。先に仏陀といったのは。なら、先に行った方を連れて行ってください。私は忙しいので…」 「やってられませんな。あんたが素直に仏陀だと認めりゃよかったんだろ。言い返すほうが悪いよな」 もはや、お互いは穏やかではいられなかった。教祖も聖人も額に青筋を立てた。 二人はさらにいがみ合って、声を荒げた。 「ふん、あんたなんか、仏陀じゃない。」 「お前なんか、仏陀じゃねえよ!」 「そこまで言うなら、呪いの呪文を唱えてやる」 聖人が、両手をクロスしてへっぴり腰に構えたのを見て、教祖は片頬で笑ってすごんで見せた。 「俺の信者にゃ、組関係の奴もいるんだぜ」 収拾のつかなくなった現場で、間に立ったお巡りさんは、ついに拳銃を天上に構えて叫んだ。 「これ以上騒ぎを大きくすると、容赦しないぞ。オシャカになりたくなければ、二人とも手を挙げて、署に来るんだ」 騒ぎの原因が何かという事に、依然気づいていないようである。 |
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Website : 松拳太郎文庫 文字数 : 999 |
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壊れた女 芥川かげろう 真っ黒なサングラスの冷殺し屋のような大男が、一軒家のカギをこじ開けて侵入した。周囲には他に建物も生物の気配もない。中の床は血だらけ。固まった古い血と新しい血が入り乱れ、家中に散らばっている。 20才ぐらいのランジェリー姿の女がリビングのイスに細長い足を組んで腰掛け、ナイフで左の手のひらに数本の細長い傷を付けている。細身の女の体中の白い肌には無数の古い傷跡と新しい傷。床にポタポタと赤い雫が滴っている。 大柄な男が目の前に立っても女は顔色ひとつ変えない。 「何をしている?」 震える声で男が問う。 「あんたの方こそ」 鋭利な声で言い返す女。 「か……金を出せ!」 「なぁんだ、あんたもあたしと一緒じゃん」 女は妖しく微笑む。 「え……?」 「強盗なんかして、現実から逃げてるだけでしょう。あたしもいろんな嫌なこと忘れたいから、こうして血を流してるの」 「これ、前の彼からもらったコップ。あたしを捨てた許せない奴。だから壊しちゃえー」 女は立ち上がり目の前にあったコップを円い小さなテーブルに投げつけた。散らばったいくつもの破片を右手で鷲づかみにし、握り締める。黒いテーブル上に拳から鮮血がダラダラと流れ落ち、赤黒い水溜まりを形成する 男は悲鳴をあげそうになる。 「お金ならあげるよ、ほら」 女は半分赤く染まった札束を差し出す。300万はある。 「たたた助けてくれー!」 男は叫び逃げ出す。 「うっ……!」 1kmほど走った頃、男は突然腹を押さえ苦しみ出す。 こぉぉん……。高く長い音が閉め切った部屋中に反響する。白い肌の女はかわいいクマのぬいぐるみを壁におさえつけ自分の左手ごとそれに木槌で大きな杭を打ち付けている。しなやかな左手から流れ落ちる血は女の素足の足元を真っ赤に染めてゆく。 「ふふふ……。ついに絶頂よ……流血の呪い」 そのとき男が失いかけた意識の中で、さっきの女がぬいぐるみに杭を打つ姿がぼんやりと浮かぶ。なぜだ……?なぜあの女が俺を……? 「あの世で仲良くデートしようね」 女は自分を捨てた男へのメッセージを無邪気なクマに向かって優しくささやいた。 「あれ……?違う。この人さっきの強盗さんだ」 宙を舞っていた木槌が止まった。 女は昔の彼氏とあの大男をいつのまにか混同していたことに気づいた。この二人は兄弟のようにそっくりだった。女は昔失った宝物を見つけたような嬉しい気分になった。 「今度こそ私のモノにしてみせる」 |
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Website : かげろうの館 文字数 : 1000 |
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女神様のため息 よしよし 真昼の公園で朝子は弁当を広げていた。季節は夏。木陰とはいえ気温は30℃を超えている。本人が暑さでボーっとしているスキにお弁当箱を拝見させてもらおう。 まずゴハン。 次にフリカケ。 以上。 んー、シンプル。 ダイエット中かって?いえいえ、ただ単に育ち盛りの子供が3人夫はリストラでって、つまり貧乏してるの。今どき珍しくないね。 で、朝子はパートに出てるんだけど、この弁当じゃ恥ずかしくてみんなと一緒に食べられないでしょ。それで昼はいつもここなの。 と、それはいいとして、私は誰かって? そうね一言で言えば「幸運の女神様」かな。この貧乏人朝子は今10万人に1人って幸運(私)が憑いてるの。宝くじなら大当たり株でも先物でもガンガン儲かる手はずなんだから。 しかしそんな事とは知らない朝子は、早々に帰り支度を始めた。それを見て、サッサとノルマをこなしたい女神様も動く。どうやら公園の出口で売っている宝くじを買わせるつもりらしい。女神様はさり気なく「三億円」の文字がなびく旗を倒して足止攻撃に出る。けど、朝子は足をもつれさせるだけ。おまけに勢い余って、アッと思った時には車道に転がり出ちゃった。目前にダンプが迫ってる。 こういう時、人は一生が走馬灯のようにと言うけど、朝子の場合脳裏を掠めたのは生命保険のことだった。悲しすぎ。 「これで家族が」 と、覚悟を決めたけど、その時はなかなか来なかった。何故って?それはトラックが朝子の手前で悠々と止まるれたからよ。 結局のとこ朝子は保険金を手に入れ損ねちゃったの。でもこの時閃いたのね。別に保険金目当ての偽装事故じゃないわよ。 ズバリ!「絶対止まる車」。どんなにスピードを出しても絶対に効く、夢のようなブレーキよ。 何せ勤め先は自動車の製造工場だから話はとんとん拍子。一年後には朝子の発案で「非常ブレーキ」なるものが完成したわ。 仕組は簡単。ブレーキの時にエンジンを逆回転させて、タイヤも逆回転することで止まるの。ただ難点は凄いブレーキ過ぎて運転手や同乗者にとても負担がかかる事。お陰で車内にはジェットコースターさながらの安全バーが取りつけられたんだけど、以外とこれがおおウケで後に自動車の標準装備となったほどなの。 と、ここまで話したら後はどうなったかは想像がつくかしらね?今回は女神様の出番なし。人間くらいよ、勝手に幸せになっちゃうのなんて。ホント困っちゃう。 |
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Website : 「ねこ」と「うま」 文字数 : 998 |
