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1000字小説バトル

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1000字小説バトル
第66回バトル 作品

参加作品一覧

(2005年 1月)
文字数
1
君島恒星
1000
2
たかぼ
1000
3
小笠原寿夫
1000
4
立花聡
1000
5
柄本俊
1000
6
霜月 剣
1000
7
ごんぱち
1000
8
のぼりん
999
9
ゆふな さき
1000
10
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん
11
るるるぶ☆どっぐちゃん
1000
12
マリコ
1000
13
伊勢 湊
1000
14
早透 光
1000
15
日向さち
1000
16
アナトー・シキソ
1000
17
越冬こあら
1000
18
うちゃたん
1000
19
橘内 潤
923
20
村松 木耳
1023
21
スナ2号
1000

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Entry1
ふたりの笑顔
君島恒星

「カシャカシャうるせえんだよ!」
 電車内に男の怒鳴り声が響き渡った。
 ヘッドフォンから漏れる音のことで、中年の男と髪の毛が立った学生らしき男とトラブっていた。
 僕は2メートルくらい離れてつり革につかまっていた。
 一方的に学生が怒鳴られていたが、ヘッドフォンの音量を考えると、聞こえているかどうか怪しいものだ。怒鳴っていた中年男は、反応が鈍い学生に嫌気がさしたのか、胸倉をつかんだ。同時にヘッドフォンが外れる。
「何すんだよ!」
 初めて学生の口から言葉が発せられた。でも中年男の手で締め付けられる。学生は何も出来ないでいた。
「人がうるさくて迷惑しているんだよ!」
 中年男の方は勢いがある。そこに、割って入ってきた男がいた。さっきから二人を見ていたスーツ姿の中年だった。
「嫌がってるじゃないか。それに、あんたの方がうるさくて迷惑だよ」
「上等じゃねえか。次で降りろよ」
「あんたに言われて降りる必要はない」
「なんだと!」
 中年男は自分のふところに手を突っ込んだ。
 ドスでも出しそうな雰囲気。
 スーツ男は、その手を左手で押さえた。
「わかった。降りて話をしよう。みんなの迷惑になる。おい、君も降りなさい」
 と学生に言う。
 学生は関係ない顔を装いながら言った。
「めんどくせえよ」
 精一杯の抵抗か、本心は怯えている感じだ。
「誰のためだと思っているんだよ」
 と言いながらも、スーツ男はあきらめたようだ。そして中年男に言う。
「次の駅で降りるから、静かにしとけ。物騒なもんから手を離せよ」
 車内は騒然となった。
 張本人の学生でさえ、落ちたヘッドフォンを拾うきっかけをつかめないでいるようだった。
 僕はその後を見たくなった。学生のその後も興味があるが、ふたりの中年男の方が興味深かった。僕は次の駅で降り、男たちの後をつけた。決して血を見たいわけではない。
 単純な好奇心。
 ホームに降りたふたりを、電車内の全員の視線が追った。
 男たちは改札を出ると、駅前の居酒屋に入った。即座に和解したのだろうか? 僕は彼らに続いた。すると、男たちはビールで乾杯し始めた。やはりスピード和解だ。彼らの後ろのカウンターで聞き耳をたてる。
「今日の学生は威勢はよかったんだけど、あっけなかったな」
「最近の若者って感じだ。カッコばかり一人前で、芯がない」
「普通、あそこまで言われたら降りるぞ」
「そう思わないかい、あんた!」
 ふたりは僕を笑顔で見つめた。
ふたりの笑顔 君島恒星

Entry2
曼陀羅寺へ
たかぼ

 曼陀羅寺へは湖沼の脇のあぜ道を通って行かねばならない。丈の低い湿原植物の群生が、道を覆い隠すように拡がっている。湖沼にはぼんやりと霧が立ちこめ、向こう岸は見えない。風はなく、水面はほとんど動かない。誰もいないあぜ道を、ただ与えられた義務を遂行するようにたんたんと歩く。湖沼を左手に見ながら進んでいるその道は、少し左の方に曲がっている。一つの疑問は、何故自分は曼陀羅寺へ向かっているのかということだ。しかし人というものは、しばしば自分の行動の説明ができないのではないだろうか。

 かなり歩いたところで私は新たな疑問を持つに至った。曼陀羅寺はどこにあるのか。そしていつまで歩き続けなければならないのか。よく見れば、ここは先ほど通った場所に思える。どうやら私は湖沼を一周しただけのようだ。ため息……。ふと岸辺に目をやると、一人の翁が釣り糸を垂らしている姿が見えた。灰色の粗末な支那服と支那帽。ヌマガヤの草に腰をおろし、背中を丸めて縮こまっているうしろ姿。
「すみません。曼陀羅寺は何処にあるかご存知ですか」
 老人は振り向くと私を見つめ、無言のまま下方を指さした。細く曇った目、白くのびた口ひげ。その無表情な顔は誰かに似ているようだが思い出せなかった。

 老人の指さす先には、岸から湖沼の中心に向かってのびる一本の細い橋があった。霧がかかっていたために気づかなかったのだ。そうか、曼陀羅寺は沼の中の小島に建てられているのか。無愛想な老人に軽く会釈しながら私は橋を渡り始めた。やっとたどり着ける、そう思う安堵感の代わりにしだいにつのってくる正体不明の不安。湖沼の霧の中を進んで行くにしたがって私の胸は早鐘のような音を立て始めた。だがしかし橋は沼のほぼ中央とおぼしき場所で突然終わっていた。そこには小島はなく、ましてや寺もあるはずがなかった。

