| # | 題名 | 作者 | 文字数 |
|---|---|---|---|
| 1 | 蜘蛛の巣 | 夢追い人 | 933 |
| 2 | 激闘の午後 | 百内亜津治 | 1000 |
| 3 | 囁きの夜 | 緑目の | 847 |
| 4 | 『あいつとの悩める生活』 | ルイジート | 560 |
| 5 | ポストくん | ストロベリーファンタジー | 999 |
| 6 | 見張りをしていたはずのガードマンが | 編ん手 | 974 |
| 7 | 空 | 内田士郎 | 642 |
| 8 | 雲と空 | ラディッシュ大森 | 1000 |
| 9 | プロペラ男 | フォニックス | 1000 |
| 10 | タイムマシーン | クランパ | 971 |
| 11 | なにか | 坂口与四郎 | 1000 |
| 12 | 一本イッといた。 | 村玉 | 1000 |
| 13 | 毒薬 | オキャーマ君 | 946 |
| 14 | 江ノ島は今日も雨降り | 青野 岬 | 1000 |
| 15 | 神様がくれた時間 | Makoz | 1000 |
| 16 | 作者の要望により今回は参加取りやめとなりました | ||
| 17 | 陰翁 | 鈴木信太郎 | 851 |
| 18 | ウサギ日和 | なぎやまたけし | 940 |
| 19 | 『ネコと魔法とコーヒーのそら』 | 橘内 潤 | 1000 |
| 20 | 出立 | xei | 663 |
| 21 | 目覚め | 佐藤ゆーき | 996 |
| 22 | 花 | Ame | 999 |
| 23 | 向かいの世、夏のビックリハウス | ユキコモモ | 1000 |
| 24 | 普通のラーメン | 一宮遼 | 993 |
| 25 | 毬藻になりましょう | タクティクス | 1000 |
| 26 | 青空 | ニョロ鰻田 | 993 |
| 27 | 作者の要望により削除 | ||
| 28 | 素晴らしき国 | koba | 916 |
| 29 | The ides of march | 黒男 | 979 |
| 30 | 愛に、感謝 | マーマレード=ジャム | 1000 |
| 31 | おい丼 | 太郎丸 | 1000 |
| 32 | 提言 | 羽那沖権八 | 1000 |
| 33 | この女 | 乙人君 | 903 |
| 34 | 願い月 | さとう啓介 | 1000 |
| 35 | balance | moku | 1000 |
| 36 | 猫のことで | アナトー・シキソ | 1000 |
| 37 | 思惑 | 3月兎 | 924 |
| 38 | 逆襲 | マー君 | 999 |
| 39 | 二枚 | 越冬こあら | 1000 |
| 40 | 子供の味方 | カピバラ | 1000 |
| 41 | 青い空と白いボール | 川島ケイ | 1000 |
| 42 | 無声小説 | てこ | 1000 |
| 43 | 花*花 | るるるぶ☆どっぐちゃん | 1000 |
| 44 | バスドライバー・4 | 有馬次郎 | 1000 |
| 45 | ドアを壊す | 伊勢 湊 | 1000 |
夕べも眠れなかった。今夜も眠れそうにない。
天井に蜘蛛が大きな巣を作った。下から寝転んで見ると、それは綺麗な八角形をしている。黒く、体の節に黄色の模様が美しい彼は八角形の真ん中で、ただじっと獲物を待っている。
だが、彼は巣を作ってから半月ほど獲物にありつけていない。いつ彼が餓死してしまうものかと気が気でなく、そのせいで夜も眠れないのだ。彼が部屋に現れてから、僕は布団を巣の真下に敷き、彼が獲物を捕らえる瞬間、つまり幸福の瞬間を彼と共に感じたいと思い、彼の監視に一日のすべてを費やした。どうしてもこの部屋から離れなければならない時には、彼に虫が近寄らないように蚊帳を張るのだ。彼だけに幸福が訪れるのは許せない。
ある日、部屋に蛾が侵入した。彼が蛾を見て微笑んでいるのが僕にはわかった。蛾は白い毛に包まれ、白い粉を撒き散らしながら八角形の巣に近づいていく。そして、蛾は獲物となった。喜ぶ表情も見せずに彼は闇雲に蛾にかじりつく。彼が獲物を捕らえたこの時、僕も幸福を味わうつもりだったのに、虚しさだけが僕の心に積もっていく。
羨ましい。僕も彼と同じ幸福を感じるために巣を作ることにした。裁縫箱に入っていた糸にデンプンのりを絡め、彼の巣と同じ八角形を作った。それから数日間虫は一匹も来なかった。幸福が訪れない事に腹を立てることも幾度かあったが、彼の冷静さを学び、僕も巣の下で修行僧のように黙って獲物を待った。
ある夜、暖かい空気に乗って一匹のアゲハ蝶が部屋に舞い込んだ。月の光に蝶の羽ばたきが輝き、僕は見惚れていた。あの美しさを僕は欲しいと思った。蝶は黒い光を放ちつつ、闇を泳ぎ、僕らの巣に近づいていく。
蝶の黒い羽が、ライバルである彼の巣に吸い込まれそうになった瞬間、僕は彼の巣を引き裂き、八角形の真ん中に陣取っていた彼の黒い体を握りつぶしていた。黄色い液体が僕の手に溢れている。僕はその液に塗れた死体を窓の外に投げ捨てた。そして蝶を濡れた手で捕らえた。僕は幸福に満たされ、気がつくと、美しい蝶を食べていた。
部屋には僕の巣だけが残っている。彼を裏切り、僕は美しいものを選んだ。これでよかったのだと自分に言い聞かせた後、窓の下を覗いてみた。彼が微笑んでいるのを僕は見た。
私はどういうわけかひどく不機嫌になることがある。そんな時は決まってボクシング用の手袋をはめ、上下赤のジャージを着て外に飛び出す。
昼下がりの公園は、若い奥さんたちやその子供たちで溢れていた。そこに私が現れると、親たちの雰囲気は一瞬にして凍りついた。それは、この私自身に、圧倒的な威厳、圧倒的な貫禄の備わっている証拠であると言えよう。親たちは子供たちがうっかり私に近づいたりしないように、ひそひそとそれぞれ自分の子供の名前を呼ぶ。私は遠巻きに彼女たちを一瞥し、それから入り口から一番近い、動物をかたどった小さな乗り物の前に来た。そして全精力をこの腕に注ぎ、そいつを何発も立て続けに殴り、時の声をあげて敵たちを威嚇した。
私は向こうにいた奥さんたちを突然憎いと感じた。それで彼女らが集っている辺りへ思いっきり駆け出し、そのうちの一人に掴みかかって地面に押し倒した。公園中に恐怖の叫び声あがって、みんな我先にと逃げ出した。私は抵抗する彼女の髪をつかんで顔を殴った。遠くで子供たちの泣き声が聞こえた。うるさい、と叫んだ。
そして這って逃げようとする彼女の両足を掴んで持ち上げて、公園の中をゆっくり歩いてみた。心の中の混沌が、急に透明になるのを感じた。
その時、騒ぎを聞きつけた近くの会社の男性たちが4,5人むこうから走ってくるのが見えたので、私は威厳を保ちながらその場を立ち去った。
それから、歩いて街にやってきた。街でもさすがに私の爽快な格好は人目に付くらしい。人々がじろじろと私のほうを見る。しかし彼らに対しては、鋭い目つきと口元のわずかな微笑で十分すぎるほどの効果があった。
「世の中は極めて不可解な現象で満ちている」
私はかの哲学者が老いて語った言葉を胸の中で反芻する。
「それでも私は現状打破の道筋を見出したのだ」
いつのまにか駅のすぐそばまで来ていた。そしていつも大勢の人でにぎわう、ケンタッキーフライドチキン。私はあのいまいましい白髪の作り笑顔の人形を凝視した。
「これは明らかな偽善、この私に対する冒とくである」
私は例の白スーツの偽善人形の前に立つ。そして鋭く構えて、奴を一発で叩きのめす。
飛び散るガラス、驚愕する通行人たち。慌てて外に飛び出した店員たち…………すべてが、すべてが歪んで赤っぽく見える。
男というものは、常に闘っていなければならない。そしてその対象は、必ずしも人間であるとは限らないのだ。
ある夜、ベットに寝そべって天井を見つめて物思いにふけっていた。
そうしていると、あいつがまたやってきた。
あいつは今日も嬉しそうな顔をしている。
「やあ」
「久しぶりだな」
「元気してた?」
「まあな」
「またフラれちゃったね」
「ああ、これでもう5回連続だよ」
「どうしてだろうね?」
「さあ、知るかよ。そんなこと」
「君、いい奴なのにね」
「そうか?でも、いいひと止まりじゃーな・・・」
「フェロモン足らないんじゃないの?」
「うるせーよ!」
いつもこうやって、親しげに近づいてくる。
「で、これからどうするの?」
「さぁ?どーしようか?」
「どうせ、いつもみたく逃げるんでしょ。」
「それのどこが悪い?」
「別に悪いなんて言ってないじゃん」
「・・・」
「君はたぶん、こらからも彼女できないだろうね」
「・・・すぐにできるさ」
「いやいや、ムリムリ。愛される才能が感じられないもの」
「おまえに何がわかる!?」
「君のことなら誰より知っているさ。なんたって僕が君の一番の友達だからね」
「もう、帰ってくれよ。頼むから」
「え、いやだよ。来たばっかりだもん。もっと話そうよ」
「俺はおまえと話したくないんだよ」
「またまたぁ、ホントは話したいんでしょ?」
「・・・」
「僕が思うに、君はここにいるべきじゃないんだよ」
「あ?じゃあ、どこに行けってゆーんだよ」
「わかってるくせに。こっちにおいでよ」
「俺に死ねって言ってるのか?」
「そうだよ。こっちはいいところだよ」
「行きたくないね」
「そんなこと言わないでさ。生きてるのも死んでるのもあんまり変らないって。特に君の場合、まったく同じなんじゃないかな?」
「黙れ」
「僕のほかに友達もいないみたいだし」
「うるさい」
「これからもいいことないだろうし」
「消えろ」
「生きてるだけ無駄だって」
「帰れ」
「もう、強情だなぁ。まぁいいさ、また来るよ」
「もう来るな」
あいつは帰っていった。
洗面所にいき鏡をみる。
ひどい顔をしている。
昨日から何も食べてないからなぁ。
とりあえず何か食べよう。
あいつがまた、いつやってきても大丈夫なように。
いつまでも笑ってないで早く食べればいいのに。君の笑顔は好きだけど食事の時は黙っていてほしいよまったく。
またトイレに行くのかよ。もう7回目だぞ。趣味なのかよ。この肉じゃが旨いな。意外だな。
こんな生活もう止めにしようか。オレにはもう耐えられない。いつも右手に何かを持っているあいつ。虫を見るとニヤリと微笑むあいつ。本を読む時、なぜか28ページ目だけは読まないあいつ。数え上げれば限がない
でも、あいつはかわいい。とても素敵な目、とても素敵な鼻、まあ鼻はいいとして、とても素敵な唇のあいつ。離れたくない。手放したくない。でも、もう我慢ならない。
やっとトイレから戻ってきたよ。遅かったな。え、またトイレに行くのかよ。戻ってきたばかりじゃないか。なぜ割り箸を2組持っていくんだ?分からない。あいつが分からないよ。オレをこれ以上悩ませないでくれ。
あいつはまだトイレから出てこない。トイレから笑い声が聞こえる。いつものことだが、やはり気になる。何がおかしいんだ。いったいトイレに何があるんだ。あいつはトイレで何をやっているんだ。
今までずっと我慢してきた。何度も終わりにしようと考えた。でも、その度にこう思う。我慢してみよう。自分の限界に挑戦してみよう。きっとできるはずだ。
どうやら一生あいつと離れることはできないようだ。
ポストは入れないものがありますよ
私が行方不明になる前に誰かが、問いかけてくれていた....
「アカリ、今日の単元、三単元じゃなくて、3時間目何だった?」
「うん?忘れた、それよりさぁ、私、失恋したのよ。それがショックでさ、彼は存在したんだけど、声かけてくれなかったのよ、駅前で....でもね、似てただけかもしれないわ、きっと、彼の似ている人だったのよね....でもまぁ、お手紙出したから、良しとするか....」
と謙り的の前向きさのアカリは、一生しゃべり続けているような、女の子だった。私はどちらかというと、アカリのことを見ているだけの良き理解者だった。(笑)
「アカリ、帰りの電車の中まで、その話しでしょ」クレオと言う名前の問いかけ者私は言う。
「うん?3時間目?3時間目は確か、恋愛、恋愛、恋愛の時間」と、電車の中までの失恋没頭を推理した私、クレオだが、アカリは花盛りに自分の周りに空想的に見る薔薇を浮かせたように夢をみせた。窓辺の私の前の席には、1輪のエーデルワイスが咲いているようだった。両手を広げては、次は自分の手を頬にあてて、清らかに愁いの症状を私に見せた。
そう、音楽はベラ=ノッテと歌いだしたのである。
♪この夜は、今宵なき、美しき全ての夜に続く、名をつけるのは惜しいけれど、この日は、美しいベラ=ノッテ....♪
私は、あかりの友達になって、約9年。名前は、いねだが、少し生活に豊かすぎるので、クレオというあだ名を、亡くなった友達メリルットがつけてくれた。メリルットも勿論、あだ名だが、つけた方は、シャルロット、この人の名前をつけたのが、マドレーヌ、そいでそれを つけた人はボイルドで、次は、ファクトリー。結局ファクトリーでは、バイエルンが出来て、フィナンシェの出番待ちとなってしまっている。アカリはハロゲンがついているので、あだ名ではなく本名で通せていた。
その、アカリは今、恋愛に真っ最中、又、休み時間が終わる。結局3時間目は、先生の粋な?!はからいか、自習となったが、アカリは、歌い続けるであろう。
私、クレオは、アカリの恋愛相手の恋人なのだ。
今日は彼に夢で
「どうして、アカリに告げないの?私が将来のフィアンセだということを!!」
アカリは、何と言うだろう?その夢が本当だったなら.....
