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第38回1000字小説バトル Entry16

熱帯夜

 後で顔も憶えていない男と寝ることはあるけれど、セックスが好きなわけじゃない。もちろん、それなりのファンタジーもあって出会った男を吟味するのだけれど、寝ることに意味は求めない。求めなくなった。
 幾人も女を泣かしてきたとか、愛人を複数人抱えているとか、吹聴する男に限って、寝てみると目新しいことはなくて、見栄えだけの体位とか、男の視覚を満たすだけの行為とか、ああもう、いいじゃないのって一蹴してふて寝したくなるようなセックスばかりで、満たされたことはない。
 今夜の男もそうだった。
 地元ではちょっと知られた美容師で、雑誌やテレビ番組のヘアメイクを担当している。アッシュブラウンのたてがみ、力のある黒くて深い瞳。私の好みじゃないけれど、自身が特集記事に組まれるほどマスコミ受けするのは、そのビジュアルによるところが大きい。
 若い美容師にありがちな妙になれなれしい口ぶりでもなく、かといって畏まった風でもなく、適度な距離を保って接してくれるところが、女性として尊重されている気にさせてくれて、感じがよかった。
 気を引くでもなく突き放すでもない私の態度にそそられた。男の方ではそう言った。
 いつまでも乳房で油を売っている男を引き剥がして、身をよじり左手で掴んだものを一気に口に含んだ。男は決まりが悪いのか、「馴れてるな」とか「どこで覚えた」とか口走っていたけれど、波に抗えなくなって意識を集中し始めた。
 高まっていく潮位とともに、二人の熱が部屋の空気に吸われていく。
 二度目の昂まりで達すると、男はベッドに沈んだ。たてがみが寝息に呼応して静かに上下しだすと、私は男に背を向けてシーツを引き寄せた。
 なぜ、どの男も愛せないのだろう。
 熱帯夜は明けきっていない。辺りの熱が肺から染み込みからだごと溶けていく気がした。二人分のからだが溶解し空気と交じり合うイメージを振り払いながら、私の指は私自身の奥深く侵入した。
 もっと深く、ずっと奥深くにうつろな穴がぽっかりと口を開いているはずだ。
 だれか、だれか。押し広げ挿し塞ぎ、核心に触れてほしい。
 虚しくて乾いた空間を熱く滾るもので満たしてほしい。
 指から波紋のように拡がっていく感覚が、かろうじてうつつに意識を繋ぎとめていた。寄せては返し寄せては返す。
 大きな波で押し上げられ緩やかに沈みながら、無意識の海に呑みこまれた。潮が引くように夜の気配が薄れていく気がした。

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