 そのとき全く突然に私は悟った。私は既に曼陀羅寺に着いていたのだ。湖沼、あぜ道、老人、それら全てが曼陀羅寺なのだ、と。そして私の意識は宙に浮かび、自分が曼陀羅寺の中心にいることを鳥瞰した。と同時に霧が急速に消えていき、湖沼は枯渇した。しかしそこに湖底はなく、茫洋とした巨大な穴が開いているのだった。圧倒的な存在感に押しつぶされそうな気がした。そして穴の底から浮かび上がってくる甚大な光り輝く球体を見た時、早鐘は胸を裂かんばかりに鳴り響き、意識はしだいに遠のいていくのだった。
曼陀羅寺へ たかぼ

Entry3
「終わりの会」
小笠原寿夫

 騒然としていた教室が徐々に静まって行く。日番の男子が大きな声で「静かにしてください」を叫んだからだ。
「今から、終わりの会を始めます」
 日番の男子がそう言うと、1年4組は、教室の前に立った、二人の男女に目を向ける。始めて、日番の女子が、口を開く。
「今日、良かったことはありませんか」
二人の日番は、いつも通り棒読みである。4組のほとんどが手を上げる。
 はーい!はーい!はーい!はーい!
「じゃあ、岩城くん」
岩城くん「はい、今日休み時間に自由帳で、西村くんのファミコンの絵が上手だったです」
 はーい!はーい!はーい!はーい!
「じゃあ、谷口さん」
谷口さん「はい、国語の時間に、藤原くんが小笠原くんの目あかを取ってあげてました」
 はーい!はーい!はーい!はーい!
「じゃあ、大垣くん」
大垣くん「はい、濱田くんが、今日、僕と、ゲームごっこをして、それから、うちに帰って、遊ぶはずです」
「今日悪かったことはありませんか」
 はーい!はーい!はーい!はーい!
「じゃあ、藤原くん」
藤原くん「小笠原くんが、『ふ』の書き方が変です」
 はーい!はーい!はーい!はーい!
「じゃあ、三瀬くん」
三瀬くん「小笠原くんが、牛乳瓶をごみ箱に捨ててました」
 はーい!はーい!はーい!はーい!
「じゃあ、上新さん」
上新さん「小笠原くんが、図工の時間、一人だけ絵を描いていませんでした」
 はーい!はーい!はーい!はーい!
「じゃあ、谷口さん」
谷口さん「私は、席替えのとき、小笠原くんの隣になったのが嫌だったです」
「これで、終わりの会を終わります。明日の日番は、小笠原くんと」
「上新さんです」
「今日の掃除当番は、1班です。それでは、石川先生のお話です」
 また、4組の教室がシーンと静かになる。
石川先生「みなさん、小笠原くんは、あんな顔してますけど、小笠原くんの気持ちを考えたことありますか?」
 4組一同は、より一層静まり返る。
石川先生「小笠原くんのお母さんが、これを聞いてどんなふうに思うか考えたことありますか?」
 4組一同は深く反省した面持ちで、各々、自分の言ったこと、他人の言ったことを考えていた。その時、小笠原くんが、ゆっくりと、手首をぶらりと下ろした手を挙げた。
石川先生「どうしたんや?小笠原くん」
そして、小笠原くんが、絞るようなきゃしゃな声で言う。
小笠原くん「『ふ』が・・・うまく・・・なりません。」
石川先生「もうええ小笠原くん何も言うな。」
「終わりの会」 小笠原寿夫

Entry4
小窓
立花聡

 坂道は急に階段へと変わった。眼下にうつる背の低い街並は静まり返り、動きもせずに景色を作り出している。きわめて日本的であり凡庸なせいだろうか、以前同じように眺めたような気にさせた。
 隅に溜まった枯葉の群れが歩くたびにかさりとなる。軽い弾力が心地よい。左手には民家が立ち並んでおり、冷たい壁をさらしていた。
 ちょうど階段の真ん中あたりだ。小さな声をきく。白塗りの壁にわずかにはえた窓。ガラスは湯気でも浴びたように白くにごり中の様子はうかがえない。その上、棚だろうか。窓は内側から半分覆われていた。そこから声をきいた。自然と耳をすましていた。
 一枚挟んでいるだけなのに、確かな声としては届かない。霞み、曇った声らしき声だった。ガラスの先に黒い影がちらつく、おそらくしゃべっているのはあの影だろうと思った。
 不思議な感覚だった。私は階段を下っていて、隣の民家から声がきこえた。そしてその先には小さな見えない小窓だ。そして窓の先では何かが行われている。私にはそれを見ることはできない。はっきりときこえるわけでもない。しかし、確かに何かの出来事がそこでは起こっている不思議だ。いや、起こっているというのも正しくはない。何かあるだけなのだ。そうして、私は映画のスクリーンを見るように、小さな窓に気をとられているのだ。
 影がちらりちらりと揺らめき、誰かの話し声が聞こえる。もしかしたら、つまらない冗談であるのかもしれない。だがもしかしたら、人生を揺るがすような重要な分岐点なのかもしれない。そして私はそれをどちらとも知らずに、小さな画面を眺めている。ロマンティックな想像をするのならば後者であってほしい。だが一方、何気ない日常の一コマであったとしても悪くない。どちらにしても私が意味をすり替えてしまうのだから。
 彼らは知らないだろう。壁の向こうで見知らぬ男が好き勝手に作り変えてしまっていることを。だが私も彼らのことを知らない。ただ、私にある種の優位性があるのならば、私は彼らの存在について気づいており、彼らは私に気づいていないことだ。
 不知と既知の差に住んだかすかな優越感だった。少し寒さを忘れていた。
 だが私も、誰かに同じように想像されているのかもしれない。そう思ったのは階段を降りきってからだった。すると、うすら寒い恥ずかしさが体をめぐって、私は俯いた。
 それから私は家まで影を消すように静かに歩くのだった。
小窓 立花聡