あだ名をつけていったのは勿論、クレオのフィアンセハロゲン電気だった。
ポストの中で行方不明なのは、アカリのお手紙。なぜだれ
見張りをしていたはずのガードマンが金庫の鍵を開けると、今日の業務を終えた看護婦が私服に着替えていたことに驚き(少なくとも白衣はあったが紙幣は見当たらなかった)、思わず、友人の結婚式の引出物に頂いた(今時、そんなの有り?)友人の顔写真をプリントしたタオルを差し出して(洗いすぎて色落ちしたのか、のっぺらぼうみたいになってたけどね)、自分はガードマンであることを看護婦に示そうとしたが、時間切れでドアが閉まってしまい(おいおい覗き部屋じゃないんだからさ)、慌ててタオルを振ったところで、それは腕の疲れを増しただけだった(結局、看護婦は出て来なかったっけ、本当に看護婦だったのか?)。だから、金庫の中で看護婦が窒息死しているのではないかと思い(二度と金庫の扉は開かなかった)、彼女が金庫から出てきたときに不自由のないよう(だから、彼女は看護婦なんかじゃないんだってば)、タオルを見えるところに置いて(ここからじゃ見えない)、その場を立ち去ったヌルハチは右手に試験管を携えていたので、ドアの把手に左手を伸ばして診察室に足を運んでみると(彼の第一歩はつねに右足である)、机の上ではビーカーがアルコールランプで熱せられていて、中では、今朝、釣ったばかりの金魚が病気でも患ったのか、真赤な顔して仰向けになって水面から腹だけ出して浮かんでいた。ヌルハチは診察室のドアの前で廊下側に顔を向け、プカプカしていた金魚をお盆に乗せて佇んでいたが(天麩羅にでもしようというのかい。ところで、次の授業は実験じゃなかったっけ?)、実験でビーカーが必要であることを思い出したのか、ドアの先へ進んだりして(廊下の電気は切れていた)、彼は廊下が真暗だったので慌てて部屋に戻ったが(彼は明るい光に反応して進んだり、方向転換するものらしい)、人間という生き物はベッドで寝ているときはパジャマを着るものだということを病室で生活しているガードマンが制服ではなく、パジャマを着ている姿を見て、自分の考えを改めたのだった。ビーカーの中で寝ているときは、自分の手がベッドの代わりとなり、心地よく眠れるために、起床の時間に遅れてがちだが、今日に限っては、制服を着るのも忘れて階段を降りていると、看護婦がこちらを覗いていたが、ヌルハチと目を合わせた彼女は頬を桃色に染めながら、両手で布団を抱えていた。
最近、天使をよく見るようになった。水鳥のような翼に飾りものの光輪を載せた彼等は、聖書の挿絵そのままで、気安く増えるところなんかは本当にそっくりだと思う。
雑踏に足を休めていれば挨拶の一つでもしてやるといい、きっと呑気な彼等は笑顔で挨拶を返すだろう。けれど、私はあまり彼等が好きにはなれない。
理由は多分、酷く個人的なものだ。
「どうしたの? なんだか気分悪そう」
外を眺めていたところにひょっこりとアズサが飛び出してきた。背中の翼が四角く切取られた鉛色の空を遮る。
時間と空間が逆行していることが観測されてから三十年。沢山の学者が頭を捻って喧々囂々の議論をしてけれど打開策は今も見つからない。
解ったことといえば、人間の死後は天使になるらしいということぐらいだ。
「いや、最近また増えたなと思って」
「何が?」
「あれだよ」
アズサが視線をたどる。レイルウェイ、さらに遠くの切立った山、そして、また手前を見る。それからああ、とアザサは短く同意した。
「そうね、最近はもう当たり前になっちゃったね。昔はちょっと増えるだけで結構騒がれたらしいけれど」
アズサは今じゃすっかりね、と曖昧に言葉を止める。私も短くそうだなと返した。
「お茶入れるね」
「うん。――あ」
「ん、何?」
「いや、何でもない」
また天使が墜ちた。潰れるというよりは、何かが砕けるような音が小さくした。つい杞憂してしまったけれど、どちらにしろアズサにはその痛ましい姿は見えないだろう。
遅れて舞い散る羽に、小さく祈りを捧げた。
ハンドルネーム雲
体重すっごく重い
身長すっごく低い
51才、タクシー運転手。
趣味 歴史小説を読む。絵画鑑賞。音楽鑑賞。
話題豊富です。
きっとあなたを退屈させません。
こんなおいらだけんど、誰かメル友になってくれろ。
ハーイ私は空よ。
よろしこ、ぴょん。
私は背が168。
体重53。
年は43ってことにしといて!
顔は米倉涼子と藤原紀香をたして2で割って、
三日夜干しして、ミルで砕いて、型押しして、
猛訓練したイルカに目鼻を描かした感じで〜す。
雲ちゃんのメル友になってあげてもいいよ〜ん。
空ちゃん、雲で〜す。
メールありがと。
嬉しかった!
すっごくチャーミングなんだね。
きゃぽ〜空ちゃんすてき。
もう雲は空ちゃんにめろめろで〜す。
うちの女房とは大違い。
うちの女房なんか、ぜんぜんいけてないダサイ女で、
雲はよんどころ無くなると、しょうがなくってやっちゃうけど
ぜんぜん良くない。
空ちゃんは、なんてすてきなんだろう!
空ちゃんだったら、もう天まで上れそう!
おれっち、めちゃがんばちゃうぜぇ〜!
もしかして、相性抜群かも?
うううっっっっっっもう我慢できない。
あいたいよぉ〜
あいたいよぉ〜
空ちゃん〜
わかったわ。
三日三晩考えたけど、あっちゃおう。
どうせ渋谷から帰るのにタクシー使わなきゃならないと
思っていたんだ。
明日の午前三時に八チ公の横の交番の前で、違法
駐車してまってて。
ホテルの叔母ちゃんは、ちんけなカップルを見て、即座に303
の鍵を渡した。
オーナーに言われていたのだ。
変なカップル、異様なカップル、特殊なカップルは3のつく部屋に
入れるようにと。
168で十三センチヒールを履いた空と運動靴で、背を五センチサバ読んでいた雲は、303の部屋になだれ込んだ。
病院の当直システムを取り入れたホテルオーナーの部屋で、
オーナーは腹を抱えて笑っていた。
「こりゃ、久しぶりのお笑いカップルじゃ」
帰りのタクシーの中で、雲はロマンチックな気分でいた。
僕たちは出会うべくして出会った。
「ねぇ、今度いつ会える?」
「え!いやだぁ〜これっきりよ。アホ!」
空は即座にタクシーから降ろされていた。
でも強運の彼女は3分もしないで自分の部屋に戻っていた。
三十畳のリビングを服を脱ぎながら歩く。
すでにたっぷりとお湯が張ってある大理石のバスタブに
入るべくパンティーを脱ぐ。
ラメ入りの真っ青のティーバックだった。
あら、やだ!
真っ青の空のパンティーに、白濁した雲の名残?
「タカヤマさーん。第三診察室へどうぞ」
そう看護婦に呼びかけられた男は、待合室のベンチから腰をあげた。
足取りが、かなり重い。
白いカーテンをひくと、そこには相当くたびれた白衣を着た貧相な顔つきの医者がイスに腰掛けていた。その背後には、おそろしく無表情な看護婦が静かに佇んでいる。
デスクの上の、レントゲン写真を照らしだす蛍光灯が目にまぶしかった。
「どうぞ、そこに」
医者はニコニコと男にイスを勧めた。
「初診ですね。今日はどうされました?」
「あのう、先生。まず、一言いっておきたいのですが」
男の顔は、ひどく青白かった。
「これは冗談でもからかっているわけでもないんです」
「はあ……?」
医者は男の真意をはかりかね、ややヒゲの生えかけたアゴを手でこすった。
「これを」
男はそう言って、右手を差し出した。そこには包帯が不恰好に巻かれている。
妙なことに、手の甲の部分がかなり膨らんでいた。
「ははあ、そうとう腫れていますね」
「はあ。いや実は」
男は包帯を取り始めた。帯状の白いそれは、するすると床に落ちてゆく。
医者は、あらわになった男の右手の甲を見て思わずあっと声をあげた。
「これは……」
「はあ、どうやら、プロペラのようなんですが」
男がそう言った途端、束縛から開放されたプロペラの羽が、ぶうん、と回った。
「うわ……」
「あ、すみません」
能面のような看護婦の顔が、微妙にひきつった。
「朝、起きてみたらこれがいつの間にかこれが生えていたんです」
男は、今にも泣き出さんばかりの顔つきになった。
「先生、何とかしてください。このままじゃあ、仕事にもいけません……」
「と、とにかく」
医者は落ち着きを取り戻そうとして咳き込んだ。男の感情が高まったせいなのか、プロペラはよりいっそう強く回っている。
「こ、このような症例は私も初めてなのでとりあえず一日様子を見ましょう。私のほうでもいろいろ調べてみますから。その、痛みは?」
「ありませんけど、でも」
「と、とにかく何とかしてみましょう」
「はあ……」
プロペラの羽は、急にしぼんでしまったかのように、その回転力を失った。
その夜、医者は猛烈な勢いで資料をあさってはみたが、それらしい症例を見つけることはできなかった。知り合いの医者たちにもほうぼう電話をかけてみたが、まるで相手にされなかった。
一晩中あのプロペラが頭に浮かんで、彼はなかなか寝つけぬ夜を過ごした。
翌朝、医者の手の甲にはプロペラが生えていた。
キーンコーン、カーンコーン。
「それでは表にして始めてください。」
声と同時に、生徒たちはいっせいに答案用紙を裏返し
シャーペンを走らせる。
教師は静かに教卓の椅子に腰を下ろし、さっと教室を見渡す。
別にカンニングらしき行動を取っているものは誰もいない。
しばしの静寂。
「コホン。」
シャーペンのコツコツという音にまぎれて一人の生徒が咳をした。
・・・再び静寂。
20分ほどが経過、教師は再び教室を見渡す。
ふと一人の生徒に目が留まる、窓際の中ほどに座っている男子生徒。
一心不乱に答案用紙に食らいついているほかの生徒たちとは対照的に、シャ−ペンを器用に指の間でくるくる回し、じっと外の景色を眺めている。
その様子を見ながら教師はあの日々のことを思い出していた。
高度成長期の真っ只中、受験戦争という言葉が生まれ周りのものはわき目もくれず勉強していた。だが、彼は違った。勉強が嫌いだったわけではない。成績はよかった。しかし夢はなかった。目標もなかった。
ただ“生きているだけ“そんな気がしていた。
ある日、彼は一人の少女に恋をした。一目惚れだった。決して美人ではなかったが、彼女のしぐさ一つ一つが彼の心を捉えていった。彼女に近づこうと彼は努力した。しかし、もともと人と接するのが苦手だったため、なかなか彼女に気持ちを伝えることはできなかった。彼は悩んだ。毎晩布団の中に入ると、頭の中に彼女の姿が浮かんでくる。頭の中で二人は楽しく話をしている。だが、所詮それは想像の出来事に過ぎない、ふと我に返り、どうにも出来ない自分の無力さに対し無性に腹がたった。
そんなある日の帰り道、彼は彼女達の姿を見た。楽しそうに自転車の後ろに乗っている彼女。自転車をこいでいるのは、隣の地区の学校の制服を着た男子だった。
不思議と何の感情も沸いてこなかった。
「やっぱりね・・・。」そっと呟いた。
キーンコーン、カーンコーン。
「やめ、それでは裏返しにして後ろから集めてきてください。」
教師は、回収された答案用紙をチェックする。
ふと、あの窓際の生徒の答案用紙に目が留まった。
解答欄はすべて埋まっている。
「ふっ。」ちょっとうれしそうに教師は笑った。
生徒の名前は黒木淳司、そして教師の名前も黒木淳司・・・。
生徒たちは下校の準備を始める。
きっと彼女も支度をしているのだろう。
下校時間まであと少し・・・。
去年、兄が死んだ。族の頭だった。
一弥の死は交通事故だった。一弥はその日、やけにスピードを出し、カーブを曲がりきれず単車ごと吹っ飛んだ。即死だった。