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左右 完崎竜 一組の電柱がありました。こげ茶色の木が二本で一組になっているものでした。漢字の「人」の様に、右側の木が左側の木を支えていました。左側を支えるのが右側の仕事でした。右側は左側が大好きでした。雪が降って、左側には沢山の雪が積もりました。 「右側、大丈夫?重いでしょう」 「ううん。平気。仕事だもの」 左側が心配して聞くと、右側は笑顔で答えました。 ある日、石ころ道の列の電柱の異動がありました。左側の支えも、別の右側になり、右側も別の左側を支える事になりました。移動後、初めて雨が降りました。左側をつたわって、右側にも雨の滴が流れてきます。 「ああ。冷たいな。右側なんて、いい事ないよ。冬には重くなった左側を支えなくちゃいけない。支えきれなくなって折れたりしたら、右側が怒られるんだ。雨が降ってももれなく左側から滴が流れてくるし。嫌だなぁ」 右側がそう言いました。左側は何も言えませんでした。黙っていながら、 (ああ、前の右側は文句なんか一言も言わなかったなぁ。そんなにも右側の仕事がすきだったのかなぁ) ぼんやりと考えていました。前の右側は、もう確認できないほどに遠くに異動されたのでした。 異動から40日後位の夜、文句を相変わらず言っている右側の話している声と一緒に、他の電柱の話し声が風に乗って聞こえてきました。 「あの、123番の右側がとうとう折れてしまったらしいねぇ」 「なんだか、異動した後はずんずん元気がなくなってしまったらしいよ」 「組んでいた左側はかんかんだったみたいだねぇ」 「軽い打ち身になってしまったって言っていたよ」 自然に流れてくる話し声に、左側ははっとしました。123番とは、以前組んでいた電柱の事でした。左側はおろおろしてしまい、 「すみませぇん!その123番はどうなったのですか?手当てをしてもらったのですか?又働けるようになるのですか?」 と叫びました。でも、風はその声を声が聞こえてきた方とは逆に流してしまい、聞こえてきた話し声もどの位先から流れてきたものなのか全然分かりませんでした。左側は、みるみるうちに泣き出しました。次から次へと涙はこぼれ、右側にもその涙がつたわってきました。 「あれ、雨でもないのに、冷たいものが流れてくるよ。嫌だな。冷たい思いをするのは雨の日だけで十分だよ。左側はもう少し右側の事も考えて欲しいな」 右側がしかめつらでこう言ったのが、左側にも聞こえてきたのでした。 |
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Website : 文字数 : 997 |
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頭が痛い rks 目が覚めるのは、たいてい昼過ぎだ。 朝のニュース番組を見ながらベッドに入り、起きるのは午後の二時ごろ。学校にはもう二ヶ月も行っていない。どうしようかという自問を無視してテレビをつけると、どこの局も似たようなワイドショウをやっている。目が覚めてテレビをつけてワイドショウを眺める、というのが日課になっている。 近所でボヤがあったらしい。画面には、黒く焦げた新聞紙や雑誌の束が映っている。「放火の疑いが濃い」というアナウンサーの声が、なぜか気に障る。 僕がやったのではないか。理由もなく、そう思う。 頭痛がする。この一週間ほど、この痛みに付き纏われている。だんだん酷くなるようだ。病院に行こうか、と昨日も一昨日も思ったことを反芻する。 目を閉じて、頭の中を掻き回されるような痛みに、じっと耐える。 「監視カメラに映っていたこの男性を」 アナウンサーの声にびくりと顔を上げたが、映像は逃げるように切り替わり、棚に並べられたパンが映る。 「混入されていたのは、長さ約5センチの針で」 痛みを堪えるために額に当てていた手がぬるりと滑る。見ると掌が赤い。血だ、と気づくまで少し時間がかかった。頭痛のせいだろうか、いやそんなわけは……部屋を出て洗面台までふらふらと歩く。鏡に映る額はべったりと血に塗れ、髪の毛が貼り付いている。蛇口をひねり、とりあえず血を洗い流した。ぱっくりと口を開ける傷口を予想したのだが、それはなく代わりに鏡には銀の突起が映った。鈍い銀色に光る面皰のようなものが、点点と額に生えている。血を洗い流しても、その銀色の突起の根元から、血がじくじくと滲み、流れる。洗っても洗っても、すぐにぽつぽつと赤い斑点が涌き出て、そこから血が流れる。 呆然と鏡を眺めていると、銀色の突起が大きくなっているのに気づいた。いや、長くなっているのだ。突起の、額から突き出ている部分が長くなっている。額の下、頭の中がどうなっているのか想像して気分が悪くなった。 頭痛。洗面台に寄りかかり目を閉じて吐き気をこらえていると、カツンと乾いた音がした。ふっと頭痛が軽くなったような気がして目を開けると、洗面台の上に血に塗れた針――ちゃんと糸を通す穴もあいている――が転がっている。鏡を見ると、銀色の細い針が今にも抜け落ちようとしていた。 |
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Website : 文字数 : 960 |
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初恋 柴田 綾乃 どんなに不幸な恋か、はじめから分かっている それでも、やっぱり大好きだと気づいた ただ思ってるだけなんて・・・私を知って欲しい、少しでも カバンに入れた秘密のプレゼント、側において アキラが、一生懸命にノートに書いているのは、黒板の因数分解でも、 きどった公式でもなく、堪らずわきあがってくる欲求と行き場のない想いだ。 県で1.2の進学校に”間違って”はいってしまったようなアキラにとって、授業中の教師の声はひどく耳障りだった。オヤジの耳につくその声は、聞かない様にしていても、耳を突き刺してくる。心とは裏腹な従順な脳はガンガンしてくる。 目をそらし、窓の外に行き場を探す。気をそらして、自分の言葉に耳をかたむけはじめる。自分の文字をならべることだけが、今のアキラの生きてる証だった。 数えてつないだ 思い出のダイアモンド 今はひとつずつ 朝もやの街へ・・・なげる!! せつない恋だね 幸せになれない ボンネットに乗せた夢を どこに運ぶの? 理想は遠くて ゆがんじゃうよ ”その時”がくるまで、なんて 待ちきれない hold me tight もっと うれしくて 悲しくて くやしくて せつなくて・・・ 起きているのに、夢を見ているような感覚だった。 どうしようもなかった。それくらいに、苦しかったから。 恋の痛みなのか、抑圧された感覚なのか、それすら分からなかった。 今は只、恋だと思おうとしていた。思うことにした。 現に隣のクラスの男子の事が気になったし、好きと思ったから、そう思うのに後ろめたさは伴わない。 どこか冷めたようなアキラだったが、だから余計に恋には正直で暴れ出す気持ちを持て余していた。 「可愛いぃーアキラ。最近きれーになったじゃん?!うまくいくんじゃない?!」 と、友達は無邪気にも無責任に、そう笑った。その微笑みに、アキラは上手に微笑み返しながら言った。 「言えないよ。無理・・・。」 じゃあねと、小さく手を振って、気づかれない様、ため息を空に吐き出した。 初恋は、思い込みと見境のない無邪気さだ。 不思議ね・・・緑の若葉が輝いていた。 花の香りがした。 アスファルトに照り返す紫外線の暑さが陽炎になった。 その光は夕焼けになり、雲を多くした。 初恋の淡いピンクの頬と裏腹に、いつか出た月がアキラの影を浮かばせていた。 いつか思い出す日がくるのだろうか・・・。 |