Entry5
TO DO
柄本俊

 パチッパチッと、コンソールから閃光が走った。
 この宇宙探査船に装備された自動復旧プログラムも動かなくなっていた。
 マニュアルで修理しなければならない。
「くそっ……!」
 たった一回きりだが、集中力の欠如で致命的なミスを引き起こしてしまった。
 この船に乗っているのは自分一人。
 地球との通信もとれない。
 復旧の見込みも立たない。
 俺は確実に死を予感した。

 そもそも、この深宇宙探査プロジェクト自体、怪しいものだった。
 新興のベンチャー企業が企画したプロジェクトだけあって低予算が売りだったが、まさか単独航になるとは。
 当初は最低でも十人体制でいくはずが、地上での合同訓練中に一人減り、二人減り……、そして自分だけが残ってしまった。
 人件費削減がその理由だが、俺も俺だった。
 名前を売りたいために、何でもできる自分をアピールした。
 俺の実力を信用してくれたからこその結果だと思ってた。
 他の人間なんて必要ない。
 自分だけで充分だ。
 そう思っていた。

『組織にいいように扱われる大マヌケ』
 よく昔から言われてきたが、俺は全く気にしなかった。
 だが、それがその通りだったことを、俺は今、思い知らされた。
 航法チェック、機体メンテナンスチェック、環境制御チェック、メディカルチェック……。
 順調なときなら、当然全てがオールグリーンで問題ない。
 慢心してたのだろう。
 二人以上いれば、お互いに注意して避けられたかもしれない。
 タガが緩んだそのとき、チェックを怠った。
 亜光速で近づく小型彗星を捕えきれなかった。
 緊急待避プログラムが発動して衝突こそ避けられたものの、ニアミスした際に生じた電磁誘導の影響でいくつかのパネルがショートした。
 通信パネルがやられたせいで交信ができなくなった。
 制御パネルがやられたせいで機体を動かせなくなった。
 今、この船は太陽ほどの大きさの恒星に向かっている。
 その引力には逆らえそうにない。
「ここまでか……」
 状況としては絶望に向かっているものの、それでも俺は何とかできないかと修理に集中し続けた。
 恒星の姿がモニタースクリーンにも直視できた。
 赤々と燃えるフレアも確認できる。
 たった一瞬だけのために激しく燃え尽きる原子たち。
 この船もろとも同じ運命を辿る確率は高いだろうが、俺のすべきことは修理を続けることだけだった。
 そうすれば、きっと自分にも幸運が訪れる。
 そう信じて……。
TO DO 柄本俊

Entry6
病んでる私
霜月 剣

「歴史の授業の時に思ったんだけどさ」
 ああ、そんな口調じゃない声じゃない。うまく思い出せない再現できない。
 集合写真の真ん中でわざとよそ見をするきみの、一センチ四方にも満たない顔を見ているだけなのに恋しさのあまり、涙がほほを伝うほど感情がたかぶる。身体が小さく震える。何度も名前を呼ばずにはいられない。
 いつも場違いなことを言って私をはぐらかすきみの、優しくて意地悪で柔らかな声がそら耳みたいに、目を閉じているだけで聞こえだす。
「縄文時代とかの原始社会でも家族があったってことはさ」
 耳の奥で鳴る、その声色やせりふがリアルなほど、まだふくらみ切らない、胸の左の奥のほうを針でちくちくと刺されて、きみの声を、MDでもテープでもいいから聞きたいと願い、願うほど、離れた場所で違う空気を呼吸している現実に吹き飛ばされ、なんとかきみの声をたぐりよせて、遠回りをしてきみのとなりを歩いた夕方の、急な坂道の会話にしがみつく。
「結婚式の風習もあったのかな」
 私の年齢を倍にしてもまだ結婚していないかもしれないのに、やけに鮮明な妄想のせいで会話は上の空になる。寝ぐせ頭のきみのために、私はコーヒーを淹れ、サラダを作っている。
「きっとプロポーズなんかしないで、好きになったもん同士でなんとなく一緒に住んでたって感じなんだろうな」
 そのいまの「好きになったもん同士」のところが、うまくまねできた。ほほがゆるむ。何度も繰り返す。好きになったもん同士好きになったもん同士好きになったもん同士。ああ、その声。
「いつ始まったんだろうね? 結婚式っていうか結婚っていうか」
 好きになったもん同士でなんとなく一緒に住んでた大昔にも、誰かの声を思い出して息苦しくて手をつないでほしくて涙がでちゃうような恋をした女の子はいたんだろうか。人類史上初めて「結婚式」をした偉い人は、泣きたくなるような恋なんて知らずに死んでいったような気がする。
「どっかの皇帝とか王様が民衆に見せびらかしたかったんじゃねえの」
 私もきみに恋をしていることを、初めてこんなに人を好きになったんだと、見せられるものなら見せてあげたい。
「権威の象徴っつーかさ、今でも芸能人は豪華な結婚式をするもんな」
 世界で最初に「初恋」をしたのは、こんなに苦しい病気を初めて患った人は、誰なんだろう。きみにそう聞いたら、どう答えるだろう。
「知るか、そんなの」
 ああその声。好きよ。
病んでる私 霜月 剣

Entry7
ぎざぎざな西瓜
ごんぱち

 何が面白くて西瓜を割るのだ。
 砂浜に敷かれた一坪の青いビニールシートの上では破片が散らばり過ぎるぢやないか。
 渾身の力で振り下ろされた粉砕バットの勢いに、
 転がりはみ出した破片が砂にまみれてゐるぢやないか。
 もしもまな板に載せ包丁ですぱりと切ったなら、
 現れる円。
 緑の紙ほどの厚さの表皮から白い皮赤い果肉へと至るグラデーション。
 時折現れる黒い種達。
 神の造形。
 天然の色彩。
 品種改良に賭けた儚くも強靭な人の意思。
 それらの融合した美に感嘆も洩れたかも知れないが、
 ビニールシートの上に辛うじて残った西瓜には平らかな面は切手ほどもない。