あたしは、冷静だった。
一弥とあたしが作った族『桜蛇悶』の権力は、一時的にNo.3の尚志に移った。仲間の中から、妹のあたしの男だからだ、の声が聞こえた。尚志には、一弥のようなカリスマ性はなかった。
桜蛇悶は小さなチームから始まった。周囲のチーム、レディースを取り込みながら大きくなり、その頂点にいたのが一弥だった。あたしは、一弥の苦労を見ていたし、一弥は女のあたしが頭になることに反対だった。それらのことがあって、あたしは頭になることを拒んだ。仲間の半分は頭になることを望んでいた。
チームはあたし、尚志、その他の三つに割れていた。尚志は、あたしが頭になってもチームを操れるだろうと思っていた。今、分裂するのは危険だった。よそ者が縄張りを狙っていた。あたしは一弥の代わりは嫌だった。
学校帰りに、男が前方に立っていた。単車には「愚零恕」のカッティングが入っていた。うちと同じぐらいの勢力を持ったチームで、縄張り争いの主である。
「お前が桜田門百合か?」
「ああ。」
「桜蛇悶は潰す。」
男は静かな眼をしていた。兄を思い出す。
「今あたしを殺ればいい。簡単だ。このビルの陰なら邪魔は入らない。」
男の眼はあたしの提案を無視した。自分の信念以外は一切信じない。こいつは若い頃のあたしたち兄妹だ。
「愚零恕にはお前みたいなやつがいるのか。だったらいいよ。桜蛇悶はもう桜蛇悶じゃない。一弥と一緒に死んだんだ。好きにするがいい。」
あたしは笑顔を作った。単車の影から何か見えた。花束だった。
「一弥に」
あたしは驚いてしまった。木刀が出てくるかと思った。花束ほど似合わないものはなかった。
「死んだのはお前だろう。」
そう言って男は消えた。涙が出てきた。大きな花束は私の顔を隠してくれた。私の情熱は、兄と一緒に死んだのだ。
それからすぐ、私は桜蛇悶の頭になり、桜蛇悶を解散させ、尚志とも別れた。残ったやつらは、新しいチームを作ったり、これを機会に更生したり。尚志も意外にさっぱり別れてくれた。桜蛇悶は兄のようにあっさり消えた。
揉め事がほとんど起こらなかったのは兄の功績だと思う。
あの男と兄の関係は結局わからないが、彼もまた、新しいものを作るのだろうか。
あたしたち兄妹に負けないなにかを。
暑い日ざしに肌を焼かれ、二人の少年は夏から逃げるように家の中へと駆け込んだ。それまでこの二人は夏の日の下、かけずりまわって遊んでいたのだが、のどの渇きは忍耐でどうにかなるものではない。
「たしか、ナントカ病になるから、水はちゃんと飲みなさいって言われたんだ」
「へーえ」
友達を自宅に招いた少年は母に言われたことを思い出しながら台所へと進んでいった。招かれた少年は、いつもリーダーシップな友達に、いつものように付いて歩いた。
少年たちのテリトリーには公園というものが無かった。かと言って、川の水がそのまま飲めるほどきれいな地域でもなく、小遣いをもらうという意識さえ芽生えていない少年たちが水を得るためには、一度自宅に戻る必要があったのだ。中途ハンパな田舎に育つと、こんな面倒はままあった。が、自分のいるところにしか世界を持たない子供には、どこでも同じではあったかもしれない。
「たしか、アレがあったんだよねぇ」
「なになに」
招いた少年は冷蔵庫を開けて中を見回した。
買い置きの納豆。父のビール瓶。得体の知れない色をしたビニール袋。たくあん。つくづく、子供にうれしくないものばかり置いてある家だ。しかし、少年は目当てのものを一発で探り当てた。目当てのものがドアポケットの一番手前にあれば、それは当然のことだが。
母が飼っている「きのこヨーグルト」(ヨーグルトきのこ?)の容器の横にあったそれを少年はうれしそうに持ち上げた。
「ヘイ、麦茶! おまち!」
「おー!」
招いた少年が麦茶のビンを乱暴に机に置き、親指を立てると、招かれた少年は感動の拍手を惜しまなかった。
「ホレ行け。遠慮はなしじゃ」
「おー。なんか甘くない? この麦茶」
「甘い? ウチは麦茶に砂糖なんて入れないけど?」
訝りながら麦茶を口に含んでみる。確かに甘い。砂糖なのか、どことなく、フルーティーな感じがしなくもないが、
「いや、これはむしろうまいラロ」
「うんううん。うまヒ」
あまりの美味さに、ついつい一瓶あけてしまった。こんなに美味い麦茶ならまだまだ飲めそうだったが、二人の顔は紅潮し、何故かロレツも回らない。無性に暑苦しいし。なのに夏のいわゆる湿度過多による暑苦しさとは違うし……。
気付いた時、二人は仲良く布団に寝かされていた。
後で聞いた話だが、梅酒の原酒を1本空けるというのは、子供にはとても無理のある行為だったそうだ。
死ななくてよかった。
あるホテルの一室に、男と女がテーブルを挟んで座っていた。テーブルの上には、二つのコップと、栓を抜いたビール瓶が一本。コップは、どちらにも口がつけられている。
二人の関係は、一見恋人同士のようでもある。しかし、その甘い雰囲気は、一瞬にして変化した。突如女が拳銃を取り出し、男の額に突きつけたのである。
「その袖口に隠したものを出してちょうだい」
男は、眉をしかめてその通りにした。小さな紙に包まれた薬だった。
「どうやら、私があなたに近づいた理由がばれてしまったようね。隙を見て私のコップにその毒薬を混ぜ、飲ませるつもりだったのでしょ」
「君が組織のエージェントだとわかったのは、つい最近の事だよ。もちろん、このまま僕を見逃してくれたら君を殺すつもりはない」
「状況が良く飲み込めていないようね。あなたは組織の裏切り者。私の使命は、あなたを抹殺する事なのよ」
女がトリガーに添えた指先を少し動かすだけで、男の命はあっけなく消えてしまう。男はまさに絶体絶命の窮地にいるのである。
女は銃を構えたまま、別の手で男の薬を取り上げ、それを目の前にあるコップに落とした。飲みかけのビールの中で、薬が泡になって溶けた。
「飲みなさい。頭を粉々にされて、化け物のように醜く死んでいくよりも、そっちのほうがずっといいんじゃないかしら」
「君がそれを望むなら……」
「私はどちらでもいいわ。あなたが選ぶ問題よ」
「もう僕を愛していないのか」
「あなたはただのターゲットよ」
「……そうか」
男はため息をつくと、薬の入ったコップを手に取り一気に飲み干した。
「さようなら」
「ああ、さようなら」
女はゆっくりと拳銃をハンドバックに収めた。
が、立ち去ろうとした女の足が突然もつれた。そのまま無様にテーブルの足元に仰向けになって、うめき声をあげながら多量の血を吐いた。
「ま、まさか、いつ毒を……」
男の顔が寂しく歪んだ。
「君が見逃してくれればこんな事にはならなかった」
「毒を入れる隙はなかったはずだわ。もし、あのビールに毒を混ぜていたのだとしたら、あなたも飲んでいるはず……あなたひとりだけが助かるはずはないわ……」
男は立ち上がり、断末魔の女に背をむけた。
「そうだ、僕も毒を飲んだ。だが、すぐその後で解毒剤を飲んでいるのは、僕だけだ」
「江ノ島に行こう」と言い出したのは、私の方だった。
アイツとの最後のデート。江ノ島へ行くのは、これが三度目だ。最初に行ったのは中学生の頃の雨の遠足。
「江ノ島の神様は弁天様という女性なんですよ。この神様はとてもヤキモチ焼きで、カップルで行くと必ず別れてしまうという言い伝えがあるので皆さん、気を付けて下さいね」
聖子ちゃんカットの若いバスガイドがしてくれた話しを、皆、笑いながら聞いていた。まさか、それが本当の事だとは知る由もなかったから。
二度目の江ノ島はつきあい始めて一ヶ月くらいの事。アイツとの初めてのキスもここだった。そうだ、もしかしたらその時の様子を、弁天様に見られていたのかもしれない……突然の雨に、ひとつの傘に隠れるようにして交わしたあのキスを。
「別にいいけど……なんだって、こんな雨の日に江ノ島なんだよ?」
アイツが不機嫌そうに言う。
「ちょっとね。もしかして私達が別れる事になった原因がそこにあるかもしれないな、って思って」
助手席で曖昧に微笑みながら私が言う。知ってるんだ。車のキーについていたセンスの悪いクマのキーホルダー。新しい彼女からのプレゼントなんでしょ?
「……ま、いっか。これが最後だもんな」
江ノ島が雨で煙ってる。国道134号線から橋を渡り、車を停める。駐車場はガラガラで、いつもは観光客でひしめき合うおみやげ屋の並んだ狭い参道も、今日は閑散としていた。
「かったりーから、これ乗ろうぜ」
『江ノ島エスカー』のチケットを買って、ふたり乗り込む。人ひとりが立つのがやっとくらいの幅の狭いエスカレーターは、無言の私達を弁天様の所まで運ぶ。
銭洗い弁天の周辺は人影も無く、丸々と太ったノラ猫達が我が物顔で闊歩していた。何もかもがびしょ濡れで、傘に当る雨の音だけがふたりを包む。
「ねぇ、覚えてる?ここで初めてのキス」
「ああ……そんな事もあったっけな」
そんな不愉快そうな顔をしないで。一緒にいるのが辛くなる。
展望台は工事中で立ち入り禁止だったので、そのまま道なりに島の裏側に降りた。そこは外海に面していて、白い波の花が岩に打ち付けられている。
「私、このまま海に飛び込んじゃおっかなー」
「……あんまりバカな事言ってっと、俺帰るぞ」
「やだー冗談だよ。それに私、泳ぎには自信あるんだー」
私は笑って泳ぐマネをした。雨が私の頬を叩く。もっと濡らして。泣いている事がアイツにバレないくらいに。
「長くてもあと半年の命です」
担当医から告げられた運命の一言。そうか、私はあと半年でこの世を去るのか。ドラマで何度も見たことのあるシーンを体験するなんて思ってもいなかった。
なんで私はこんなにも落ち着いているのだろう。人生の終わりを告げられたのにちっとも怖くない。まだ実感していないだけか。いや、違う。私は嬉しいのだ。こんなつまらない人生に終わりが来るのが嬉しいのだ。
毎日汗水を垂らして働いても、雀の涙ほどの給料しかもらえない。しかも、その少ない金を妻と娘に取られて、私の元には殆ど返ってこない。
私は家族の奴隷なのだ。
大学からの大恋愛を経て結ばれた妻も、今となってはただの豚だ。私と顔を合わせる度に愚痴を言ってくる。
「あんたなんかと結婚したのが失敗だったわ」
それはこっちの台詞だ。
あんなに可愛かった娘も、今では私のことを親とさえ思っていない。去年の春に高校を卒業して以来、仕事もせずに街を遊び歩いているだけだ。最近は外泊が増えて、まともに話もしていない。注意しても聞こうともしない。
「うるさいなぁ。私にはかまわないでよ!」
子供なんて作るものじゃない。
残った時間は自分の為にだけ使おう。
これからの事を考えるとワクワクしてくる。二十年近く家族の犠牲となって働いてきた私に神様がくれたプレゼントなのかもしれない。
ガチャ!
勢い良くドアが開いて、私の病室に誰かが入ってきた。
妻と娘だった。
「あなた……」
担当医に話を聞いたのだろう。二人とも表情が険しい。奴隷がいなくなるのがそんなに残念か?
「お父さん……」
娘が涙を浮かべ、私の事を見つめている。私がいなくなるとお前も遊んで暮らしていけなくなるからな。いつもは毛嫌いして私に近寄ろうともしないのに今日はどうしたというのだ。
「お父さん!」
娘が叫んだ後、声を出して泣き始めた。それにつられてか妻も泣き始めた。
なんで泣くんだ? 二人とも私が居なくなった方が良いのだろう。いつも、邪魔だと言っているじゃないか。
何故、泣くのだ。
何故、悲しむのだ。
私が死んだ方が嬉しいのだろ!