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Website : 文字数 : 995 |
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三郎の記憶 kazunyanta 「敵機直上、急降下!」 かすれた見張りの声に、反射的に頭上を見上げると煤けた爆煙の遥か上空には芥子粒程の黒い点があり、逆落としに頭上目掛けて落っこちてくるのが分かった。 午後からの度重なる空襲は、艦から持てる戦闘力を奪い去り、乗員の疲労もまた限界点に達しつつある。 それでも数挺にまで減ってしまった機銃座から、上空に向かってバラバラと火の粉を吐き出すのだが、当事者である三郎の目から見てもそれらが有効に機能しているとは思えなかった。 やがて、甲高い轟音が上空を埋め尽くし、「ヴヴ」という羽音を立てながら幾重もの弧を描いて鉄の肉蝿が舞い降りてくる。 * 「父さん、どうです? 身体の具合はいいですか」 日が良かったのか、父の意識はしっかりとしているようだった。 「義男か。どうも最近は、寝ると兵隊の頃の夢ばかり見る。 あの時わしが乗っておった船に爆弾が命中してな、甲板におった仲間は皆、五体をもがれて宙を舞うのが見えた。 機銃の影に隠れとったわしは、命こそは助かったが、この通り右手を爆風にもがれてしもうた。 何もかも忘れてしまうというのに、よりによって思い出したくない記憶ばかりが鮮明になる。」 やがて、父はどこか遠くを見つめるようにしてこう呟く。 「義男、もげたわしの右手はな、握り飯を確りと掴んだままじゃったんじゃ。」 内臓疾患とアルツハイマー病に侵され、失いゆく記憶の中で父に最後まで残されたのは、右手を失った忌々しい出来事であった。 それは、死期が間近に迫る時、生きようともがく命の本能のように思えてならない。 私が最期を迎える時に、残された記憶とは一体どのようなものだろう。 願わくば、それが私と家族の平穏な日常であって欲しいと思うばかりなのである。 |
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Website : 週刊らっきー 文字数 : 763 |
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近所の床屋さんにて やみさき こんにちは、うん、いつものようにね。あ、そうか。もう夏だから、横は刈り上げてもらおうかな。前の方は目にかからないくらいに適当に切って、分け目は大ざっぱで。え、別に何も良いことはないよ。そんなに嬉しそうな顔をしているかな。うん。ぼくは床屋さんが大好きなのさ。小さい頃からね。 床屋さんにいく楽しみ? 髪を切ってもらう他にも、いろいろあったよ。順番を待っている間も楽しめたし、ほら、雑誌とかスポーツ新聞がおいてあってさ、特に週刊誌のグラビヤ頁にはどきどきしたね。こっそりと女優の水着姿をのぞき込んで、ひとりで興奮してた。ああいう雑誌に載ってた漫画も結構エッチでさ、オッパイなんかモロだったでしょう。もう、罪悪感に苛まれながら、それでもしっかりと見てたね。そうそう、しっかりと目に焼き付いちゃってさ、その日はなにを見てもオッパイに見えたりして。あははは。 こほん。もっち、そんなページばっかり見てたわけでもないよ。ちゃんと記事も読んだよ。ちょうどほら、宇宙での大爆発があったころさ、変な病気が流行り始めたんだよね。そうそう、読んだ読んだ。うん。結局あれは超新星っていうのかな。太陽の何万倍もある恒星が爆発したって言ってたね。それで、地球上に落ちる宇宙線が猛烈な放射能レベルになって、突然、ぱらぱらとみんなの髪の毛が抜け始めた。 びっくりしたよ。男の人も女の人も、一年くらいでみーんなスキンヘッドになっちゃったんだもの。ほんと、大騒ぎだったよね。 あのときには、床屋さんは商売上がったりになったんだけど、でも大したもんだね。すぐにこんなビジネスを思いつくなんてね。え? これって、床屋さんだけのアイデアじゃなくて、床屋さんと花屋さんのジョイントベンチャーだったの。ふーん。なるほどねえ。でもすごいよね。つるつる頭に人工毛根を植え付けて、水耕チューブを取り付ける。そいでもって、水耕ボンサイを植え付ける。ホント、楽しいよ。ちゃんと水をやって、リン酸トニックを擦り込んで、カリウム・リキッドで形を整えるんだ。しかも、太陽光にもあてないと白く脱色してしまうんだから、本格的。みんな色とりどりのボンサイスタイルで町中を歩き回ってるじゃない。 ひと昔前にシャギーとかカラー髪染めとか流行ったらしいけど、比じゃないね。うん。大ヒットだよ。あ、どうもありがとう。除草シャンプーはいらないよ。外は酸性雨が降り出したみたいだから。 (おしまい) |
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Website : ポケットミステリー通信 文字数 : 1000 |