 海水で洗えば小さな破片も喰えようが。
 塩が強すぎるぢやないか。
 汁が流れてしまうぢやあないか。
 二十人にこの形では分配が難し過ぎるぢやないか。

 振り下ろされるバットの風を切る音。
 割れた瞬間に飛び散った赤い汁。
 海と空の青さと雲の白さ。
 波音と歓声。
 数度外した後にようやく命中したカタルシスはあろうが。
 それは既に過去のものとして今は動かぬ破片達に過ぎない。

 収穫された真夏の西瓜畑から白い三菱トラックに乗せられて運ばれ、
 果肉は振動でずくずくに崩れ、
 ただでさえさして高級とは言われなかった品種の上に白く抜けた葉の影の痕。
 同郷の西瓜が千四百八十円のところを自分だけ九百八十円の値札を付けられ、
 海の家の店先で三日も、
 イトー・ヨーカドーで一九八〇円のビニールプールの中に申し訳程度に入れられたぬるく濁った水に浸けられ炎天下に放置され、
 古参の西瓜と古き故郷のアフリカを想い出語りする間もなく、
 放り込まれる新参の西瓜とぶつかり押し合いこすり合う。
 水道水を鱈腹吸ってぶよぶよになった皮は叩かれる前からヒビが入ってゐたぢやないか。

 その頭に二分ほどのこった蔓は遥かな蒼い畑を求めて天ばかり仰いでゐるぢやないか。
 あらゆるものを灼き尽くそうとする真夏の太陽にまで届かせようと、
 枯れた細胞たちを総動員して伸びきってゐるぢやないか。
 蔓だけではななくありとあらゆる細胞が、
 果肉も皮もない様に燃えてゐるぢゃないか。

 砂にまみれたこの素朴な小さな欠片は、
 あの畑の翡翠色の風が吹いて来るのを待ちかまえてゐるぢやないか。

 これはもう、西瓜ぢやないぢやないか。

 人間よ、
 もう止せ、こんな事は。

「――四谷君、自分が西瓜割れなかったからって、そんなにすねないの!」
ぎざぎざな西瓜 ごんぱち

Entry8
ハーフの女
のぼりん

 街はすでにネオンが灯る時間である。バイパスの高架橋に入っていく前に、空港行きのバスは最後の停留所に止まった。数人の乗客が乗り込んできたが、何気なく目をやると外国人も混ざっている。
「この席空いていますか?」
 目を上げると、驚くほど美しい横顔が笑っている。私は慌てて窓際に詰め、横目で見る。品のいいスーツがその女性の美しさをさらに際立たせているようだ。
 と、ひとりの外人客が立ったまま、今席についた彼女に訳のわからない言葉を投げつけた。彼女は事もなげにその外人に応じる。やり取りがしばらく続いた後、外人は手を振って、数歩先の席に座った。
 私のように無理やり身に付けた英語とは違う。ネイティブかと思うほど、みごとな語学力だった。
「フランスの方のようでしたわ。帰国されるそうです」
 と、女性がにこやかにいった。目を剥いて見ていた私の顔が、よほど人懐こく思えたのかもしれない。
「フランス語がすごくうまいですね。日本人とは思えないほどです」
「私は見たとおりのハーフですのよ。父はフランス人でした」
 どうも不思議である。どんな見方をすれば、彼女をハーフだと判断できるのだろう。誰が見ても古風で美しい日本女性にしか見えない。
 次の言葉をためらっていると、彼女が尋ねてきた。
「失礼ですがどちらへ」
「アメリカです、ビジネスで……しかし、なかなか英語が巧くならなくて。出張のたびに胃の痛むような思いです」
 彼女は笑って、さらに話し掛けてきた。父親の母国、フランスへ向かうところで、長い滞在になるらしい。
「おしゃべりな女と思っていらっしゃるでしょうね。でも、これが日本語のしゃべり納めだと思うと、とにかくお話がしたくなって……」
「その気持ち分かります」
 と、私は応じた。
 それから短い時間だったが、バスが空港に到着するまで、私たちはしゃべり続けた。日本語とお別れだと思うと、やはり名残惜しい気持ちでいっぱいになった。

「それでは、失礼します」
 挨拶を交わして先に席を立った女性の後姿に、私ははっと驚いた。
 その姿が空港の雑踏の中に溶け込むまで、いつまでも目で追いかけた。彼女の長い髪が真ん中から、黒髪と金髪に分かれているのを見て、私は今さらながら横顔ばかり見ていたことに気づいたのである。
 ハーフだといっていたが、世界にはこんな混血もいるのか。
 時折、彼女が異国人の顔になるのが遠目にちらりと見えて、私は唸り声を上げた。
ハーフの女 のぼりん