二人とも泣き続けている。
そういえば、妻も娘も泣き虫だった。娘がまだ小さい頃、夜鳴きが治らない娘を背負いながら、妻も泣いていたっけな。
なぜか、あの頃の光景が甦ってきた。
残りの半年。あの頃にような三人に戻れるかな。
そう思った瞬間、私の頬にも涙がこぼれた。
ぼおとしながら、顔を正面から左の方へ廻し、窓の外をなんとなく眺めていると、何かが動いていた。
うすぼんやりとしていたからよく認識していなかったのだけど、何故だか、それだけは認識できたのだ。
不思議に思い、しばらくじっとそれを見つめていると、それはどうも空気の様だった。風になびいて、何かが動いた様子だった。
風の色をそれとなく見分けながら、さらに注視していると、どこかの山の向こうから呼び声が聞こえる様に、微かながらふぁ、ふぁ、という感じの音がする。遠くから聞こえる様でもあり、近くで何かが鳴っている様でもあった。
やがて、そのわずかな振動が、音の大きさはそのままで、頭の中でぐるぐると響いてくる風になった。そして響きが大きくなるにつれて、ただ椅子に座って机に肘をついているだけの体がゆっくりと、しかし嫌な感じで廻っていくのを、別の意識がまるCCDキャメラのモニターにでもなったかのように映し出しながらも、それを実感している意識の方が、
──耐えろ、耐えろ──
と力強く命令していた。命令に従わなければ気絶してしまうか吐き戻す様な、それでいて通常の、例えば乗り物酔い等ともまた違う忌まわしい回転運動。いつしか拳を固くして、前かがみになっているしか成すすべがなかった。
どこかに気をやってしまいたくて辺りを見回そうとするが、もう先ほどの風も、どこかへ気まぐれにいってしまい、見えていた色も消えていた。他には見慣れた風景だけがただあって、様子見を決め込んでいる。堪え、堪えて、ゆっくりとしか過ぎない時間に焦れながらも、ようやく悩まされない心持になった時には眠ってしまっていたらしく、気が付くと、雲に遮られながら照らされていた日光が消えていて、窓に薄赤い名残が残されるだけだった。
何の気なく、ふとした拍子にこうした幻惑に遭うので、いつも外には出られなかった。
出たくても、身体が出してはくれなかった。
ただ色のついた風が、語るでもなくこちらに顔を出すだけだった。
まるで、少しだけ意地悪なイタズラっ子のように。
俺はウサギだ。元々俺は、ペットショップで売られていた。仲間達が次々売れていく中、俺だけ一向に相手にされず、ペットショップで1年が経った。すっかりウサギ年齢では青年になってしまい、処分されるギリギリのトコロで、この家の人間に買われた。この家に来て、かれこれ3年が経つ。
他の家がどうだか知らないが、この家の人間は基本的に家にいない。平日はもちろん休日も朝早くから留守にしている。俺はほとんど相手にされる事もない。毎日、この家の留守番をしている。そして、この家の人間はどういうワケか戸締まりをしない。玄関の鍵を閉めないなんて当たり前、時にはドアが空いたままでも全然平気である。朝から夜まで、誰もいないのに玄関が開きっぱなしなのである。 …にも関わらず泥棒が入った事はないのは、それが逆に不気味だからだろう。ある意味、いいやり方なのかもしれない。
ところがだ。とうとう、この家にも泥棒に入られる日が訪れた。
そいつは、玄関が空いてるにも関わらずトイレの窓ガラスをハズして入ってきた。20代後半の若い男だ。俺の事を見つけても、ウサギという事で、特に警戒心はないらしく、気にも止めてないという感じで機敏に作業へと移っていった。
まず、タンスの引き出しを下から手際良く開けていった。他の家がどうだか知らないが、この家のタンスにはパンツと靴下とシャツくらいしか入っていない。男はタンスを諦め、押し入れを開けた。そこには金庫が無造作に置いてあった。男はニヤリと金庫を見回した。どうやら金庫を開ける気らしい。いかにもプロという感じの手慣れた手付きで作業に取り掛かっていた。しかし、他の家がどうだか知らないが、俺はこの家の人間が金庫を開けてる姿なんて今まで一度も見た事がない。5分程で金庫は開いたが、思った通り中には金庫の説明書と保証書だけがあった。男はかなり落胆の色を隠せないようだったが、諦めてはいないようだった。男は二階の寝室に向かったようだった。他の家がどうだか知らないが、この家の寝室にはベッドしかない。男はすぐに、うなだれながら階段を下りてきた。そして、諦めて玄関から出て行った。
他の家がどうだか知らないが、この家の貴重品は、リビングの机の上にあるお菓子箱に、お菓子と一緒に入っている。
「コーヒー、ブラックでよかったよな?」
「うん」
僕はコーヒーを注いだマグカップを二つ持って、居間にいる香里のところへ戻る。
「で、なに?」
マグカップを手渡しながら、何気なく聞いてみた。
「あのね、先生……」
香里はたどたどしく、こんな夜遅くに訪ねてきたわけを話しはじめた。
「ええと……それで、僕にどうしろと?」
僕はそう言うしかなかった。香里の話を要約すると、飼っている猫が逃げ出してしまい、とても悲いのだそうだ。しかし、それを僕に言われても……。
「それであのね、先生に出してほしいの、ネコを」
「はぁ?」
僕の口調に、香里は怯えた子猫のような顔をする。
「ああ、香里を責めてるんじゃないよ。猫を出してっていうのは、どういう意味かなって」
「あのね、先生が魔法使いだから」
「はあ!?」
またも怯えさせてしまった。だが、僕が魔法使いとは……?
「先生、ずっと前に魔法を見せてくれたから……魔法でネコを出してほしいの」
「……あのさ、どんな魔法、見せたっけ?」
僕には全然覚えがない。けれど、そう言ったら香里が泣くのはわかっていたから、それとなく聞いてみる。
「黒いボーシからハトとかウサギとか出してくれたよ。だから、今度はネコを出してください。おねがいします」
香里はぺこりと頭をさげて、上目づかいで僕を見る。
「香里、それはただの手品で魔法じゃないんだ。だから、香里の猫は出せないんだよ」――とは言えなかった。
「おねがいします」
香里はもう一度、頭をさげる。僕の頭は「断れ」としきりに促すのだが、唇は遂に、
「うん、わかったよ」
と音を紡いだ。「馬鹿、どうすんだ!」と怒鳴る頭を無視して、唇は上下しつづける。
「でも、魔法を使うには準備が要るから、今すぐには無理なんだ。明日、猫を出してあげるから、今夜はもう帰りなさい」
僕はそう微笑んだ。
本当は送っていきたいのだが、「魔法の準備」がある手前、そうもいかない。僕は香里の保護者に、ここまで迎えに来てもらうよう電話した。
「香里、今迎えが来るから、それまでここで待ってなさい」
「うん!」
香里はいつものように元気よく答えて、それから――
「……ねえ、先生」
「うん?」
「先生も悲しくなったら、香里のこと、ボーシから出してもいいよ」
僕は香里の身体に触れるぎりぎり手前で、抱きしめる真似をする。
マグカップに満ちた芳ばしい夜空が、今だけの二人をそっと、月明かりから隠してくれた。
はらはらと、ただ舞う桜の花の中…
「母さん。じゃあ僕、行きます」
真っ黒なガクランを、どこか窮屈そうに身に付けて、少年は縁側の母に振り返った。
家の慣習で、背中まで伸ばしていた黒髪も先日、15歳の誕生日とともに襟元で切り落とし、軽く中で分けた歳相応の形で微風になびいている。顔にかける古びた銀縁の眼鏡は少しフレームが歪んでいたが、レンズのない伊達なためか少年にそれを気にした様子はなかった。
「気をつけてね」
薄紅色の着物をまとい、縁側に座した母が微笑む。
その頬は病で少しこけ、顔色もわずかに白かったが、腰まである艶やかな黒髪と清々とした雰囲気にそのたおやかさはいささかも損なわれていない。
「はい。母さんも、お元気で」
綺麗な人だと、少年は思う。
早くに父を無くし、祖父母の元で暮らすようになってから十年。病に伏し続けた母を置いていくことを後ろめたくも思う。
「そんな顔しないで」
心配性で寂しがりな母。
その顔は微笑みを浮かべてはいたけれど、これから遠く離れて寄宿する少年を見る瞳は不安に曇っていた。
「向こうに着いたら手紙を書きます」
メールを出すのが一番手っ取り早いけれど、機械オンチな母にはそれが一番だろうと。
「しっかりね」
「うん」
短いが、力強い声音と共に首肯する。
「じゃあ、いってきます!」
「いって、らっしゃい…」
母の声にあと押され、歩き出した先で一度、二度、振り返っては母に手を振って、少年は走り出した。
これから先に待つ出会いと、出来事への期待に胸を膨らませて。
はらはらと、ただ舞う花の、吹雪(かぜ)の中を…。
タータンの焼ける匂いは、僕の中の過去の苦痛や挫折やささやかな歓喜を呼び起こし、否応無しに僕の心泊数を上げる。僕はこの緊張から早く逃れたいと思うけれども、安易にそこから脱走してしまうと、その記憶がまたこの匂いから想起される挫折感、無力感を増幅してしまうことを知っているから、僕はまた400mを追い立てられるように走り切る。
でも今回は少し事情が違っている。これから僕が走るレースは高校最後の東北インターハイの準決勝で、これで決勝に残れなければ、いくら無様な走りをしようとも、二度とこの400mトラックに戻ってくることもないだろうし、よって、このタータンの焼ける匂いに挫折感や無力感を呼び起こされることもないのだ。
そもそも僕がこの場に立っていることさえ場違いだと思う。陸上競技だけでなく、何においても全国的に活躍する人間が稀な東北地方において、さらに閉鎖的で臆病な気質の者が大部分を占める山間の小さな町に生まれた僕はコンプレックスの塊だった。
よく日本人の農耕民族的な気質が、自国の知識人や芸術家に批判されたりするけれども、僕の育った町の人々は、それに輪をかけて農耕民族的だと思う。そんな文章を本で読む度に、僕は自分のことを批判されているようで、絶望的な気分になる。
もともと色黒で、毛深くて、彫りが深い僕はよく東北人に見えないと言われるが、残念ながらその昔、北海道から東北地方にかけて暮らしていたアイヌの人々は、そのような特徴を備えていた。
スターティングブロックをセットし終わった僕は、炎天下を避けるように、自分の荷物の置いてある日陰に入り、スタートまでの緊張と、葛藤を紛らわすように読みかけの本を開いた。
それは、著者が日本の歴史に関して様々なテーマで、その分野の研究者と対談する形式の本で、僕はその時こんな一文を見つけた。
“アイヌ人は、狩猟生活を営んでいた縄文人の正当な後継者である”
この一文は喧噪の中、一人座り込み、本を眺める僕の意識を一瞬で変えた。
それまで気になっていた周りの選手達の会話がふいに遠のき、風のざわめきのようになり、体中の筋肉が急に脈打ち出したような感じがして、一刻も早く
全身の筋肉達を大きく、速く伸縮させたかった。
スターターの合図があり、僕はスタートラインに向かう。1レーンから8レーンまで、他の選手達を見渡し僕はこう思う。
“こいつらを狩るのは雑作もないことだ”
施設から少年が抜け出すのはいつだって雨の日で、行き先はもう神様の居ない神社だった。
雨の中に立つのは苦痛ではなかった。基より世界は自分を刺す鋭いナイフばかりで出来て居るから、熱を出す代償位払うのは惜しく無い。だってそれさえすれば雨は彼に欲しいものをくれるのだ。
耳元の轟音、意味をなくして煙る色彩、足下で跳ねる泥と血(彼は泥の中には血が混じっていると言う気味の悪い昔話を雨の度正確に反芻した)、どれも世界と自分との境界を曖昧にしてくれる。自分が自分であるという要りもしないのに押し付けられた権利は雨の中で暫時消滅する。俺は多分間違って居る。目を閉じる。けれどそんな事すら考えるのは時々とても疲れるのだ。
ぐう、と熱を持った肺を鳴らして呼吸した。開いた目には一輪の青い花が咲いている。
「しずお」
花の隣で声がした。そのまま顔も動かさずに立っていると、気配は曖昧な視覚の中少年の視野を斜に横切る。
「ここに置くから」
屋根の下に置かれるのはビニールに包まれた白いタオルだ。
「先生。俺は要らない」
「静生」
「捨てちまうよ」
その人は少し立ち尽くしてから、畳んだままのビニール傘を湿った板に立て掛けさせた。
「簡単な事なんだよ。雨が降ったら傘をさしなさい」
「……」
「そうすれば、何もお前を凍えさせる事は出来ない」
少年は皆の言う事が理解出来ない。完璧な分節で発話されるそれは、少年にとってプラスチックを投げ付けられる程度の意味しか為しはしないのだ。
けれど、この人のする事だけは静生の中に落ちる。
何も言わないでひっそりタオルを置いて行く姿は、正しいか正しくないとかそんな答えを必要とせず、只、少年を切り刻まない唯一のものだったのだ。
彼が立ち去った後、静生は境内に近寄った。ビニールとタオルの下に握り飯が転がっている。静生はその馬鹿馬鹿しい程白い様を見てからラップを剥いだ。そして自分で何をしているか判らない内に、泥と血の中に叩き付けた。
泣きながら彼は思う。多分彼は昨日と同じ様に、そうやって握り飯を汚し続ける。そしてこうも思う。例えそれを知っていたとしても、あの人は持って来る事を止めないだろう。
多分俺達はどうしようもなく間違っている。
微熱を帯びた雨の向こうに、花が変わらず咲いていた。
救われたいのかも判然としない少年は、皆が居る完璧な世界でも俺の世界と同じ様に花は美しいだろうか、と、思った。
目を覚ます。また仕事の夢を見ていた。何事もなかったように少しはにかんで仕事をしている私がいた。自分でその道をひき返し選んだのに、もう戻らなくていいのに、なぜうなされるのだろう。何度すすいでも内側から染み出る匂いと色。この芯の汚れた絵筆のような過去を完全に綺麗にしなければ、と私はもがく。ヘリコプターの音が聞こえる。
また誰か搬送されているのだろう。まだ誰かであることを願う。目覚めたのはその羽音のせい。もしカブトムシがヘリコプターと同じ大きさだったら羽音はどのくらいだろう? と考える。
午前三時半を過ぎるのを待って、私はカーテンを十センチほど開けて外を見る。窓の外に広がるコンクリート敷詰めの駐車場を見下ろす。ここは病院なのかもしれない。
駐車場にはモルト樽のコンテナ花壇が置いてある。偽善者め、と呟いてみる。それは元々モルト樽ではない。最初から花壇になるために生まれたのだ。その中に植えられている半分枯れたツツジは、枯れていない半分に花を咲かせた。あんたは強いね、と呟いてみる。
空が白ける時、ずっと前から朝だったように存在する朝に私は腹が立つ。だけどそこは確かに暗闇ではなくてずっと前から駐車場だった。私は目が不自由なのだ。暗闇が駐車場になる瞬間を確かめて、私は私自身のちっぽけさを身に染みさせて、それから外にでる。陽が昇る前にこっそりと。
住宅街をおもむろに歩く。私は捜している。あの人が教えてくれたのだ。
「彼らに会いたいのなら午前四時」
言われたように今ちょうど四時。えもいわれぬ緊張に速足になる。
草にまみれた建築予定地、商店の横路地、誰かが寝静まるカーテンの閉まった家の縁側、玄関に木材を打ちつけられ死んだとみなされているもの――その周りに目を凝らす。彼らに会えた時、きっと全てが解決するのだ。私は尋ね回る。
だが会えない。
(陽がもぞもぞと身支度を始める)
会えなかった。
会いたくないものにはひどく出会うのに!
