Entry1
現代版サロメ
ゆふな さき
彼女は騒がしい学校の図書館で、サロメのように笑いながら少年に近づき、言った。
「好きだよ。ねたい。」
小声でそういう少女は、きっと彼が慌てるはずだと思っていた。しかし少年は落ちついた態度で言った。
「そういうのは、愛がないと。」
ひとつひとつ単語を確かめるように確実に、少年は言った。けれど微かに『愛』と言う言葉を言う時だけその声は震えていた。
少女はとっさに真っ白になった。
『私は愛してるよ。』
と言う台詞が思いつき、それを発することが怖くて仕方なかった。彼女は無意識にしゃべっていた。
「三上、目隠しして耳栓でもすれば?…」
(そしたら私はないあなたの愛する人に錯覚ができるでしょ?)
と、心の中で付け加えていた。少年の顔はゆっくり歪んでいった。少女はそれが好きで、楽しくなりながら続けた。
「それだって気持ちいいんでしょ?」
「消えろ。」
少年は言った。少女を見上げるその目はピカピカひかり、澄み切った白の端は紅く染まっていた。少年はきっと激しく怒っていた。少女は思わず息を飲んだ。短い人生の中でこれほど美しい目を見たことがなかったからだ。これほど象徴的で美しい表情は絵画の中にさえ見たことがない。
「ごめん。」
くらくらする頭で少女は言った。少女のついたため息は少年に伝わっていて、少年は鼻先でふん、と微かに笑った。
少女はそんな少年の様子に気づかず思った。
(あの目、やっぱり私を好きだったんだ)
少女は、(彼の怒りのこもった目はまるで私に告白しているようだ)と思った。
『好きだった。』
その表情はそう言っていて、少女にはこのときに恋に落ちて、少年はこのときに恋が終わった。
少年は甚振られる原因になった少女のカマトトを引き剥がすことに成功したし、そして一番確かめたかった少女の悪意の存在を確かめられたのだ。子供の持つ残酷な悪意は錯覚ではなかったと証明した。
(俺はこの女が嫌いだ。)
その言葉とともに少年は全てを封印できると確信し、終止符を打った。
少女はまだ浮かれていたけれど、彼女の頭の中にはこぼれてしまって戻らない水を見、真っ黒な砂漠に降り立った心地がした。
しばらく呆然をしている少女に、少年はもう一度、
「消えて。」
と言い、少女は少年を好きになってしまったから神妙な面持ちでその申し出を受けたのだった。
少年の恋は始まって終わり、
少女の恋は始まらなかったし、そして終われないのだ。