Entry9
ひとりごと
ゆふな さき

 幾つも幾つも飲み会に行って、たくさんの人に出合って知り合いを増やしていく。私はそんなふうに日々を過ごしている。何にもならないんだなそれって。でも何もしないよりマシだし。
「嫌だったら行かなければ?」
そう言われて困る。
「嫌じゃない。楽しいんだよ、ほんと。」
嘘は言ってない。格好いい男の子にあったり親切な男性にあったり。そんなこんなで夜をふかしつつ、楽しいよ。
「危ない。」
「いやいや。何故かいい人ばかりでさ、毎回安全なうちに返されてます。私ってそんな魅力ないのかな?」
「危険なことは今までなかったのね、いいじゃん。」
「なさすぎてちょっとさみしいけどね。そうだ、どうでもいいことだけどさ、女って矛盾してるよね?」
「はい?」
「危険なことは私、絶対したくない。けどさ、何もなくても傷つくよね?」
「なにそれ。」
「『女』って関係を持つと傷つくと言うし、けれど相手がその気にならないと、それも傷つく。どっちに転んだって『傷ついた』って思っちゃうんじゃないかな。」
「なんか露骨。」
「そう?」
(でも、メスってそう言うものなのだな)と思ってみたりする。
「で、あなたはなにを困っているの?」
「別に。ただむなしくて。」
「何かしたら? 学生、勉強は?」
「あらま、私は馬鹿だしね。」
私はそう言いながら一瞬驚く。必要だよ、確かに。勉強、いかにもじゃなくてもいい、趣味に似た、そう言った何か。
「なにをぶつくさしゃべってるのさ?」
私、独り言言ってた! と気まづい気分。
「えっと。勉強か。」
「うん。」
電話を切りながらぼんやり気づく。勉強なんて必要ないと思ってたけど必要だよな、勉強的なもの。なんて言えばいいんだろ。ゆっくり自分を移動させてくれる、と信じられる何か。静かに確実に自分を運ぶモノ。

 今がとっても楽しいくせに、永久にこのままが非常にこわい。このまま年をとるのが怖いのか? なにから勉強しようか。
「でも一体なにが出来るし、何が変化するのだろう。」

 今、真っ白い砂漠の中みたいな気分。道もなくってさ、どこにも行けないし、歩いていても進んでいる気がしないんだ。だから食べるといけない実に魅入られるし、急に死ねたらって思ったりするのかな。まっすぐ歩かなきゃだけど根性ないし、それに不安なんだ。方向正しいの? どんなに頑張っても進んでいく実感沸かないし、右も左も走っても、真っ白なんだよ。

 電話のベルを鳴らす。
「ねえ、もう少し話そうよ。」
ひとりごと ゆふな さき

Entry10

(本作品は掲載を終了しました)

Entry11
プルシャに会いに行く
るるるぶ☆どっぐちゃん

 全てがひとつである。全てがひとつづきである。過去も未来も含め、全てひとつづきである。まったくそのとおり。たいていの宗教や思想書で語られるとおりである。それ以外の理解などありえない。普通に考えていたらそれ以外の答えなどありえない。全てがひとつづき。なんとうっとおしくなんと退屈なことか。
「おとうさま、おとうさま、おとうさまあ」
 娘が花を散らしながら駆け寄ってくる。
「おとうさま、花園でてふてふを集めるのは、もう飽きましたわ」
 娘はそう言うと私の前で手を開く。ばらばらになった蝶々の色とりどりのかけら。
「そうだね。じゃあプルシャにでも会いに行こう」
 私は娘の頬に手を取り、口づけをする。あ、と娘は吐息を漏らす。唇の中に舌をこじ入れ口中をまさぐる。娘は私を強く抱きしめる。幼くとも官能を知っているのだ。私が教えた。私が教えられることは全て教えよう。
 道は全て花に埋もれている。ユリ。カーネーション。バラ。さくら。ひまわり。パンジー。舞い散る花びら。花吹雪。様々な、多種多様な、数え切れない花々に、景色は燃えているかのようである。
「やあプルシャ、久しぶりだね」
 プルシャは絵を描いていた。私の声に体をびくりと震わせ、こちらを向く。上半身が裸で、豊かな胸が絵の具で汚れていた。
「そんなにびくびくするなよ。君と私の仲だろう?」
「あ、う、う」
「なあ、踊りでも踊っておくれよ」
「う、あう」
 プルシャはうつむいたままふるふると体を動かし始める。
「それが踊り? それが踊りなのかい? 楽しそうだね」
 窓の外では全てが燃えていく。めらめらと音を立てて花が灰になり、風に消える。誰かが火を放ったのだ。おまえかきみか、ぼくか、あなたか。誰かが火を放った。
「おとうさま、ほら、てふてふ」
 私の目の前で手が開かれる。色とりどりの炎のかけら。
「ああ、そうだね」
 娘の燃える髪に私は口付ける。
「私達は、消えていくね」
 プルシャは何も答えない。
「私達は消えていく。そして、それでも私達は残るね。私達は残される。いつまでも。過去からずっと、私達は残されている。私達は残されつづける。プルシャ、いつまで踊っているだ、もうやめろ」
 プルシャは踊りをやめ、絵のかかったイーゼルをがしゃんと倒し、棚から皿を取り出した。皿にはハンバーグが載っていて、プルシャは手づかみでそれを食べ始める。豊かな胸が、食べかすに汚れていく。
プルシャに会いに行く るるるぶ☆どっぐちゃん

Entry12
星に願いを
マリコ

 枕元の時計を見た。午前2時53分。
 子どもはもうぐっすりと眠っている頃だろう。そして、多くの親が我が子の枕元にプレゼントを置く。本物のサンタクロースよりも満面の笑顔を浮かべて。
 私は音を立てないように寝返りを打つ。頬が寒くて、吐く息は白かった。あぁ、窓が開いているのだ。カーテンが揺れているのが、月明かりで見えた。
「今年のクリスマスは家族で過ごしたいの」
 そう彼女が言ったとき、最初は意味がわからなかった。喫茶店の向かいに座る彼女の左薬指に光る指輪が、光に反射して目が痛かった。
「新しい父親にあの子もなついているようだし」
 そう言われてやっと納得した。彼女にとって私は元夫であるだけで、もう彼女の家族の一員ではない。そして私の唯一の娘にとっての家族とは、彼女とその新しい父親という奴なのだ。
 娘に最後に会った一ヶ月ほど前、あの子は大きな目を潤ませながら私に言った。
「あたしにとってのパパはパパだけだから。お父さんとパパは、やっぱりちがうから」
 あのとき私は困ったように何度もうなずくことしかできなかった。ありがとうもごめんねも言えないで、ただあの子の手を握り締めていた。今会えたらあの子はもう一度同じ言葉を言ってくれるのだろうか。そんなことが心配になってしまうくらい、私とあの子は遠く離れてしまった。手を離したのはどっちのほうだったのだろうか。急に自分の存在が希薄になったような気がした。
 フローリングの床の冷たさを感じながら、私は窓を閉めに行く。ソファーに座ったテディベアだけが私を見つめていた。赤と緑のクリスマスカラーのリボンがついている。
 あの子はいつも可愛らしいリボンをしていた。けれど私はそのリボンの色さえ覚えていない。見ているようで見えていなかった。彼女とあの子がこの家を出ていってのも、当然のことだと今は思う。
 私はテディベアに話しかけた。
「サンタクロースは幸せを運んできてくれるんだろう。だったら私にとってのサンタはあの子だけだ。私はもう一度、家族が欲しい」
 そうしたら私の背よりも高いツリーを飾り、屋根に上って鈴を鳴らそう。あの子の母親が作った靴下にプレゼントの箱が入らなくて苦戦し、誰よりも幸福に微笑むサンタクロースに私はなるのだ。