私が会いたいものは望むと同時に消えてしまうのかもしれない。それとも私の目が不自由だから?
「ほらね、もう、分かったでしょう?」とあの人が出てきて言う。
私は分かったふりをして微笑む。次の瞬間強く突き飛ばされる。また仕事の夢を見る。廻る廻る。ヘリコプターがうるさい。
ざらざらの舌で舐められ私は目を醒ます。回転が止んだらしい。
もう出よう。次に乗るのをやっと見つけたから。
『味が変わった…』
ここ数年気に入って通っていたラーメン屋で、私はふと思った。
私はラーメン通とまではいかないが、たまたまお昼に入ったラーメン屋が
おいしくて気に入ったというありがちなパターンだ。
いつも私はノーマルなラーメンを注文する。
いろいろ試したが、普通のラーメンのほうが安いし、私に合っている。
普通といってもここのラーメンはうまい。
いつかどこかで食べたような、懐かしい味がする。
いつものようにカウンターに出されたラーメンを
まず麺だけ口に運ぶ。
そこで何かが違う と、初めてわかったのだ。
甘味 というのか、コクがないのだ。
ただの塩辛いだけのラーメンが、私の前に出されたのだ。
私はもう一度、麺を口に運んでみた。
やはり違う。
よくみるとネギが切れていないのだ!
上部だけ切れて、あとは繋がっている。
しかも麺まで… ゆでが足りず、さっきまで入っていた袋の形が残っている。
さすがにこれには落胆した。
しかし私のようなサラリーマンに、文句をつけるようないわれもない。
『もうここに来ることは無いだろう』
と、密かに思い、残りの塩辛いだけのラーメンを口に運んだ。
そのときだった。
少し離れたところに座っていた女子高生が店員を呼び止めた。
「いつものラーメンと、なんか味違くありません?」
『やはりそうか。意見が合うこともあるんだな…』
「えっ、そうですか?特に…味は変えていないんですけれど…」
店員は驚いてる様子だった。
「ラーメンって、返品できますか?できるんだったら、私します」
「えっ、お客さま!?」
「あなたも1回食べてみたらどうですか?私、けっこうこの店好きなのに」
「そう言われましても… 少々おまちください!」
店員は中へと消えて行き、店長をつれてきた。
「お客様、なにかご要望ですか?」
恐そうなオヤジだった。しかし女子高生はひるまなかった。
「ちゃんと味見してるんですか?今日のラーメン、おいしくない!」
『うわぁ、言うもんだなぁ〜』
「まずかったら帰りナ姉ちゃん」
店長は小声で女子高生に言った。
『いいのか!?ますますこの店嫌になってきた』
「言われなくても帰るし。ただ他のお客さんの為にも、味見しろっつってんだよ」
「何ぃ!?」
私は我慢できなくなって席を立った。
「すいません、会計おねがいします」
丼にはまだメンマが残っていたのに…
私は420円を払って店を出た。
そういえば4丁目にラーメン屋があるな…
明日行ってみよう。
玄関のチャイムが何度も鳴ったので夫と私はベッドから降りた。寝室に掛かった黒縁取りの円形時計を見たら夜中の二時だった。こんな夜中にいったい誰だろうかと玄関灯のスイッチを入れながらどなたですかと言ってみた。背後に不服そうな顔をして夫が立っている。
「松田です、松田です……」お隣のご主人だった。
「どうなされたのですか」夫が肩ごしに言った。
「き、きてください……」
私たちはパジャマ姿をいささか気にしながら松田さんの後に着いて行った。家に上がってリビングに入った途端、裏庭の光景が目に飛びこんできた。庭のほぼ中央に植えられた百日紅が深紅の花をたわわせ月明りに浮いている。
「家内が……」頸を絞められた絶命寸前の鶏のような声で松田さんが言った。
百日紅に松田さんの奥さんがぶら下がっていたのだ。
寝巻きがはだけて胸の谷間が露だ。意外と豊満な胸。裾が乱れて太腿まで覗いている。厭だな……こんなの見せないで。恨めしい。
「どうすればいいんでしょう……」
「そう言われましても」夫が眠そうな声で鼻の頭を掻いている。
「降ろしてあげたほうがいいのでしょうか……」
「いや、それはまずいでしょう」
「どうしてなんですか!」素頓狂な松田さん。
「よくご覧なさい。お辛いでしょうが……」
松田さんは頸だけ伸ばして百日紅を五秒ほど見つめ、
「さあ? なにが?」と、怪訝な表情で夫に言った。
「おかしいですよ。奥さんの足が地面に届いています。ほら、膝が少しばかり曲がってるじゃないですか」
風が吹いたのか、奥さんの長い髪がさわっと揺れた。
「自殺ではなく、他殺かも知れない。下手に動かしてはまずいと思いますよ」
なるほど。夫の説明で厭だけれど私も裏庭の出来事を詳細に観察した。
当初は夜目に百日紅の深紅と相まって妖しい一服の絵のように思えた。時間が経つにつれ、よくよく見えて、なんだか醜悪でみっともない。お隣さんだからって事情なんか知る由もないし、ぶら下がっていることだけしか解らない。奥さん、なかなか美人だった。歳のわりにスタイルもよかった。でも……。粗相したのか綺麗な太腿が汚れてる。気がふれたみたいに口が歪んで涎が出てる。
「まず警察でしょうね」結局あたりまえのことを言う夫。
生臭い。夏の夜に奥さんはもう腐り始めたのかしらん。ああ、厭だ。
で、私は首吊りを急遽中止してジュリエット方式に変更した。
今、私は摩周湖の底で毬藻と一緒に沈んでいる。
「君、モデルやってみない?」
街でいきなり男に声をかけられた。スカウトなんて初めてだった。
「君みたいな娘を探してたんだよ」
男はただただ私の魅力について熱く語ってくれた。そうだろうそうだろうと心の中でうなづきながらも、私はすっかり逆上せ上がってた。
そして、その結果がこれだ。
「照明OKでーす」
大学卒業しても就職浪人で、バイトも見つからずにフラフラしてたらお金無くなっちゃって。こんな時に声かけて来る奴がいけないんだ。
「じゃぁ今度は下着も脱でみようかー」
「ぜ、全部脱ぐんですか!? 」
聞いてない。こんな話、全然聞いてない。プロモーションビデオのモデルやってみないかなんて、ちょっと怪しいとは思っていたけど案の定だった。でも、一日の撮影で五十万とか言われちゃったらそりゃぁ心だって揺らぐし、スカートのファスナーだって下りるわよ。
照明が暑くて汗ばんできた。下着姿でスタッフたちの熱い視線に晒される。頭がクラクラする。
「全部脱いじゃおうよ。ここまで来たんだしさ。ねっ」
「は、恥かしいです……」
男たちの目が、さっさと仕事終わらせようぜ、と言っている。そんな義務も責任もない筈なのに、なんだか躊躇する私が責められてるみたいだ。ええ分かったわよ。脱げばいいんでしょ! 脱げば!
「おっ! 脱いでくれるんだねっ」
ブラのホックを外した瞬間、なんだか私が彼らよりもワンランク弱い存在になったような気がした。そして私の全てが溢れる光と視線の中、レンズの前に投げ出された。
「それじゃ、絡みいってみようかー」
マジっすか?
「ほら、リラックスして」
色っぽい声で耳元に囁くステキな男優さんは、でもパンツ一丁だ。なかなか締まった体つきはしてるけど、ちょっと毛深いかも。
「ハイ、スターッッ! 」
もう後戻りできない。お金貰っちゃったし、これでしばらく生活には困らないって安心しちゃったし、すでに乳首摘まれてるし。
「んっ……」
床にそのまま寝かされた。背中が冷たくて、頭は醒めるいっぽうだ。さすがプロの男優さんだけあって感じるツボは分かっているらしく、私は濡れるいっぽうだ。
コツン……
壁に頭をぶつけた。目を開けると頭の上に窓があった。窓の向こうには空がある。雲ひとつ無い空は、とっても澄み渡っている。その空の青さがひどく遠くに思える。もう、あの空の下には戻れないような気がして、なんだか泣きたくなってきた。
−−読むな。読めっ!−−『カララゾマホンの兄弟』トウフガスキドスエ
何だか知らんがモルモン教の宣教師と称する西洋兄ちゃんが、道行く私をおごそかに呼び止め、「あなたは神を信じますか。私はあなたと分かり合いたい」などと言っている。ウンコを漏らしたような表情を浮かべている私に向かって「あなたと分かり合いたい」「あなたと分かり合いたい」と繰り返す。すみません。ごめんね。僕は特にあなたと分かり合いたくはないのです。それじゃぁさようなら。と言えぬ自分が可愛くて仕方がない。それでこんな風に言ってしまう。
「神様っているんでしょうかねぇ。見たことないんですけど」
西洋兄ちゃん、「私も見たことないのです」とウンコを漏らしたような表情を浮かべる。困った困った。西洋兄ちゃんを困らせちゃった。
「心の中にいるって感じでしょうかねえ」
と負けじとウンコを漏らした表情を浮かべて役者並のセリフまわしで答える私は日本の恥でございましょうか。
いいのさ。いいのさ。どうせ私は「日本」という仮面をかぶった一青年にすぎぬのだから。いっそ演じてしまえ。ああそうさ。俺は日本男児さ。はいはい。
などと思いをめぐらしていると、「そうです! 神は心の中にいるのです!」などとウンコを出し切った表情で答えるのは、おお、愚かなる西洋兄ちゃん。神の存在を信じて疑わないとはなんたる迷妄か。神よ、あなたは罪作りなお方です。神よ、いま、私の目の前にいる哀れな子羊を救いたまえ。
いけねぇいけねぇ。ニイチェいわく、「神は死んだ!」
だからどうしたというのです。神は死んでも信仰は死んではいないではありませんか! 信仰は死なない! いいですかニイチェさん。百年の時を越えて説教いたします。「信」は死なないのです。やっぱり神は「生きている」のです。
さぁ、神を信じる西洋兄ちゃんよ、私に付き従え。私はあなたを「素晴らしき国」へと導くであろう。私とともに「素晴らしき国」を築こうではないか。まずは財布の中の金をすべて出したまえ。なんだ三万円しかないのか。これじゃなにも悪さできねぇじゃねぇか。このぼんくらめ。まあいい。この金でそこの「素晴らしき国」にでも行こうじゃねぇか。乳揉み放題だぜ。
掌が汗ばむ。懐に隠し持った短剣の感触が冷たい。
作り笑いを浮かべ、私はゆっくりとあなたに歩み寄る。
雨上がりの風が、議事堂前の回廊を吹き抜ける。
あなたは女たらしだ。処女といい、人妻といい、これはと思う女はすべてモノにしてきた。私の母もあなたの情人だった。感情の赴くまま、奔放に生きる母を私は憎んだ。子供の頃の私が、あなた方二人の醜聞によって、どれだけ肩身の狭い思いをしたことか。
あなたは傲慢な人だ。変革の名の下に我々から自由を奪い、専制者として世界に君臨しようとしている。元老院をないがしろにし、ローマの尊厳を破壊しようとしている。私は奴隷の境遇には耐えられぬ。意志を失った者はもはや人間にあらず。卑屈な笑みと媚びに生きて、なにが人間だ!
あなたの野心は明らかだ。先日の競技大会で、アントニウスから三度王冠を捧げられたあなたは、三度ともそれを退けたが、ずいぶんと物欲しそうな顔をしていた。終身独裁官に就任し、専権を欲しいままにするあなたは、さらに王位まで望もうというのか。
絶大なる権力は、それを手にした者を狂わせ、暴虐非道に走らせる。あなたはいわばマムシの卵、ひとたび孵化した暁には、その毒牙をもって人々を傷つけるだろう。
もはや取るべき道はただ一つ、マムシは卵のうちに殺さねばならぬ。
――本当のところ、私はあなたの事が嫌いではない。あなたは、いつだって私にやさしかった。愛人の子である私に、惜しみない愛情を注いでくれた。ギリシャに留学する際には、借金までして学資を出してくれた。内乱の際、ポンペイウスに加担してあなたに刃を向けた時でさえ、敗者となった私を許してくれた。
私はあなたの中に父親を見ていた。憎み、反発し、甘え、そして、あなたのやさしさに涙した。
相争う二つの感情が、私の胸をさいなむ。私は公人としてあなたを憎み、私人としてあなたを愛している。ああ、出来ることなら、あなたの野心だけを殺して血は流したくない!
だが、あなたは道を踏み外してしまった。あなたを王に――それだけは断じて許せぬ!
祖国のため、自由のために、私はあなたへの愛を捨てる。否、愛しているからこそ、私はこの手であなたを倒す。あなたが暴君となり、歴史に汚名を残すその前に――。
やがて、回廊に悲痛な叫びが響きわたる。
「ブルータス、お前もか!」
確か私がもつれた糸を取られた...