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Lonsome Moon 川辻晶美 彼女の細い指先が、その香草を挟んだ瞬間、僕はこれまでの恋なんて取るに足らない、友情のほんの少し延長だったことを思い知らされた。磨きあがられた真珠のように白く輝くマニキュアの上に、色とりどりの花模様が散っている。それは僕にとって、どんな名作よりも美しい一枚の絵画だった。 彼女は左手でつまんだ香草を躊躇うことなく口に運び、僕を見上げた。 初めて海を見た猿は、やはりこんな風に戸惑いを覚えたのだろうか。僕は仕事を忘れ、ゲストの声も届かず、チーフに注意されるまで、彼女が食事するテーブルの側に立ち竦んでいた。僕らの宗教からすれば不浄の左手が、この上なく神々しい、特別な存在に見えたからだ。 三杯目のワインを運ぶ頃、彼女はサングラスをかけていた。 夜なのに何故? 不思議に思いつつ、僕は黙って皿を下げた。 毎晩、彼女は僕の働くレストランへやってきて、殆どの日本人が残す香草の入ったサラダを食べ、ワインを飲んだ。このリゾート内には他にも食べる場所はある。 「他へは行かれないんですか?」 ある夜、僕は思いきって聞いてみた。 彼女は静かに首を振る。 彼女の視線は、ハネムーナーで賑わう外のバッフェを見越して、夜の海へ注がれていた。 夜毎、僕は彼女にワインを運ぶ。彼女が初めて口にした僕の名前は、神の啓示のように耳に響いた。それに比べて僕の唇はあまりにも不器用で、決まって、おかわりはいかがですかと繰り返すだけ。でも僕は上手に微笑むことだけは出来ているだろうか。僕の気持を察した仲間が口々にからかう。 「顔がにやけてるぞ」 そう、彼女の姿を見つけた途端、僕の頬は筋力を失ってしまうのだ。 嵐のため電気が止まったあの夜も、彼女は蝋燭が灯されたいつもの席に着く。氷で冷やしたワインを彼女が飲み干した瞬間、海風が火を吹き消した。同時に空の黒雲が流れ、残酷な月明りが、日に焼けた彼女の左手に残る指輪の跡を薄闇の中、くっきりと浮かび上がらせた。僕は彼女のサングラスの意味をその時初めて知ったのだ。 「明日、発つわ」 彼女が言った。 「いつも微笑んでいてくれて、ありがとう」 彼女は颯爽と席を離れ、僕は呆然と立ち竦む。 どれくらい経っただろう、仲間が僕の背中を叩いて言った。 「目が潤んでるぞ」 僕は彼女がテーブルに置き去りにしたサングラスを手に取り、かけてみる。 僕には小さすぎるサングラスは、それでも僕の涙を、上手に隠してくれた。 |
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Website : Southern Wind Junkie 文字数 : 1000 |
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P九〇〇〇開発史 羽那沖権八 「こ、これは!?」 若い技師は呆然と立ち尽くす。 目の前には、昨日起動試験に成功したアンドロイド『P九〇〇〇』があった。 正確には、P九〇〇〇だったものが。 「誰がこんな事しやがった!」 彼は上司に報告するのも忘れ、残骸を拾い集める。 惨憺たる有様だった。 表皮を覆っていた樹脂は剥がれ、カバーがこじ開けられ、ハーネスやチップが引っ張り出され、散らばっていた。 ギ……ギ…………。 僅かに動く指先のパーツのきしむ音だけが、研究室に響いていた。 「――P九〇〇〇は、サイバースペース上で形成された人間の遺伝子を成長させたシミュレーションを制御系に――」 主任技師がP九〇〇〇の残骸の前で、重役たちに説明をする。 「そんな事は知っている。問題は、誰がこれをやったか、だ」 白い髭の重役が口を挟む。 「産業スパイか、それともこの計画に反感を持つ宗教団体か。犯人をすぐに見つけるべきだろう!」 太った重役も、それに同調する。 「警察に報告してもいいんじゃいないかね」 車椅子に乗った重役がおずおずと付け加える。 「まあ待って下さい」 重役たちを、主任技師は制する。 「P九〇〇〇の視覚データが残っています。これを見れば『犯人』は、一目瞭然です」 彼が若い技師に目配せをすると、モニタにクリアな映像が表示された。 ――起動実験を喜ぶ技師や重役たちの姿。 「早送りして――ストップ」 モニタには、P九〇〇〇自身のアームが映っていた。アームが拡大されていく。何か、じっとアームを見つめていたらしい。 「ここからです」 ボディの表面を覆う樹脂の、僅かな、ほんの僅かな継ぎ目をP九〇〇〇のマニピュレーターの指先が、引っかき始めた。その行動は休まる事なく続き、ついには樹脂が剥がされ、下の金属部品に及び、アームだけでは飽きたらず、腹部、脚部、メンテナンスハッチを含めたありとあらゆる継ぎ目を引き剥がして行った。 「……なんなのだ、これは。ソフトウェアのバグかね?」 白い髭の重役はP九〇〇〇の残骸を薄気味悪そうに見る。 「ロボットが自殺など――」 「バグではありません」 主任技師は大きな溜息をついた。 「人間を模するという理念から考えれば、むしろ大成功でしょう」 「どういう事だそれは!?」 『察しが悪いなぁ』 ビデオの操作をしていた若い技師は自分の指を見る。 『自分の身体に、継ぎ目だぜ?』 爪の生え際に出来ていたささくれを、ぴっ、と引きちぎった。 |
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Website : 小説屋やまもと 文字数 : 1000 |
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完全なる世界 サトコフ 蚊の持つあの独特の高音、不快な羽音で目を覚まし、畜生、人様の安眠を妨害しやがって、と苛立っていると蚊は左頬に着地。きい! と己の右手で己の左頬を強烈にピシャリ、叩くと同時に玄関のベルが鳴った。時計を見ると午後2時、窓外が異常に明るかった。 おいっす、まだ寝てたの? ドアを開けるとそこにはNとKの姿があり、Nは缶ビールの入ったビニール袋を、Kは横長の箱をそれぞれ持っていた。 何それ? と訊くのを待ってましたとばかりにK、これ? これはねえ、ボードゲーム。さっきNと玩具屋で買ってきたのよ。一緒にやろうと思ってさ。へへへ。 ボードゲーム、と聞いて僕は人生ゲームとかモノポリーなんかを想像したのだけれど、それは『完全なる世界』というもので、「今日からあなたも創造主!」と宣伝文が血の色で書かれていた。巷じゃ最近、これがやばいらしいのよ。とKは言った。 成程、モノポリーの世界版みたいな感じですか。とルールを大まかに把握したところで早速ゲーム開始。その前に乾杯。 1時間後、世界は冷たかった。というのは全てKという卑劣な独裁者の所為で、南北のアメリカ大陸、及びヨーロッパ地域を支配下に置いたKは、圧倒的軍事力を背景に産業・貿易を独占、NはそのKの口車に完全に乗せられ、支配下であるアフリカ・西アジア・及びオセアニア地域にある厖大な地下資源を格安値でKに提供していたからであって、騙されるなN、Kのやつぁ、資源が尽きれば確実に君を捨てるぞ、といくら忠告しようと、だって発展したいんだもーん、で破滅の道をまっしぐら。 日本、及びアジア・ロシア地域一帯を支配していた僕は、何とかKの野望を打ち砕かんと尽力するも、CIAの暗躍により中国・ロシアの関係に亀裂発生、いかん、このままでは、と焦り始めた矢先にアイヌ人が蜂起。むむ。Nも資源が枯渇し、あっさりボロ雑巾のように捨てられ貧困の中で緑の地球を訴え続ける緑の老人と化しており、というか、壊れており、もう駄目だ。と諦めかけたその瞬間、聞こえたのは天使の羽音。あの独特の高音。これだ。これしかない。 蚊が飛んでるね、と前置き、密かに足先をボードの下に潜りこませて準備完了、立ち上がれ! ぶち壊せ! パチン! メチャクチャになったボードの横で、Nは無表情に立っていた。蚊、殺したよ。そう言って手を見せるNは少し恐く、呆然と見上げていると、左頬が、無性にかゆくなった。 |