 明日は雪になるのだろうか。あの子に多くの幸せが、雪のように優しく降り積もりますように。サンタクロースになれないただの男は、星に願いをかけるだろう。
星に願いを マリコ

Entry13
冬銀杏
伊勢 湊

 雪のちらつく駐車場だった。僕たちは微妙な距離を保ったまま歩いた。下調べしておいたオシャレなバーで雑誌で調べてきた名前のお酒を飲んだ。会話が途切れるのが怖くていくつもの話題を下調べしておいた。なのに肝心なことは言えぬまま時間は終わりに近づいていた。
 僕は駐車場で彼女の方を掴んだ。そしてそのまま抱きしめて好きだと告げた。息は白く、お互いの鼓動はリンクしていた。彼女が、私も、と短く答えた。時間が止まり、決して二人にとって色褪せない瞬間になった。

 はずだった。4年前のことだ。普通の恋人同士がするように喧嘩して、愛し合って、将来を語り、すれ違いを覚え、そして別れた。その間、わずか二週間。
 そのあとの4年間は恋愛自体をしなかった。遠ざけていた。だから、たぶんいまでも僕は自分に訪れた新しい季節を把握できずにいる。ちょうど銀杏の葉が黄色くなる前にクリスマスがきてしまったみたいに。

 4つも年下の同じ会社の女の子に告白された。可愛くて素直な女の子。たぶん4年前の僕なら飛び上がっていただろう。あの頃の僕と同い年の彼女はどうなのだろう。目に入ったスペイン料理屋で簡単なコース料理を食べながらたわいのない話をし、そしてごく自然に「付き合おうか」と言ってみた。たまたまちょっと思いついたみたいに。たぶん確信的になれなかったからだ。答えが見えない。僕でいいの? どこが好きなの? そして、僕は君の何が好きなの?

 店を出てクリスマスイブの新宿を歩く。4年前と違い会話なんて用意してないし、最終電車までの時間を上手に過ごすオシャレな店も知らない。駅前のマクドナルドに入り、二人で窓際の席に座り外を眺める。さっき恋人同士になったばかりの彼女がぽつりと言う。
「あの銀杏、黄色くならないのかな?」
 僕は窓の外にある緑色の葉が初めて銀杏だと気付く。
「ほんとだ」
「きっといつも街灯に照らされてて季節が分からなくなったのね」
「なんか哀しい。あの銀杏、黄色くなることないのかな?」
「大丈夫よ。ちょっと遅れてるかもしれないけど黄色くなって落ちちゃわないと新しい葉が出てこないもの」

 もう季節に追い立てられるようなことはないのかもしれない。でもそれは確実に移り変わる。僕たち二人もきっと、その中にいる。
 駅の改札、彼女を乗せる最終電車が発車する二分前。僕は彼女の耳元で初めて声にした。小さくだけど、きちんと聞こえるように。好きです、と。
冬銀杏 伊勢 湊

Entry14
雪に感じた……
早透 光

 白い雪が舞い降りてきた。夕暮れの空はどんよりとして藍色を増してゆく。
 少年はこの日愛を感じた。

 Mの家族は夏休みの旅行中、居眠り運転のトラックと正面衝突をして皆死んでしまった。ただ一人生き残ったMは親戚に引取られた。そこでは愛情は感じられずMは冬休みを期に家出したのである。
 あてもなく彷徨うMに街の寒さは容赦なく体力を奪っていく。動けなくなったMは自動販売機の灯を借りその横の軒下に座り込んだ。雪の舞う夜空は何処までも深い闇のように思えた。闇の中からは家族の笑顔が次から次へと現れては消えていく。寒さも何も感じなくなってしまった時だった。

「坊主、悪いがこの荷物を一緒に運んでくれんか」
 目を開けると薄汚れた老人がボロボロの麻袋を二つ担ぎ、笑いながら突立ってMに手を差し伸べる。Mは自分がなぜ此処にいるのか記憶が混乱して、訳の分からない表情でただ老人を見つめた。
「わしゃ平助。坊主は?」
「M」
「ほうMか、誰が名付けた」
「親」
「今、親はどうしとる?」
「……」
「まあええ。それより手伝ってくれ」
 老人はMの腕を掴み引起すと、小さな麻袋の方をMに持たせた。
「これ、何が入ってるの?」
「これか? さぁて何じゃろうな」
 老人はまた笑顔を見せた。Mは不思議に思う。この老人がやけに親しく感じるのだ。そしてこの袋は自分が運ばなければならない気がした。老人はMに向って今度は厳しげに頷くと雪の中を歩きだした。老人の肩には白い雪が少し積もっていた。

 やがて街の明かりが消え、粉雪に舞う闇が広がった。ザアザアと大きな唸りが寄せては返す。風は柔らかく寒さも感じない。ただ白い雪が点滅する光りに反射してキラキラと輝き、ここが海だと気付く。
「よしここでそれを投げるんじゃ」
「捨てるの?」
 老人の影が頷く。Mは麻袋を下ろすと中身を確かめるように何度か持ち上げてみる。少し重さのある何か柔らかい物のように感じた。
「ねえ、ホントに捨てていいの?」
 老人はただ頷くだけでもう何も話さない。Mは麻袋を振子のように二三度振って海に放り投げた。

 ザッパーン!