私は高校卒業後、トラベルジャーナル専門学校を卒業し、何とか別の道の美容師に進み、
オーストラリアとフランスへ、研修旅行へ行く時に専門学校を卒業後に手にしていた旅程管理主任資格を生かし、ツアー添乗員として、働いた。
10年後、美容室が終わる頃に、その時の添乗話しをしていた。
添乗初日夕刻。
添乗員「まずはじめに手荷物検査、4センチメートル以上の刃物を持っている方は、手荷物検査前に預けて下さい。でも、みなさん美容師なので、はさみを持っています。逢えるのはパリ、しゃるる=どごーる空港にて、手渡されます。」
研修員1人「残念です。せっかく、ジャンボ旅客機の中で、カットしたり、パーマしたり、ブリーチしたりしようとしたのに....ルン♪」一同爆笑。
添乗員の恋人研修員と後2人「初めから、知ってたら、今言うなよ。昨日も僕たちと逢っていただろう」とブーイングが届く。
「出発チャックインのマニュアル通りの言葉です。出発のお決まりです」と添乗員は、命からがら、言い切り続く言葉は、
「ナイフももちろんダメですよ、昨日桃狩りに行った後の人は気をつけてください」一同笑い。
昨日はみんなで最後の日本の旅になろうかと、山梨での白桃狩りに行き、私添乗共に、紙箱白桃を買わされるハメになり、その中の桃をもぎ取る予定のナイフ達が白桃の皮を切り、桃の実のことはそらすように切っていき、おいしく頂いたのだった。
早速来た。機内に入り、赤のうわさ、緑の炎が舞い散る座席シート。
「グッドアフタヌーン、今宵きりの月の我が家へ」とワインのラベルは書いている。
「飲めば爆発あなたのボタン、滑車時間にチクタック」と私の胸は高鳴り、手渡してくれた主は、救世主かスチュアートされている、テロ集団。
まとわり布の注意か、私たちもテロ集団にしようっと楽天的な添乗員マニュアルでした。
言った言葉は「I’M TERO!?」と添乗員だす。
「You are rayback?」とスチュアートは言うが、
私は塞ぎ込み「さよなら、私のファインガール」と、真剣に「見逃して下さい」の暗く悲しいチェリーを吐いた。「歯が痛い」
最後手渡された、はさみの数々、ナイフ一本、ブリーチ剤1箱。人が亡くなった証明書だったのだ。一同恐い。
もつれた糸は、消えて、私は1人助かっていた。他のみんなは、天国ださ。。
糸が消えた理由は、亡くなった恋人が毎秒ほどいてくれていた。感謝。
校門斜め前の、値段と量で定評のある定食屋のメニューにあるその文字は、仲間うちでは興味の的だった。
焼肉定食が320円という値段に比べ、それだけは5の後ろにゼロが4つも付く値段だったのもその理由だろう。たまに食べる豪華な天丼でさえ380円だったから、この値段は脅威だ。
そんな大金をたかが昼飯にかけるよりは、彼女とのデートに使った方が有意義だったし、腹が膨れればいいという我々に手が出せるはずがなかった。
『おい丼』という位だから、どんぶり物には違いないだろうが、一人前だからいくらなんでも量での値段ではないだろう。オイキムチというあのキュウリの事ではないだろうが、『おい』が何なのか判らない。まさか自分を意味する方言とは無関係だろう。
店のオヤジは「注文しなけりゃ教えられない」とガンとして譲らない。
しかし、いくらなんでも5万円もする料理を、おいそれとは注文出来ない。きっと「おいしいどんぶり」の略だろうという事に落着いてはいたが、まぁ、宝くじでも当たったら食べてみよう。仲間うちではそんな風に取り決められていた。もっとも宝くじなんか買う殊勝な奴なんかいないから、それは無理だろう。
当然周りの奴らも同じようなものだったから、誰も注文したのを見た事はなかった。
結局卒業するまでに『おい丼』は食べられなかったし、社会の荒波に揉まれているうちに、忘れていった。
「定食屋の、おい丼って覚えてるか?」
10年振りに皆が集まった時、その話が出た。
「実はな、今日外回りで学校が近かったんで、あそこへ行ったんだ」
加藤の話はみんなの注目を集めた。
「メニューにあれはあったのか?」俺は勢い込んで聞いた。
「あぁ、あった。それよりも、値段が時価になってた」
「じ、じかあ!?」全員の口が半開きになった。
「あぁ、で幾らなのか聞いたんだよ。そしたら俺の顔見て20万だとさ。流石に頼めなかったよ」
「20万かぁ…」
「誰も頼まねぇよ」
「それがな、20万じゃ注文ないでしょって聞いたら、昨日1食出ましたって言われた」
「マジかよ、おい」
「凄えなぁ」
みんな思い思いの感想を口にし盛りあがっていると、今まで端の方で静かだった小川が、身を乗り出した。
「あの親父、外見で値段決めてるんだなぁ。俺が注文したら30万だったぞ」
「えぇ! 小川だったのか?」
「どんなだった?」
みんな口々に問いかけると、小川はニヤっと笑った。
「注文すれば、判る」
「どうも」
電車に乗っていた四谷京作に声をかけて来たのは、小さな子供だった。
「子供……?」
「はい、ボクは非力で幼くてそれ故に世間の汚らしい害毒に染まらず権威に媚びず的確な指摘が出来る純真無垢な子供さんです」
「――なんかこう、純真無垢さが感じられないんだけど」
「何ですって? それじゃ、パスポート見せましょうか、パスポート!」
「……ムキになる辺りが子供っぽい反応だけど、何かなぁ」
「理解して頂けたところで――」
子供は四谷の顔を、びしりと指さした。
「子供を代表して、あなた方大人にもの申す!」
「大人の代表は俺でいいわけ?」
「論点をすり替えないでください!」
「すり替えてないって」
「大人はいつもそうだ、嘘吐きだ!」
「嘘は言ってないだろ」
「もうたくさんです、本題に戻ります!」
「あー、はいはい」
「まず一つ、電車の中で新聞を大きく広げないで下さい。ウザイです。ジャマです!」
「あー、まあ確かに」
「大体、折角広げるならスポーツ新聞のエロ記事でも表にしとけってんですよ。子供がジャイアンツのオーナーの愛憎劇とか、丸山の北米ツアーの成績なんて見たくありませんよ」
「読んではいるのかよ?」
「それから、ボランティア! 年寄りの手を引くとか、席を譲るとか、遠慮しないでやりゃあいいんですよ、やりゃあ」
「でもちょっと勇気が湧かないんだよなあ」
「かーっ、これだ」
子供は肩をすくめ、首を横に振る。
「なんだよ、アメリカンジェスチャーなんかして」
「ちょっとの勇気、図々しさがなくて、この生き馬の目を抜く国際社会でどうやって勝ち残れるんです!」
「ボランティアってそういう動機でやるもんかね――かく言う君はやってんの?」
「失敬な! 子供が自分の得にもならない事をするわけないじゃないですか!」
「……それ、胸張っていいことなのか?」
「まあ、そんなこたぁどうでもいいんです」
「いいのかよ!」
「それよりもなによりも選挙、アレなんですか!」
「投票率低いもんなぁ」
「投票率なんて知ったこっちゃないです。何で自民党以外の政党に入れるんですか!」
「いや、何でって……」
「今の日本を作ったのは自民ですよ? 今の日本に弓引くつもりですか? 天に唾する行為ですよ、それは!」
「……それは、理解出来るな」
「でしょう!」
「うむ素晴らしい、君は立派な子供だ!」
画面が切り替わった。
『子供の純真な目は、大人を見つめています――公共広告機構です』
えーしーー。
知り合ってまだ間もない彼女から、私の実家に来ない?と誘われた時、それまで女に全く縁のなかったその男は、有頂天になり、信じてもいない神に心底感謝した。
翌日の夜、男は静かな郊外の田園地帯を、鼻唄まじりで車を走らせていた。彼女の実家に向かって。彼女の両親の姿を思い浮かべながら。
助手席の彼女は、うつむき加減で黙りがちだった。長い髪が彼女の横顔を覆い、少し淋しげな風情も感じられた。
しかし、男は、彼女の態度をそれほど気にもとめなかった。
もともと無口な女だった。
彼女の憂いを含んだ顔立ちと、どこか翳りのある眼差しに男は強く惹かれていた。
「ほら、あそこ」と、彼女が古い大きな二階建ての屋敷を指差した。
ところどころ微かに薄灯かりが漏れるその屋敷の玄関の前で、男は「心臓が飛び出しそう」と呟いた。
彼女は、「ええ、私、それが待ちどうしい」と答えると、流れるような素早さで男を中へ導きいれ、ソファーに座らせた。
そして突然、彼女は楽しげに小声で歌を口ずさみ始めた。
「ねえ、ゆっくり休んでって。今日はご馳走よ」
そう言って彼女は口を開け、声をたてて笑った。
男は彼女のそんな顔を初めて見た。
はて、こんなに口の大きい女だったか。それに眼だって……。
でも、まあいいや、と男は、気を取り直し部屋の中を見回した。
そして男は、古ぼけたアルバムを開いて、彼女に訊いた。
「ねえ、この人、誰」
「うん、昔のママなの」
次に男は、古ぼけた冷蔵庫を開いて彼女に訊いた。
「ねえ、この人、誰」
「うん、昔のパパなの」
男は、「俺、帰る」と言って慌てて部屋から出ようとした。
しかし、誤って古ぼけた押入れのドアを開いてしまった。
「ねえ、この人、誰」
「うん、昔のカレなの」
男は、声を震わせて彼女に訊いた。
「ところで君のママはどうしたんだい」
「ほら、いるじゃない。あなたの後。包丁持って立ってる人」
そう言って彼女は、眼を魚眼のようにかっと開き、口を貝のようにいっぱいに開けて大声で叫ぶように笑った。
その時、男は信じてもいない神を心底恨んだ。
いつものバイト帰り。
改札を抜け駅ビルを出ると、歩道橋の先にぽっかりと浮かぶ三日月が金色に耀き、小さな星屑を下から優しく受けていた。
――あっ、この月、何て言ってたかな?