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Website : とんずらロケット 文字数 : 1000 |
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アルマジロ 三月 突入して5分は経ったはずだ。私とカメラマンのドナルドは家の東側、傾斜になっている地面に身を伏せていた。暗闇の中を時折の叫び声、銃声。 「――まだ捕まんないんですかね」ドナルドが言った。 「黙ってろ」私は答えた。 ここミシシッピ州ではすでに8人がやつの犠牲になっていた。8人目の犠牲者は赤い髪の少女だった。名前はロドリー・ウィンコット。 やつは、ポーチにいたロドリーの背後に忍び寄り、首に強烈な一撃を加えた。即死だったらしい。ロドリーは、唇が少しめくれたような、かわいらしい少女だった。 二日経って今日、やつが民家を占拠しているという極秘情報が入った。 二階の窓から鮮烈な光が走った。直後に窓ガラスが割れ、やつの、丸い姿が空を舞った。 「撮れ!」 ドナルドはすでにシャッターを切っていた。一階にはすでに別働隊が、文字通り、「網を」張っていたのだ。 やつの丸い身体は網の中に落ちた。 「撮れたか」 「と、撮りました」 「よし」 そのとき、だった。 がさり。 背後に物音がした。 私はハンドライトをかざした。斜面を楕円が走る。でこぼこの地面に、ちろりと黒いものが見えた。 ドナルドがぽかんと口を開けた。 のびた尻尾、かさぶたのような肌――間違いない、やつだった。 私はペアで行動している可能性を忘れていた。今までの目撃証言がすべて単独だったせいだ。 アルマジロは、私をにらみつけていた。つぶらな目がきらきらしていた。突然変異により人を襲うアルマジロ。このアルマジロはロドリーを殺したアルマジロなのだろうか。 私はアルマジロの姿を注視していた。 背中に汗が流れた。 瞬間、光の中からアルマジロは消えた。 私が気がつくのと、ドナルドが叫び、激しい音がするのとは同時だった。 「ドナルド!」 光を当てると、頭を抱えてうずくまるドナルドがいた。暗闇を駆け抜ける素早い足音が聞こえた。 助かったのか……? 私は呆然としてライトをおろした。光の輪の中に見るも無惨なカメラの姿があった。 仲間の捕まった写真など撮らせないってことか――私は考えて、やつらの団結力に背筋が冷たくなった。 私は振り返る。SWATの連中が、何か檻のようなものを運ぶ姿が目に入った。さらにその向こう、暗がりにきらきらと光るものが見えた。私は後じさりした。ドナルドをおいて車まで疾走した。叫び声が聞こえた。私の背後から小さな足音が迫ってきた。私は耳をふさいだ。 |
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Website : 狭土蒼穹 文字数 : 1000 |
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換気扇 越冬こあら 配偶者から何度かの陳情があった。加えて私はそこで喫煙するたび、見上げるたびに気になっていた。しかし、思い立って踏み台代わりの丸椅子を昼食後の片付けが済んだ台所に持ち込んだのは、清掃の必要が指摘されてからひと月半ほど後だった。 一週間に一度の休日を楽しく過ごせた試しはない。それらは買い物やテレビ、休養や腰痛治療等に尽く浪費された。平日の早朝や昼休みに思いつく休日の過ごし方は実現した試しがない。従って、買い物もテレビ無く、腰や肩の調子も比較的良い休日には、いくつかの思惑があったはずだった。しかし、念頭には換気扇清掃が浮かんだ。私は特に綺麗好きでも恐妻家でもない。現に妻は、台所に丸椅子を運ぶ姿を見ても「何をお始めになるんです」と怪訝な顔さえしていた。 換気扇にはDIYショップで見かける安価なカバーがされていた。「臭いものには蓋」という発想は果たして日本のオリジナルであろう。このカバーをはじめ、実にいろいろなものに蓋やカバーが掛けられている。それによって、本体の汚れを隠し、同時に本体の汚染を回避する。自身を雑菌から防護する目的の厚いマスクを着用したままの医師の発言はとても聞き辛いものだった。左手に掲げられたレントゲン写真の迫力に圧倒された。皺々に見える硫酸バリウムの影が私の胃袋だ。乱れた皺が私の生活。皺の集中が潰瘍という名の結論。生活習慣の帰結であると医師は語った。 ばね仕掛けのカバーをはずすと黒い油が幾重にもこべりついた本体が現れた。油の表面は不気味に波打っており、青と黄のラベルのお手軽スプレーから吹き出す化学洗浄剤ではもう手に負えない確固とした物質としての威厳を誇っていた。たとえ関西芸人が連呼する頑固な汚れに強い緑の粉を振り掛けてみてもどうすることもできない存在だ。つまり、ストレス、飲酒、運動不足、過食。それら全てが私の胃袋を蝕んできた。生活習慣という。それは仕事の故である。炎症を起こそうが、潰瘍が出来ようが、穴が開こうが、遂行せねばならぬ仕事があるのだ。そうだろうか。 ナイフをへら代わりに固まった油を削り取る。ネジを外してプロペラを取り、抱え込みながらナイフを振るう。力みすぎたナイフの先がプロペラの塗装を削り、不愉快な音を出す。構わずに私は削り続ける。 結局、塗装の剥げた換気扇はその後二ヶ月でお釈迦になり、潰瘍は薬で抑えた。週に一度の休日を楽しく過ごせた試しはない。 |
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Website : 連絡先 文字数 : 1000 |