 大きな波がMを包んだ。目の前が真っ白だった。Mは驚いて飛び起き辺りを見回すと、そこは元居た自動販売機の横で、軒先から落ちてきた雪の固まりをかぶっていたのだ。
 Mは雪まみれになった服をはたく。すると遠くからMを呼ぶ声がした。それは叔父さんと叔母さんの声で、Mを探している声だった。
雪に感じた…… 早透 光

Entry15
口吻
日向さち

 まだ兄たちも小学生で、家族で一つの炬燵を囲んで寝ていた頃のことだ。

 母と二人、どこか分からない、けどよく知っているはずの廊下にいた。すぐ後ろには扉があり、目の前は、見えなくなるほど遠くまで一直線の廊下が続いている。照明は何もないが、左右に並んだ窓のおかげで、ぼんやりと見通すことができた。
 誰かが、扉を開けて姿を見せた。背の低いおじいさんで、なにやら母に話し掛けてくる。知り合いかと思ったのは一瞬で、次第におじいさんの口元が伸び、目つきは鋭くなり、顔全体が薄い色の毛に覆われていった。狐の妖怪だったのだ。
 母が妖怪の腕に抱かれたのを見て身を硬くした時、妖怪は母の口に吸い付いた。咥えるように何度も吸って、母の姿も狐の妖怪となり、二人で私の方を見やる。
 こうなるともう、母に私の言葉は通じない。どこへ逃げたらいいか分からず、私は大声を上げて泣いた。
 その泣き声で目覚めたのに、現実では声が出ていなかった。母も、父も、兄たちも、人間の姿で、いつもどおり寝ているのを、目で確認する。
 夢と現実を頭の中で切り離すまで、起き上がった体へ沁みる冷気を感じることすらできなかった。一、二分のことに過ぎなかったが、その時の感覚は忘れていない。

 地区の自治会で、毎年の恒例行事として旅行が催される。といっても、たいがいはマイクロバスに乗って数十分で目的地に着いてしまうのだが。当時は、私も連れていってもらっていた。
 お風呂に入って、食べて、飲んで、子供たちが走り回っている中、最終的にはカラオケとなる。定番の曲は決まっていて、歌謡曲や演歌を、不意にマイクを渡されても歌えるほどに聞かされたものだ。
 夫婦ではない男女のデュエットというのが、いつもまったく府に落ちなかった。自分の奥さん、または旦那さんがいる前で、別の異性を相手に、好きよ、だの、抱きしめて、だのと歌うのは、大人の世界では果たして当たり前なのだろうか、と思っていた。歌詞が、歌っている側の気持ちと違うということを、受け入れられていなかったのかもしれない。思ったことを何でも言う子供でなかったことは、今考えてみれば好都合だっただろう。
 不倫だの、浮気だのというものを知らず、夫婦というのは仲が良いとばかり思っていた。だから、母がよそのおじさんと歌うのを見ても、父を見捨てたなどと思ったわけではない。けど、酔った時の言動が本性だというのは、分かっていたのだ。
口吻 日向さち

Entry16
魚の腹から携帯電話
アナトー・シキソ

日曜日、堤防に出て魚を釣る。
家に帰って、魚拓を取って捌いてみたら、魚の腹から携帯電話。
水洗いして、試しに掛けてみたらちゃんと繋がる。
「誰?」
「オレ」
「携帯買ったの?」
「いや。出て来たんだよ」
「出てきた?」
「うん。魚釣ったら、腹から」
「へえ」

携帯電話を皿の横に置いて、魚の煮付けで飯を食う。
テレビで、みのもんたを見る。
あんな、司会ばっかりしてたら飽きるだろう。
余計なことを思う。
皿の横の携帯電話が鳴った。
「はい」
「アタシ」
「ああ。なに?」
「その携帯ってau?」
「ボーダフォン」
「そっかあ」
「買ったわけじゃないから」
「そうよねえ」

月曜日、昼休み、工場長のミノダさんが「お!」と言う。
「ついに携帯、買うたんか?」
「釣った魚の腹から出て来たんですよ」
「魚の腹から?」
「はい」
「そやけど、こういう場合どうなんやろな?」
「何がです?」
「やっぱり落とし物になるんか?」
「さあ、どうなんですかねえ?」
「トクシュなケースやからなあ」
ミノダさんは空の湯飲みを持って席を立った。
携帯に溜まっていたメールを読み進める。

火曜日、雨の中、待ち合わせの映画館に行く。
メールにあった2週間前の待ち合わせ場所。
「映画観るの?」
「いや。そうじゃない」
車の中から映画の看板だけ見て帰る。

水曜日、朝5時にメールの着信音で起こされる。
新しいメールが来た。
もう一度会いたい。
そうあった。
日時も場所も指定はなかった。

木曜日、発注がなくて仕事が休みになった。
悩む。
もう一度会いたいと言う相手に返事を書くべきか。
その場合、正直に事実を伝えるのか。
それとも、この携帯の持ち主になりすますのか。
いっそのこと放っておくか?
いや、それはダメな気がする。
結局「土曜日にあの映画館で」とだけ書いて送る。