光吉は疲れ切った首筋を擦りながら立ち止まった。その横を足早に通り過ぎる人波。
弧を下に描く月を見たのは初めてではなかった。ただ、人が生きて行く為に神様から授かった、忘却と言う名の癒しの中に置き去りにされた一つだった。
月の器に沢山の星が集まり、オレンジパフェの様だと感じると、ふっと昨日の様に甘い香りが蘇った。
「光吉、早く小夜子の所に行ってきな。合格祝いに腕時計を買ってくれたってよ」
光吉は喜び、伯母の所へ自転車で走った。優しい小夜子の笑顔が光吉を待っていて、小さな声で「良かったね」と言ってくれた。白い建物、白い廊下、白い扉、白いベッド。
光吉と五つ違いの小夜子の身体が小さく見えた。
あんなに元気だったのにと思いながら「早く小夜子姉ちゃんとまた映画に行きたいな」と言って笑顔を作った。
帰り道、薄暗くなった夜空に三日月が輝いていた。光吉は珍しい形の月だなと思ったが、あまり気にも止めず来た道を汗を拭いながらペダルを踏んだ。
小夜子が亡くなったのはそれから三ヶ月後だった。
光吉が知らせを受けたのは、近くの花火大会から戻って来た時だった。殺風景な部屋に留守電の赤いランプが点滅していて、実家に連絡をすると父が出た。
「戻れるなら戻ってこい」光吉は翌日の便で九州に戻った。
変わり果てた伯母の姿を目にした時、涙が溢れて止まらなかった。母は小夜子の横に座ったまま、ただ呆然と宙を見つめていた。母が末っ子の小夜子をとても可愛がっていた事はみんなが知っている。その母の悲しみは、自分の悲しみを遥かに超えていると光吉は感じた。
母に声をかけると、すっかり風を失った風鈴の様に、小さな言葉で呟いた。
「いくら受け月にお祈りをしても、神様は可愛い娘ほど、そばに置いておきたがるんだね……」
――受け月。願いを叶えてくれると言う月
――あの日からもうすぐ一年
次の電車が到着して、光吉の横をまた人々が通りすぎる。その姿はゆらゆらと揺れ、川面を流れる灯籠の様にどこか寂しげに見えた。
光吉はもう一度夜空を見上げ、しっかりと願った。
「あのーっ。母さんの願いが、いっぱいたまりますよーに!」
夜空では銀色の星が耀き、金色の受け月が静かに願いを聞いていた。
私はアシスタントをしている。
心とろかすような菓子や料理を、次々とそうぞうしてゆく先生のもとで。
たとえば彼女の焼くパイ。
オーブンから取り出すと、こがね色の果実をのせてパイはたっぷりと皿にあふれる。
甘露な蜜は私達を訳なく誘うのだ。
ここではないどこか。
先生の、夢の中へ。
まるで眠り姫。
王子の現れるその瞬間まで、先生は夢の世界にいきている。
「優子ちゃんはディズニーの白雪姫みたい」
そう言って、私のまっ黒な髪やほくろだらけの白い肌に見入る、先生こそがおとぎの姫。
偶然に、王子を見つけた。
非常食の整理を頼まれたときだ。
キチンの棚の、缶詰やペットボトルとともに、彼は居た。
王子というよりプー。
それこそディズニーの、黄色いくま。
がたいのよさと、優しい奥目がよく似ていた。
写真のくまは、プリンを食べながらこっちをむいている。
満面に、幸福を描いて。
以来私は、プリン熱にうかされている。
ある日、デパートの地下で、くまに出会った。
「うふプリン」―うふ、とはフランス語で卵。
卵の殻にプリンが入っていて見た目も卵そのものだ―
を手に入れる為に「キャトル」の列に並んでいた。
隣に居たのがくまだった。
運悪く、くまのすぐ前の男性が買い占めてしまい
かろうじて2つは残ったものの、当然、順番が先のくまがそれを手に入れた。
うふプリン、なくなっちゃった。
私は一気に落胆する。
も、つかのまで、殆ど躍起になっている私は
出入口へと向かうくまを呼び止めていた。
「どうしてもそれ食べたいんです。1コだけ別のと交換しませんか」
驚いて振り返るくまは、写真のようなプーではなく、肩幅が広く、随分と背の高い男の人だった。
「そうだねぇ」大事そうに抱えた箱を差し出して、その人はゆっくり言った。
「いいよ、君にあげる。」
「え、1コ、でいいんです。1コ、だけ」
私は相当上を向き、つっかえつっかえ訴える。
「ひとつだと、不安定なんだ。それに、別々なのは妻も悲しむ」
写真と同じ優しい瞳で、彼は静かにそう応えると、じゃあこれ、と笑って背を向けた。
2週間もの長い夢から先生を覚まさせる、彼女の唯一の現実。
私はお礼の歌さえ、唄うことができなかった。
あの人の、スーツケースをひきずっていく音を追い出そうと
すかさず片瀬に電話をかける。
「一緒にプリン食べよう、今からそっち持ってく」
「珍しいね、俺にもだなんて。いつも自分だけ喰うのに」
これからはずっと、2人で、ね。
1人は不安定なんだもの。
猫がいた。
僕の足下にうずくまっている。
使い古したモップのような汚い白猫。
息をする度に鼻からピーピー、音もする。
猫は僕を見上げて、びゃあ、と鳴いた。
鼻が詰まってる。
「なんだよ?」
猫は黙ったままで、鼻だけピーピー鳴らしている。
黄金の目。
「アーイム・ア・ドーッグ…」
猫が、言ったらしい。
しかも、英語。
「アーンド・アーイ・ウィル・ショウ・ユー・マーイ・トライアンゴー」
僕は思わず笑いそうになってミカを振り返る。
ミカは消えていた。
僕はミカを探す。
猫は構わず続ける。僕は慌てて猫の方に向き直る。
「ルック・マイ・アーイズ…」
猫の両目が僕をとらえる。
「アッシュズ・トゥ・アーシュズ…」
猫が厳かに言う。
聖書なんか引用する猫に会ったのは初めてだ。
て言うか、ただ喋るだけ猫だってそんなにいない。
そんなにって言うか、全然いない。
と、突然、酷い耳鳴りが僕を襲い、猫が笑った。
目の前にゆっくり回る小さな黄色い三角形が現れた。
三角形は僕にある事実を告げた。
目眩を覚えるその内容。
その時、何か黒い物が猫に襲いかかった。
黄色い三角形は消え、僕は今聞いた事実の中身を忘れた。
猫とその黒い物は、叫び声を上げながら、一塊りになって地面を転げ回った。
黒い物も、やっぱり猫らしい。
黒い猫。黒猫。
僕は、猫同士の闘いをぼんやり眺める。
激しい闘いの末、黒い方が勝った。
負けた方は後ろも振り返らず逃げ去った。
黒猫は、興奮さめやらぬ様子で僕の所にやって来ると、緑色の目で僕を見上げた。
それから興奮した猫がよくやるように、意味もなく、急いで肩の辺りを舐めた。
そいつも、やっぱり喋った。
猫のくせに。
「我が名はエクリプス」
こっちの方が声が若い。黒い毛もツヤツヤしている。
「失われたものは既に汝と共にある」
そう言ってから、また、意味もなく、今度は腹を舐める。
僕は、両脇に手を入れてその黒猫を持ち上げた。
黒猫は前ならえの姿勢でだらんと体を伸ばして大人しくしている。
「道の終わりが近いことを知れ」
近くでよく見ると喋っている時も猫の口は閉じたままだ。
変な猫。
「飼い猫ね」
ミカの声に僕は振り返る。
「体も綺麗だし」
「お前、飼い猫か?」
僕が訊くと、その黒猫は、にゃあと鳴いて答えた。
「ちょっと抱かせて」
僕は黒猫をミカに渡す。もうゴロゴロ言っている。
「こいつ、エクリプスだよ」
ミカが、黒猫を抱いたまま、僕を見る。
「知ってるわ」
ミカは、黒猫と見つめ合う。
微笑む女。
その謎の横顔。
良一はいつになく上機嫌で家を出た。
新婚3ヶ月目。新妻の真理子は思っていたよりも料理上手で、今朝のオムレツは絶品だった。糊のきいたワイシャツも磨かれた靴も妻が家事に手を抜いていない証拠だ。
結婚して良かった、と良一は思う。
不満があるとするなら、それは少ない自分の給料だ。真理子が上手くやりくりをしているのだろうが、二人が生活するのに精一杯で余暇を楽しむゆとりのない程度しかない。
が、それも今日解決する。
自家用車に乗込み自宅前の単線道路から幹線道路へとすんなり出た。運転の最中も、意識しないと口の端が自然にもちあがる。
良一はパンがあまり好きではない。しかし妻には朝食はパンというこだわりがある。遠慮してか真理子の朝食時間は良一が出勤してからが日課だった。
もうそろそろかな、と良一は時計を見る。
昨晩といっても午前を回っていたので正確には今朝になるのだろうが、遅い帰宅をした良一は起きて待っていた妻を気遣って先に休ませた。一人、用意された夕食を取り、風呂に入り就寝したのだが、床につく前、なにか飲みたくて冷蔵庫をあけるとお茶のボトルの横にある牛乳に気がついた。この家で牛乳を飲むのは朝食にパンを取る真理子だけだ。
ふと、結婚直前に悪友から貰った奇妙な薬のことを思い出した。
「心臓麻痺で死んだように見えるらしいぜ。しかも、時間が経てばたつほど薬も検出されにくいんだと。試しに一つやるよ。」
はじめは冗談だと思っていた。半信半疑で少量水槽に入れてみた所、熱帯魚が全滅してしまった。それ以来怖くてしまいこんでいた薬。それを牛乳にいれておいたのだ。
保険をかける相手ができて本当に良かった。
快適な生活に満足はしているが、女は別に真理子でなくても良い。
目前の信号が黄色に変わる。良一はブレーキを踏んだがスピードが全く落ちない。
驚き、焦って何度も何度も繰り返す。
努力虚しく赤信号に変わった交差点に良一の車は突進した。
危機的状況で良一は別のことを考えていた。
「私よりも良一さんに何かあったら、私……」
真理子の不安を解消し、信用を得るためにも保険は夫婦で入ったのだ。
側面から大きなトレーラーがクラクションを鳴らしつつ突っ込んでくるのが見えた。
その男は、毎週水曜日と金曜日にスナック「ブルー巣」にやって来る。
開店時間の5分前から店の前の路地で待機し、19時59分を時計で
確認すると、階段を昇り20時丁度にドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
店の奥から声が聞こえるが、それを無視するように入り口に近い
カウンターの2番目の席に必ず座る。
30分間隔で4杯の水割りを飲み、21時と22時に必ずトイレに行く。
帰る時間も、必ず20時50分と決めている。
その男は、山田太郎といい42歳で独身。
ヌボーとした風采で無口。しかも最悪なのは、ケチなことだった。
ホステスは、ただ彼の前にカウンター越しで座っているだけなのである。
時折、ホステスの全身を舐め廻すように眼を動かす。
店の女の子は、彼のことを「変態」と呼ぶ。
「ミカちゃん、山田さんの所に行ってね」
「嫌だよ。あんな変態。誰か交替してよ。もう〜」
山田が、ミカを必ず指名していた。
ミカは、ママに不満をあらわにして仕方がなく山田が待つ席に向かう。
「いらっしゃいませ」
「うん」
「今日は、暑いですね」
「うん」
「ビール飲みたいね」
「ダメ」
「いいじゃないの。たまには飲ませてよ。いいじゃないの。もう」
「ダメ」
それで会話が途切れる。
いつもの様に山田は、ミカの全身を舐めるように目を動かしながら見ている。
時折何を思い出しているのか薄笑いをする。
―この変態! もう嫌だ。馬鹿! 阿呆! 死ね〜!
ミカは、心でそう呟きながら時間が過ぎるのをただ待つだけだった。
ある日から突然山田が来なくなった。もう4ヶ月になる。
―最近来ないよね。あの変態は。
そんな会話が途切れそうになったある水曜日のことである。
20時丁度にアルマーニのスーツを着こなした中年紳士がやってきた。
「いらっしゃいませ。初めてですよね。何に致しますか」
「ヘネシーを御願い。これは、君にプレゼントだ」
中年紳士は、シャネルのマークが入った箱をさりげなく置いた。
「これを私にですか?」
箱を開けると、20万円以上もする時計が入っていた。
「何故こんな高い時計を私にプレゼントしてくれるのですか? 」
「君には4年間迷惑をかけたからな。そのお詫びだ」
「迷惑だなんて。今日初めてでしょう」
ミカは、その中年紳士の顔を改めて見つめた。
「わたしを覚えていないのですか」
「はい」
「俺だよ。わからないのか?」
「山田太郎だよ。君たちが変態呼ばわりしていた山田だよ」
ミカは大きな声で絶唱した。
「誰か助けて〜」
『毎度ありがとうございます。こちら夕焼通販でございます。商品がお決まりの方は1、カテゴリーで選択される方は2……』
資格も特技も展望もないまま、勢いだけで退職した俺は、元手と体力の必要ない頭脳犯罪、詐欺師への転身を志した。
『……そのカテゴリー選択には、紹介者の会員番号とパスワードが必要です。会員番号とパスワードを入力する場合は1……』
とりあえず胡散臭そうな方面の社交場に行って、人づてにプロを捜した。
「ヨーリョーだと思ってはいかん。本気で、自分も周囲も世界も宇宙も巻き込んで、全知全能をもって欺くことだ」このありがたい御言葉を聞き出すために、二晩の飲み代が消えた。
ここで「捨てる神あれば拾う神あり」という原則に基づいて、怪しい男(三十代、独身)が登場する。怪しい男は薄気味の悪い微笑みを浮かべつつ「だんな、だんな、悪人に成りたいんだって」と話しかけてきた。
「オイラもね、ちょいとやったんだ。サギ。これもねえ、けっこうたいへんで……」
『会員番号、パスワードが確認できました。これより先は、美人オペレーターがお相手します。しばらくお待ちください』
「……まあ、度胸と無神経さは買うけど、しゃべりがなあ。おしいんだなあ……そうだ、いい手があるぜ。だんな、ここに電話してみないよ……」
『……お待たせ致しました。美人オペレーターの加東山フミです。デイビット様のご紹介で、二枚舌のご購入ですね……大丈夫です。皆さん初めてですから。詐欺師の基礎的な資質というと、演技力とか口先の上手さだと思われがちですが、虚弱な正義観と軽薄な倫理観さえあればやっていけます。お客様の場合、強欲さも道徳観の欠落も申し分なしです。あと少し話術を補えば、もう向かう所敵なしです。この二枚舌さえ手に入れて、今の舌と付け替えれば、話術は思いのまま。ガッポリ儲かること受けあいよ。それに、この二枚舌は着脱式だから、いつでも簡単に元の舌と入れ替えられちゃうの。だから、平日は二枚舌でパチこきまくって、週末は元の舌でクオリティーライフを満喫なんてこともできちゃうってわけ。万一サツにぱくられたって、調べ室で元の舌に戻って泣きついちゃえばOK。うまくすれば、二重人格で無罪放免よ。専用ローションも付いてくるから、初回から違和感は皆無。相手に気づかれる心配も無し。現に私、今も着けてるの。気付かなかっ……』
ガチャッ。
無能な美人オペレーターである。