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猿と龍、既定の宿命 由述ヨシノ 志保子と俺は、今日も二人でインターネット。 マウスを握る俺の手に、期待とあきらめ入り混じる。 ランダムリンクをクリックすれば、色鮮やかなページが開き、最期にこんなメッセージ。 「いらっしゃいませ、あなたは17999人目のお客様です」 志保子は手を叩き、「次があるさ」と大笑い。 俺は悔しさあまって唇を噛み、上目遣いで志保子を睨む。 哀れ、これが俺の人生。俺はいわゆる「足りない」男。 足りなさ振りは絵に描いたよう。テストを受ければ99点。二単位足りずに留年確定。チョコエッグを集めればダブリばかりであと一つが出ず、最期のひと押しがどうしても足りない。そもそも産まれた時から足りなくて、2499グラム、未熟児での御誕生、保育器もあいにくの満席であと一人分が無かったというのだから、これはもう笑うしかない。 こんな俺の座右の銘、 画龍点睛。 足りぬからこそ、この世の存在。 足りてしまえば、天に昇るのみ。 ことあるごとにこの四字を呟けば、志保子は冷然と、 「そんなの言い訳じゃないのさ」 自分でもわかっている。座右の銘は逃げ口上。いつも足りない自分に向けた、責任転嫁の言い逃れ。 どうしてこんな足りない男に連れ添うのかと、理由を志保子に問うてみる。 「絶妙の足りなさが、母性本能をくすぐるのよねぇ」としみじみ語り、「いつかは足りるよ、明日があるさ」と皮肉げに笑う。 そして志保子は俺を抱く。 ひとつ足りない、届かない。 足りない俺は志保子を抱く勇気にも欠けている。 されるがままの情事が済めば、 「アンタはオスとしてもイマイチだねぇ」 次いで煙草をぷかりとふかし、 「今度こそ満足させて頂戴よ」 しかし、それは口先ばかり。彼女のこころうちには、画龍点睛、その言葉に逃げる俺が居る。彼女の中で俺は永遠足りない男。龍を夢見る、見世物小屋の只の猿。 常は泣き寝入りの俺も、この日はとうとう耐え兼ねた。 「今に見ていろ、足りてやる」 怒りに任せてぶちまけた。 志保子はぴくりも動じず、 「無理よ、無理」 「いや、足りる。眼のない龍に瞳を打って、天の極みへ昇ってやる」 ひとたび声にしてみれば、なんだか体の軽くなったよう。今ならなんでも出来そうな、やった傍から足りそうな、そんな勇気が湧いて出る。 呆れる志保子を張り倒し、一糸まとわず、夜中の街へと飛び出した。 湧きあがる想いそのままに、走り叫ぶ。 今に見ていろ、足りてやる! |
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Website : 見えない猿は果たして猿か? 文字数 : 999 |
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おやすみなさいからはじまる真夜中の手紙 楠木マユミ 「おやすみなさい」 コマ(飼い猫、メス、9才、クールな性格)はその日確かにそう言ったのだ。もちろん言葉を喋ったわけではないが、私がおやすみと言うとそれに応えるように目をちょっと細める仕草をした。それが「おやすみなさい」に聞こえたのだ。私は、心に何かひっかかるものを感じながら眠りに落ちてしまった。 コマが手招きをしている。まるで招き猫のようにおいでおいでをして、私を呼んでいるのだ。クールなコマには似つかわしくないその仕草が、とてもこっけいに見えてふき出してしまった。そんな私にコマは眉根をよせた。 手招きの先でコマは大きな銀杏の木を見上げていた。銀杏の葉が青々と繁っている。梢をそよと抜けた風が頬を撫でて気持ちいい。 「コマ、この木に登って下りられなくなったことがあったよね」 独り言ともなく呟くと、「そうじゃないのよ」とコマが食いかかってきた。 「あれはね、どこぞのちびっこが下りらんないって泣きわめいてたから助けに行ったまでで……」 途中まで喋って、語尾はクゥンクゥンと甘えるような文句をつけるような鳴き声になっていた。 ふと見るとコマが居ない。彼女は足音もなくその場を後にして、遠くのほうでまた例の手招きをしている。 駆けよってみるとそこは永尾さん家の縁側だった。コマは板敷きにごろんと横になっている。夏には生い茂る緑でできた木陰が涼しいし、冬にはぽかぽか陽があたるし、ここは特等席なのだ。 私はコマの傍らに腰掛けた。 「この場所はコマが見つけたんだったね」 コマは私の膝の上にのっかって丸くなった。眉間を撫でてあげると、ごろごろと喉を鳴らして身をくねらせた。 瞬きをした隙にコマは私の手をすり抜けた。見ると公園でおいでおいでをしている。 ガタンゴトンと電車の通る音が公園に響いている。この先の川の向こうに線路が走っているのだ。コマは、と見回すとベンチの脇にちょこんと座っている。 この公園でまだ子猫だったコマを拾ったのだ。 「コマ、ここでミーミー鳴いてたんだよ。あの日も今日みたいに電車の音が聞こえたね」 「覚えてるよ」コマは真直ぐ私を見つめてそう言った。 覚えてるよ…… 寝坊をした時のように、はっと目が覚めた。窓を開けると朝日はまだ昇ったばかりだ。 「コマ?」呼んでみたが返事がない。胸騒ぎがして、部屋中駆け回って探した。 それ以来コマは家に帰ってこない。 コマのヒゲが忘れ物みたいに残されていた。 |
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Website : 幸福のねじ 文字数 : 1000 |
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雨やどり 一之江 激しい雷雨でわたしはうれしくなる。こういう静かなお祭り騒ぎが好き。言葉のない目的のない意志のないお祭り騒ぎ。 ノックが聞こえた。お祭りのおまけがやってきたみたいでわたしは機嫌よくドアをあけた。 「雨やどりに来ました」 何も返事をしていないのに、彼はどんどん部屋に上がってくる。ずうずうしいというのだろうけど、それは美徳だとわたしは思った。 「何か飲む?」 彼はきょとんとわたしを見た。言ってはいけないことだったかしら。雨やどりの邪魔なのかしら、それは。 「アイスティーをじゃあ」と、彼はうつむき加減に答えた。 「いいのがあるの。桃の香りがするの」 わたしはお湯をわかした。たっぷりと氷を製氷皿からあける。たくさんのいろんなかたちの半透明のカタマリ。 熱くいれた桃の紅茶を、口からはみだすほど氷をつめこんだコップに注ぐ。からから、と音を立てて氷が溶ける。それを彼に差出した。 ばりばり、と激しい音が響いて屋根を揺らす。どどどん、とどこかの大地を打ち鳴らした空気の震えが窓からここにも届いてくる。 彼は目を細めてアイスティーに口をつける。からん、とささやかな音がつつましやかに響く。 「どうして来たの?」 彼はいぶかしげに眉をしかめる。 「どこかに行くの?」と、わたしは質問を変えた。 「そう。橋の向こうに」と、彼は答えた。 「そう」 わたしもアイスティーをそっと啜った。氷がまだ溶けきらずに、だから苦い。 鈍色の空が一瞬光で割れた。轟が瞬時にそれを追う。 「近づいてきたね」 「うん」 近づいて、でもきっとすぐに去ってしまうのだろう。そんなふうに思っていると、彼がいやがるような気がして、だから他のことを考えようとした。 たとえば蝉が鳴き出したこと。 「こんなに暑い日が続いてるのに、やっと最近なの」 「そうかもしれない」 「夜中はまださすがに鳴かない。でもいつからなのかしら、夜でも蝉が鳴き出したのは」 いつからなのかしら。それはどうでもいいことなのかしら。 雷鳴が遠くに去ってゆく。 蝉が、じじ、と鳴き出す。雨が小降りになると蝉が鳴き出す。 「じゃあ」と、彼が立ち上がった。「おいしかった。ありがとう」 わたしはドアのところまで彼を送る。「さようなら」 きっともうたぶん、二度と来ない。だけど言う。「またね」 彼は微笑んで立ち去った。蝉がはげしくわめき始める。窓から眩しすぎる光が注いで、溶けかけの氷がなまめかしくうねった。 |
