第36回1000字小説バトル Entry39
車内の喧騒が心地よい。
方言がいっぱいに広がって、まるであの頃にタイムスリップした様だ。
僕は列車を降りると見覚えのある改札口を出た。
記憶の中にあった駅前の景色が実際には少し色褪せて小さい事に気付く。僕は時の流れを感じた。
駅前から大通りを抜け、大きな杉の木を右へ曲がると旅館街に出た。昔のままだった。
平日の為か人も少ない。わざわざ二日も休日を取ってやって来たが、本当に逢えるのだろうかと少し自分の思い込みが可笑しくなった。
「あれ、健ちゃん帰っとったんね?」
ヤマニのおばさんが店から出て来た。
懐かしい言葉が僕を迎えてくれ、嬉しくて少し立ち話をした。今もこの文具屋は昔のままだ。
僕は軽く会釈をしてまた歩き出す。小さなホテルや旅館が軒を連ねる風景は、今も変わらない。
そっと微風が流れて、あの時の記憶が鮮明になってくる。
「健ちゃん。うちのこと忘れんでね」
僕は涙なんか流すもんかとその事ばかりを気にして、他はあまり覚えていない。ただあの時に季織と指切りをした事だけはずっと覚えていた。あの日は忘れる事が出来ない。
「いつかまたここで逢おうね。大人になってからだよ」
「おとな?二十歳?」
「そうね?二十五くらいかな……」
沈みかけた夕陽が眩しくて季織の瞳が見えなかった。でも確かにあの時、十五年後にここで逢おうと季織と約束をした。今考えるとませてたなと思うが、あの時は真剣だったのだろう。
川岸のベンチに腰掛けて煙草に火を点ける。人のいない屋形船がゆっくり揺れて、小さな波がキラキラと輝いた。陽が傾き始め、対岸からオレンジ色の光りの波が寄せてくる。幾重にも重なった太鼓橋が中ノ島に延びて、季織の後ろ姿を思い出す。
引越の日、僕はあの橋を渡って季織の家に向った。丁度トラックが出る処だった。手を振る僕を見つけると季織は小さく手を振った。淋しさが僕の中で揺れていた。
夕陽が影を増してきた。やはり忘れてるよな……。そう思い煙草に火を点けようとライターを擦った。なかなか火が点かない。手を翳し何度も何度も擦ってみる。
もういいかと諦めて顔を上げると、太鼓橋を渡る人の姿が見えた。逆光の中を僕の方へ静かに歩いてくる。そして、その人の影が指切りげんまんの姿をして手を振った。
「……健ちゃん?」
「……約束」
「忘れなかったのね」
季織の面影を残した彼女の瞳は、夕陽に淡く揺れながら今日はハッキリと僕の心に輝いた。