俺の目の前で、子供が泣きじゃくっている。十歳くらいの少年だ。俺が常磐線のシートで新聞を全開にして読んでいたら
「どうして新聞広げて読むのかなぁ、隣の人かわいそう」
なぞと大声で抜かしやがるので、
「じゃかあしいこのガキ!」
と掴みかかったら、泣き出したのだ。
この車両の乗客は――子供の母親も含めて――全員隣の車両に逃げ出してしまった。子供を助けようなんて奴は一人もいない。まあしょうがない。だからこそ、俺みたいな人間が必要なんだ。
俺は少年の胸倉から手を放すと、シートに座らせてやった。そして、少年の前にしゃがんで言った。
「坊主、正直に言っていいぞ。俺が怖いか」
少年は、しゃくりあげながら小さくうなずいた。
「じゃあ何であんなこと言ったんだ」
「だって……お母さんが言いなさいって……大きな声で……」
やれやれ。近頃の親ときたら鈍感で、こんな危ないことを平気で子供に言わせる。そのくせ、身を張って子供を助けたりはしない。
「いいか、よく聞けよ」
俺は諭すように言った。
「お前たち子供は、大人より立場も力も弱い。大人の癇に障ったら、絡まれたり、殴られることもあるんだ。もし危ない目にあっても、誰も助けてくれないぞ。わかるだろう?」
少年はこくんとうなずいた。少し怯えている様だが、もう泣いてはいない。
「だから、何をしたらマズイのか、自分で判断しなくちゃならん。親なんか頼っちゃダメだ。自分の身は自分で守るんだ」
そのとき初めて、少年は口を開いた。
「おじさん、本当はいい人なの?」
俺は、少し考えてから言った。
「いい人じゃないな。でも、子供の味方だ」
「こどものみかた?」
「坊主みたいな怖いもの知らずの子供に、大人が危ない生き物なんだってこんな風に教えてやるのが、俺の仕事なのさ。泣かせてすまなかったな」
少年は顔を上げた。大きく見開かれたその目は、もう俺を恐れてはいなかった。
「さあ、向こうで心配しているお母さんの所に行ってやれ。お母さんが逃げたからって恨むんじゃないぞ。大人なら危険を避けるのは当たり前のことだ。許してやりな」
隣の車両で母親が少年を抱きしめるのと同時に、電車は駅に着いた。俺が電車から降りると騒ぎを聞きつけた駅員がやってきたが、IDを見せたら軽く会釈をして立ち去った。
さっきまで乗っていた電車がホームを出てゆく。その車両の窓越しに、母親に肩を抱かれた少年が俺に向かって小さく手を振っているのが見えた。
六歳とか七歳とかの小さいときに、原っぱを駆け回る僕の目の前に白いボールが落ちてきて、それから、すいませーん、という声が聞こえてきた。声のしたほうに目をやると、そこにはまぶしい空が広がっているばかりで、誰もいないし何もなく、ボールを真上に放り投げてみても、誰の手にも渡らずにすぐ落ちてくる。投げては落ちてきて、また投げてはまた落ちてきて、何度繰り返したって、同じことになるだけだった。
身長よりもボールの飛ぶ高さのほうが、自分が成長していく目安になった。
中学校に入り、投げたボールをキャッチするためにグラブを買ったら、ついでに野球部にも入るということになった。高く投げるのは得意でも、ミットめがけて投げるのが得意なわけではないし、スタミナだってぜんぜんない。ようやく出番が回ってきたのは中学校三年のとき、7回の裏2−2の同点で2アウト満塁のピンチという場面でのことだった。監督はしきりに僕の度胸というものを強調し、僕もそれに乗せられて意気揚揚とマウンドへ向かった。思い切り腕は振れて、気持ちが指先からボールに伝わっていくのが分かったのだが、結局15球投げた末に歩かせることになった。
次の打者にも四球を与えたところで監督がベンチから立ち上がり、僕は監督にうなずいて、マウンドを降りた。重苦しいベンチを通り抜けてロッカールームに入りカバンを取ってきて、そのまま球場を出て駐輪場に向かい、自転車にまたがった。
いける、という確信があった。
自転車を停めてから、カバンを持って原っぱに向かった。平日の昼間だからそんなに人も多くない。ボールを取り出し握り締め、空のまぶしさに目を細め、思い切り真上に放り投げた。高く高く飛んでいき、ついには見えなくなりそうだと思ったらまた急速にボールは落下してきて、僕のかまえた両手の中に勢いよくおさまった。手がしびれた。
呼吸を落ち着かせ、サングラスをかけて、空を見上げた。ボールの縫い目に指をあわせ、地面に手がついてしまうぐらいに思い切り振りかぶり、やっ、とひと声あげて投げ上げた。はじけるように空へと向かい、高く飛んで、さらに昇って、僕は唇をかみしめて、そして、ボールは空へと消えた。両手をかまえて待っていたけどボールは落ちてこなくて、さらに待ったけどやっぱり落ちてこなくて、その代わりに、ありがとうございましたー、という声が降ってきた。
大きな声で、おう、と応えた。
一人は野太刀を右車に構え一人は右手で打刀の柄を握り左手で脇差に手を沿え二刀抜刀の様相を見せる。相手に体右側面を向け十字を描く両腕のうち右側を上にしていることにより読者にも相手にも打刀から脇差と流す二連抜刀であることが予想出来る。
野太刀が出来の悪い大き過ぎる月の後ろから放射される黄色の偏色光によりいやに生生しくぎらりと光る。
じり。
じり。
一瞬の破裂光。
読者はそれが二人の下手糞な殺陣を誤魔化す為の筆者による演出だと知る。
野太刀の方が演技を中断し右手の人差し指を注視する。そこには女性器における大陰唇のような形に肉がぱかりと割れており陰裂の奥の小陰唇に当たる部分には白い骨が薄く見えている。間も無く噴水のように血液がぴゅうと飛び散り一瞬の後河川の源水のように濁々と流れ出す。
野太刀の方の口が「あ」か「か」か「た」か「な」か「は」か「や」か「ら」かそれに付随する濁音等の発音時の形に固定され喉仏は大きく震えている。
打刀脇差の方が表情筋の攣ったような顔でスクリーンの方を見つめ何やらむにやむにやと口を開く。その内にこれが無声小説であることを思い出したのかセットの裏に転がっていたホワイトボードと黒ペンを持ち出し意外や意外なかなか細やかな美しい字体で筆者読者に訴え掛ける。
「本物の刀ではないですか」
当たり前だ馬鹿野郎。このつんつるてんのツクツクホーシめが。小説に役者も芝居も無い。殺陣は「絶て」であり「殺人」である。
筆者の無情なる言葉を読み打刀脇差の方はその表情に暗い蔭を落とす。
野太刀は未だ喉を震わせ続けておりその振動に共鳴したらしき書割がバタンギギギギバリバリと無声小説である筈なのにも拘らずそんな擬音を読者の心に浮かばせる程視覚的豪快に倒壊する。
ここまでの大声量を発して野太刀の鼓膜及び神経及び咽喉部及びごく近くで拉がれている打刀脇差の鼓膜及び神経は無事であるのかと心配される心優しき読者諸兄もおられるかも知れないので記して置くが、この二人には元より耳が無い。穴も無い。これが無声小説であるが故必要無いからである。
処置により野太刀の出血がようやく止まった虚構内時間にして半刻の後二人は再び対峙し合った。まったく腰の引けた二人はそれでも対峙し合わなくてはならない。その理由は未だ明らかにされずこれからもされないであろう。
僅かな緊張感。間も無く二人は文字数外の永久の対峙に入る。
都会の夜は案外に静かだ。歯を噛む、きし、と言う音を強く感じる程に音が無い。
「美しいな」
シャワーを終え、男が戻ってきた。
「有り難う御座います」
「噂には聞いていたが驚いた」
男は私の顎を掴み、引き寄せた。
「これ程とはな」
そう言って男は、私の口中に舌を這わせた。
都会の夜は案外に静かだ。口づけの音がどうでも良く聞こえる程に音が無い。
あの日もこんな風に静かだった。
私に何も言わず、香が死んだ日。
香の机に置かれた花が全ての音を吸収してしまったかのように、あの日は静かだった。
私は1人で家に帰った。そして私は左手首に包丁を突き立て、死のうとした。
だけど私の手首から流れた血は濁った赤色で、あの香の花の美しさには程遠くて。
だから私は考えに考えた挙げ句、妹の部屋へ入り、口紅を取り出した。そして私は口紅の、写真に切り取られたかのようなその鮮やかな赤を、一心不乱に唇へ塗りつけた。
「本当に美しい」
唇を離し、男は言った。
「有り難う御座います」
私は答えた。
「男とは思えんな」
男は笑った。
「女になったつもりも無いですが」
「なら何故そんな格好をしてる?」
「花に。花になりたかった」
「はは、確かにお前は花だよ。造花のな。まあ俺にはどっちでも良い。払った分は楽しませて貰う」
男は私をベッドに押し倒した。
天井に張られた鏡に私の顔が映るのが男の肩越しに見えた。
男は女より年齢の影響が少ないらしい。あの日からもう二十年は経っていたが、私の姿は初めて口紅をつけたあの日から殆ど変わっていなかった。
私は自分の姿を見つめた。
見つめながら、きっと香は造花は好きじゃなかっただろうな、と思った。
(散る花になった香は、きっと造花なんて好きじゃなかった)
私は結局二十年かけても香には追いつけなかった。
だがそれで仕方無かった。あの時死ねなかった私は、散る事の出来ぬ全てものは造花なのだから。造花として生きる他は無いのだから。
私はあの香の花を思った。きっとあの花はもうとっくに枯れ、捨てられ、無に返ったのだ。美しい放物線を描き、地面へと吸い込まれていったのだ。
私は笑おうとした。何故だか涙が溢れた。久しぶりの涙だった。
香が死んだ時さえ、流れなかった涙。
涙が化粧を崩し、私の顔は一瞬散った花のような色彩に包まれた。
私は手を伸ばした。その手が届く前に涙は私を滑り落ちて、シーツに造花めいたシミを、一つ造った。
朝からブルーグレイの空が広がっている。
乗客はいない。
今日は運転なんてしたくない気分だ。ワイパーが手を振っている。悲しそうだ。雫のラインが。
「雨は空の、涙か」
どうでもいいが、飽きてきた。玩具の猿みたな運転、考えるだけで自爆だ。ルームミラーに老けた猿が映っている。
今日は、あの停留所、パス。
「通過します」
誰もいなくて良かった。いてもパスだ。
「運転手さ〜ん!停めて」
いつもの婆さんが、小学生の孫二人と100メーター先の鋪道で杖を振っている。
キキキィ〜ガシャン。
「いつも、すいませんネ」
孫たち、どうした。元気ね〜ぞ。
「僕たち、学校休みか?」
「49日の法要の帰りでねぇ」婆さんが答える。
小学生たちは、白兎みたいな目をしている。口をヘの字に曲げて覗き込むように俺を見ている。
俺は冷や汗と同時に思い出した。こいつらの父ちゃん先月死んだんだ、病院で。
このままでは収拾がつかないぞ。何とかしなければ。俺は苦手なんだ、カラオケと涙が。
俺にできる事は、運転しかないぞ。安全運転はしたくないし、とにかくぶっ飛ばして現状を誤魔化すしか手はないな。
俺は向日葵の花をイメージして、満面の笑みを浮かべた。
「高速ドライブでも行くか、気晴らしに」
「うん、行く」
「僕も」
「私ゃ、死にたくないけど、行こ」
「進路変更。急ハンドルに御注意願います」
バスの前後パネルは『回送』に替わっている。
150Kmで走行を続けながら、摩天楼を後にする。婆さんも孫たちも満更でもない様子だ。追いこし車線に入り真っ赤な観光バスを追い抜いて行く。弘前中学の修学旅行か。皆こちらに手を振っている。170Km出しているからな。市営バスを嘗めんなよ!
右手に競馬場を見ながら左手にはビール工場が見えている。
子供らは、無邪気だ。走り回ったり、ゲームボーイで対戦したり、道行く車に「あかんべー」したりして、手を振っている。お前等、あと60年はがんばるんだぞ。いつだって只で乗せてやる。
名古屋インター付近でUターンして帰るとするか。あいつらと同じ長い道のりだ。
前方車両のテールランプのハレーションが飛沫に舞っている。飲まずにいられねェ〜な。
俺の速度でも及ぶことができない深くてはかり知れない少年達の慟哭。雫に変えて吹き飛ばせ。俺は時速130Kmの中で、ふとそんな事を考えていた。
バスは霧雨の高速道路を、蛍光を滲ませるように駆け抜けて行く。
「よっしゃー、いくぜ!」
炎天下、工房の裏側で壁に斜に立て掛けた半壊状態のドアをぼこぼこに壊そうと、ジャンプ一番、とび蹴りをくらわしたら、すべって、こけた。
僕はイベントなんかで使うセットを作る施行会社で働いている。儲かってるかどうかは別としてきちんとした考え方をしている会社は使い終わったセットを再利用するところもあるんだけど、大抵の会社は同じセットを二度も使えないと思ってるのか、保管場所がないのか、ぶっ壊して廃棄処分にしてしまう。そういう廃材を引き取るのもうちの仕事の一環だし、壊せば次の仕事で新しい注文をしてくれる。
僕の仕事は営業して仕事をとり、変更があれば値段交渉をしながら注文を聞き、イベントが終わればちょっとした後始末をする。僕がそうしたことをしているうちに唯一同期で会社に残っているたけちゃんは何人かの部下を使って材料を掻き集めセットを作り、変更があると「またかよ、たのむよー」といいながらも必ず上手く仕上げてくれて、イベントが終われば廃材を使えるものと使えないものに分けて使えないものだけさらに小さくぶっ壊して処理した。
むかしはこんなに明確な仕事の区別はなくて一緒に営業で走りまくってたり、廃材を壊してたりしてた。会社自体の危機も何度かあった。でもやっと会社は軌道に乗って、僕たちの人生もいつの間にか軌道に乗った。僕はつい最近ずっと好きだった女性と付き合い始めた。たけちゃんは来月パパになる。ちょっと前が遠い夢のように思える。
「やめときって、怪我するぞ」
使い物にならなくなったドアを壊すのを強引にやらせてくれって頼んだのは僕だ。たけちゃんは同じ作業着を着た部下と少し心配そうに見ている。
「大丈夫だって。ちょっと前まで一緒にやってたじゃん」
そういって僕はワイシャツの袖をまくし上げた。
たけちゃんと部下が笑っている。僕も思わず笑いが出た。本当いうと滑ってこけたというより、ドアに跳ね返されたって感じだ。
「だいじょうぶかー?」
たけちゃんが顔は笑ったまま手を差し出してくれた。本当にちょっとだけ悩んでみたけど、素直に手をとった。その後ろでたけちゃんの部下達がのこぎりやバールでドアをばらし始めた。
「どうしたんだ?なんかあった?」
少し心配そうな顔になってたけちゃんが聞いてきた。
「いやいや、そんなんじゃないんだけど、ほら」
四日後にまた一つ歳を取る僕はそういって自分の頬をつねってみせた。