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Website : 海へ行く家族(短篇集) 文字数 : 1000 |
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次はあなた 太郎丸 司会者の元お笑いタレントは緊張のあまり声がうわずっていた。 「この問題をもし中田さんが正解しますと、なんと1億円の賞金となります。もちろん他の方が正解しますと今まで獲得していた中田さんの賞金の権利は無くなります。よろしいですね。それじゃ他の皆さんも番組とスポンサーさんの為にも頑張って下さいよぉ」 司会者の作り笑いに2秒程遅れて、最後の問題は始まった。 「問題。第1染色体の肥満遺伝子は、レプチンレセプターと呼ばれていますが、第8」 【ピンポン】赤いボタンに置かれて鍛え抜かれた俺の右手は行動を起こしていた。 「おっとぉ、ここでいいのかぁ? それでは中田さん。答えをどうぞ」 切り替わったカメラに向かい、俺はゆっくりと答えを発音した。 「ベータアドレナリンレセプター」 暫くの静寂。そして正解のチャイムが響くと、客席から割れんばかりの拍手と歓声が上がった。 「正解です。すばらしい。番組史上初の1億円です。ではまず中田さんご感想を」 俺は興奮している司会者を尻目に、笑いながら答えた。 「いやぁ。第7染色体にもレプチンという肥満遺伝子がありますんで、どちらかとは思ったんですが、第8と言ったんで直ぐに判りました」 ちょっと嫌みだったかなとは思ったが、性格だから仕方がない。そう、後になって後悔しても買われた反感は買い戻せない。 全く間違わない俺はクイズ番組では嫌われる存在となり、参加したいと言うと、いくばくかの金と丁重な断りが続いた。だが俺は寝る間も惜しんで勉強を続けた。 表舞台からは退いた俺は、勝負師として放浪している。 流れ着いた場所で挑戦をし勝負。もちろんクイズさ。俺が負ければ今まで獲得した賞金は全て相手のもの、そして俺が勝てば対戦相手から金を貰う。対戦相手には有利さ。クイズ1問につき1万円だからね。 世界は広いねぇ、同じ商売の奴もいたよ。でも俺は未だに負けを知らない。 やくざな稼業だから畳の上で死ねるとは思っちゃいない。何度かやくざに刺されたこともあった。だけど好きなことをやって死ねれば幸せというものさ。これが男のロマンってやつかも知れない。 えっ。賞金かい? 今じゃ日本の国家予算を超えてるよ。ちょっとびっくりしたろう。ルールは簡単さ。答えがハッキリとわかっている問題であれば、どんな事でもクイズに出来る。だから予測する問題はダメだよ。どうだ、試しにやってみるかい? 諭吉さん一人でいいよ。 |
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Website : 太郎丸の落書き 文字数 : 1000 |
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一年後の再会 綾重 寄之介 ちょうど一年前に別れた女房から電話があった。今晩会いたいというのだ。 電話口の彼女の声は別れる頃よりずっと前の、俺が愛していた頃のあいつを思い出させる声だった。 俺の浮気と彼女の浪費癖が原因で5年間続いた結婚生活に終止符を打ったのが一年前の今日だ。確か今と同じように小雨の降る肌寒い日だったと記憶している。 その時に交際していた女は、「不倫関係でないなら別れる」と言って去っていった。その後も何度か彼女に電話してみたが相手にされず、ある日、ガラの悪い男の声になったので諦めた。 仕事もつまらない作業に回されることになった。この異動は会社の嫌がらせであることは明らかだった。その頃に進行していた開発が失敗し、原因は俺の設計ミスとされた為だ。部長は懲罰人事とは明言しなかったが、俺を見る目が冷たかったのは忘れられない。 ともかくあれからろくなことはなかった。ここ半年ほど心療内科に通っているが薬の量は増えるばかり。何をする気も起こらないし、かといって仕事を辞めたら生活出来ないことは明白。この一年、ただ毎日辛い思いばかりしていた。 ふっとタクシーの窓から外を眺めたら、別れた女房にそっくりな女の姿が見えた。女は傘をさしているし後ろ姿なのではっきりとはわからないのだが、その服には見覚えがあった。 もう5年以上前、新婚だったころに女房がよく着ていた服だ。 待ち合わせのバーもここから近い。そのバーは結婚前から女房と一緒によく飲みに行ってたところだ。それに俺はそのバーでプロポーズしたのだ。 そうか、女房はきっと俺とやり直そうと思っているんだな。あいつだって俺の浮気に薄々感付いていて、そのストレスから浪費が激しくなったんだろうから、今となってはもう昔のあいつに戻っているだろうし。 俺はタクシーを停めて、傘をさしている女房のそばに寄っていった。 少し驚かしてやろう。昔二人でよくやった、後ろから急に抱きついて「おとなしくしろ!」なんて言ってみて。 薄暗い明かりの中で、淡いブルーのカクテルゆっくりと口に運んだ女性は、昔なじみのバーテンダーに微笑みかけた。 「私ね、今度結婚するのよ。離婚してから旅行したヨーロッパで知り合ったの。私もあっちで暮らすことにしてね。それを前の旦那にもちゃんと知らせとこうと思って、ここで今日会うことになってるのよ」 しかし、いくら待っても前の夫は現れなかった。 |
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Website : 文字数 : 991 |
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大きな椅子 川島ケイ 悲しいときは、座ればいい。腹が立ったら、座ればいい。落ち込んでても、座ればいい。いつだって、座ればいいのだ。そう、死ぬときだって、この椅子に座ったままがいい。 私の家には、大きな椅子がある。 物好きの父が、どこからか買ってきたのだ。私の背よりもちょっと高いその椅子は、大げさなぐらいに木の臭いがして、古びていて、とても偉そうに、父の部屋に陣取っている。 腰をおろすと、心が安らぐ。どんなに辛いことがあったって、振り払える。その恩恵は、私と父だけのものだ。他の人が座っても、ただの大きな椅子でしかない。その理由は、分かっている。 その椅子に座ったまま、母は死んだのだ。 恨めしいほどに、母は体が弱かった。いくら健康に気を遣っていても、いろんな病気にかかって、何度も入退院を繰り返して、私の目から見ても母は、かろうじて生きている、という印象だった。なにかあるたびに遺書を書き直して、父が止めても、大事なことだから、と優しくも厳しい笑顔で返した。 母は、父の買ってきた椅子がとても気に入っていたようで、よくそこに座って、本を読んだり、ぼーっとしたり、していたものだ。 「私、死ぬときは、この椅子に座ったままで死にたい」と母が言ったとき、縁起でもないこと言うもんじゃないわよ、と私は慌てた。母は嬉しそうに、笑った。その笑顔は、なんというか、仏様みたいで、その大きな椅子にとても似合っていたのだ。 そうなのだ、私は、仏様に守られているんだ、と、椅子に座って天井をぼんやり見ながら、考えた。母は本当に、仏様になってしまったのだ。椅子に座ったままで、ぴたりと動きを止めている母の姿を見たとき、私も父も、泣かなかった。母の安らかな死顔が、私たちの涙を拒んだのだ。母にそっと口付けしたときの父の顔を、私は一生忘れないだろう。もうそれはそれは、優しく美しい表情だったのだ。 「そこで死のうなんて思うなよ」 両手を腰にあてながら、押し付けるような調子で言う、こんな父の表情とは、まるで違ったのだ。 「いいかも」 「縁起でもない」 「病院のベッドで死ぬよりは、ずっといいでしょ」 「まあ、な」 父はポリポリ頭をかいて、あきらめたように部屋を出て行く。閉じた扉の向こうから、父の声がした。 「あのな、オレが先約だから」 そんなの分かってるよ、と父には聞こえないように、かすかな声で、つぶやいた。大きな椅子が、小さく、笑ったような気がした。 |
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Website : りばーらんど 文字数 : 1000 |
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引越し asサーモンas2号 ばあさんが変な格好で柱に頭を垂れた。西日が背中にあつい。 大家のばあさんとは毎月家賃を手渡す時に顔を合わせていたわけだけれど、こんなに小さいとは思ってもみなかった。じっさい柱の下で丸まっているばあさんは風呂敷に包んでしまえるほど小さく、両脚を胸につけて這いつくばっている姿は長く伸びた柱の影にすっぽりと隠れてしまっていた。 急な話で松山へ転勤することになった。上司の話によれば、中間決算を発表したあと会社の上層部はメインバンクの意向により一新されるとのこと。ほどなく東京本社は地雷の散在する戦場さながらのっぴきならない状況に陥るに違いなく、君のように優秀な若手社員はひとまず安全な場所に転戦して英気を養うがよかろう、道後温泉もあるしね、などと「撤退」の語を使えない大本営みたいな言い回しで異動を申し渡した。 大学3年の時から使っている部屋だった。語学教師にでもなるつもりで入った大学だったが、最初の2年で到底教師なんぞになる器ではないと気がついた。自分の身の回りのことで精一杯だ。身の回りとはせいぜい3メートル四方の生活範囲、つまりは4畳半一間のこの部屋で暮らしを立てる程度が身の丈にあっている。西日のきついこの部屋を下見した時、肩の力がふっと抜けたのを覚えている。 「あんた、ここに来て何年になるかね」 ばあさんがいつのまにか変な格好を解いて4畳半の真ん中に正座していた。指折り数えなくたって分かるけれど、ばあさんの視線が真正直に向けられていたから指を折る。 「12年ですか」 二十歳だった。ミカドの下血量が為替相場みたいにニュースの最後に報じられた年の瀬、新年明けてすぐの崩御で成人式すら自粛された年だ。忘れるわけがない。ばあさんは畳の表面を丹念に指でなぞっている。 「敷金のことでしたら、別に構いませんから」 不動産屋で交わした契約書はすでに紛失していて、解約時の敷金の扱いについてどんな取り決めになっていたのかは分からない。ばあさんは眼鏡の奥の細い目を瞬かせ、「12年か」と呟いてもう一度柱に向き直った。 「いろんなことがあったの。ごくろうさん、ありがとさん」 聞き取れたのはその言葉だけだったがばあさんはぶつぶつと柱に向かって呟き続けている。12年間にわたる取るに足らない生活を慰撫しているような響きだった。 私は頭を垂れた。西日が背中を焼いていた。松山に着いたらばあさんに手紙を書こうと思った。 |
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Website : 文字数 : 1000 |
第25回1000字バトルの結果は、越冬こあらさんの『換気扇』がチャンピオン作品と決まりました。
越冬こあらさん、おめでとうございます!
皆さま、ご投票いただきましてありがとうございました。
※掲載ミスのおわび:
今回の結果発表は9月5日未明にいったん公開されましたが、その後、投票いただ
いた方より感想が掲載されていない旨、ご連絡をいただきました。
原因ですが、これは投票メールが私(蛮人S)に何らかのトラブルにより届かず、
かつ、私がそのチェックを怠ったまま集計し公開してしまったことによります。
このため私は結果発表のページをいったん閉鎖し、再度公開した次第ですが、最初
に発表したものとは異なった結果となってしまいました。
参加作者のみなさま、投票いただいたみなさま、読者のみなさまには大変ご迷惑を
おかけしましたことをお詫びいたします。今後十分に注意するとともに、ミスを起こ
しにくくするための手段を検討いたします。
今後とも「Q書房のQBOOKS」をなにとぞよろしくお願いいたします。
1000字小説バトル担当 蛮人S
※投票いただいた方へ:「投票したはずの一票が入ってない!」「私の感想文がない!」なおこのような事がございましたら、直ちにご連絡いただけますようお願い申し上げます。
| 作品 | 得票 |
|---|---|
| 換気扇(越冬こあら) | 4 |
| 平等な国家(ラリッパ) | 3 |
| Lonsome Moon(川辻晶美) | 2 |
| ふたり(ウエダ カホリ) | 2 |
| 猿と龍、既定の宿命(由述ヨシノ) | 2 |
| 大きな椅子(川島ケイ) | 2 |
| 聖人と教祖(のぼりん@SSEA) | 1 |
| 女神様のため息(よしよし) | 1 |
| 左右(完崎竜) | 1 |
| 夕焼けの廃校。ちょっとした過ち。(瀬田 春風) | 1 |
| 君の街は僕の街(有馬次郎) | 1 |
| 呪いの部屋(藤丸) | 1 |
| 無駄な時間(かわのプーさん) | 1 |
| 近所の床屋さんにて(やみさき) | 1 |
| 顔の記憶(伊勢湊) | 1 |
| 雨やどり(一之江) | 1 |
| 引越し(asサーモンas2号) | 1 |