金曜日、出勤したら休みだった。
誰か偉い人の誕生日らしい。
ということは木曜日から四連休。
けど、明日のことを考えると気が重い。
と言うか落ち着かない。

土曜日、ひとりで映画館のロビーに陣取る。
それらしい、連れのない女を探す。
連れのない女はいくらでもいた。
だけど、肝心なのは見つからずじまい。
映画も観ないでウチに帰る。

日曜日、二人で堤防に出て魚を釣る。
釣り上げた魚の口に携帯を押し込むと呑み込んだ。
魚を海に放す。
魚はヨタヨタと海の底へ潜って消えた。

ミカの携帯で堤防から掛けてみる。
掛かった。
呼び出し音を聞き続ける。
「はい」
出た。

沖の海に男が一人、携帯を構えて立っている。
魚の腹から携帯電話 アナトー・シキソ

Entry17
越冬こあら

 年賀状の隅の常套句に従い、電話で一度確認した後、長期休暇中のN山課長宅を訪問した。年末ギリギリまでプロジェクトの調整に振り回され、帰省中止を余儀なくされた独身男の正月休暇を上司宅への御年始に充てた。

「明けましておめでとう。M神君、元気だった」
 N山夫人は社内結婚で、在籍中は隣の部署の先輩だった。
 古風な応接間に通された。ショートケーキとおせち料理が並んだテーブル越しに、
「課長は……」
 と俺が尋ねると、夫人は少し困った顔になり、
「実は、その事でね……」
 と語り始めた。

 昨年秋口から体調不良を訴えるようになった課長は、野菜のみを嗜好する偏った食生活に陥り、十一月末からは桑の葉以外は全く受け付けなくなってしまい、何回かの『眠』の後、『五齢』に至ってからは、極めて大量の桑を食し、書斎に篭って繭を作り始めてしまったという事だった。
「Dですねえ」
 余りに突飛な話を聞かされた俺は、なんと答えて良いかわからないまま、思わず口にした。
「ディー?」
「ああっ『D』です。つまり『遺伝的な現象』ということで……。DNAを短くして、そう言うんです。職場で……」
 と誤魔化した。
「ああ、そう」
 その後夫人は、桑を食べるシャキシャキ音や繭糸を吐き出すピュルピュル音を交えた観察記録を実演入りで見せてくれたが、俺は全く実感が湧かなかった。

「なんだ、M神、来てたのか。こっちへ来いよ」
 夫人が台所に立った隙に、ドア越しに課長の声がした。
「まさか」と「やっぱり」の入り混じった気持ちで課長の声に導かれるまま、書斎のドアまで辿り着き、俺はノブを廻した。
「四回も五回も脱皮すると、流石に疲れるわ」
 部屋いっぱいの大きさの俵型、純白に輝く繭の内部から茶色く篭った声が聞えた。つまり、そういうことだった。
「Dよねえ」
 いつの間に後に立った夫人が、溜め息交じりに呟いた。
「すまんなあ」
 と茶色い声。俺は早々に課長宅を辞した。

 課長職の長期休暇は異例中の異例で、N山課長については、「海外留学」「長期療養」「リストラ」等の憶測を交えて、様々な噂が流れた。会社側もそのままにはしておけず、二月末をもって、退職扱いとなった。つまり『解雇』で「DはDでも駄洒落のDかよ」というお粗末だった。

「蛹から蛾になって、どこかに飛んでいってしまいました」という顛末を記して「また遊びにいらして下さい」と結んだN山夫人の手紙が届いたのは、桜の頃だった。
繭 越冬こあら

Entry18
ありえないこと
うちゃたん

拓の部屋に最後に来たのはいつだっただろう?
少なくとも、高校生になってからは初めてのはずだ。
床に無造作にちらばった男性ものの雑誌やCDラックにかかった洋楽のCD、机の上に置かれた香水のビン。
なんていうか、全体的に色気づいたなって印象。
でも、部屋の匂いは昔と変わらなくて少しほっとする私。

「まったく、お袋の奴。ありえないよな」
と、お決まりの言葉で拓がぼやきだした。
拓の口癖は「ありえない」
たまに、明らかに間違った使い方をしているんだけど、拓の中ではそれは「有り得る」ことらしい。
「なにが『夕ご飯食べてってねー。おばちゃん、張り切って作るから』だよ。同じ女でも、理奈ちゃんの時とはえらい態度違うし。理奈ちゃんが来た時なんて、しらーっとして完全無視してんの」
まあ、お前は女とは言えないけど。と、付け足す拓に一瞬ムカッとしたが、100パーセント間違ってるとは言えないので、ぐっとこらえる。
「おばちゃんは拓と違って見抜いてたんだよ。拓と他の男の子を平気で二股かけるような子だって」
私の皮肉たっぷりの言葉に、押し黙る拓。傷心の奴には少し意地悪がすぎたか。
「あー。女って恐えー」
そのまま床に寝転がる拓。見上げた顔が切なげでちょっとドキッとする。
「亜季、お前好きな奴とかいないの?」
「は? いないよ、そんなの」
「マジで? 同じ学校とかにいないわけ?」
「馬鹿! 女子校だし」
あ、そっかと思い出したように叫んで、勢いよく起き上がるから何だと思ったら
「お前、誰か可愛い子紹介してよ」
まったく男って。
「な、いい子いないの?」
「可愛い子はいっぱいいるけど、みんな拓レベルじゃ嫌がるんじゃないかなー?」
「なんだと! 俺こう見えても結構もてるんだぜ?」
「じゃあ、別に紹介する必要ないじゃん」
可愛くない女。と、拓はふてくされて、また体を床に倒した。

しばしの沈黙。
私とだから、こんな間も平気なんだろうな。ぼーっと天井を見つめる拓の顔をチラ見しながら思う。
「拓。あのさ」
拓の視線が天井に向かっている隙に、思い切って切り出してみた。
「うちの学校の先生でね、従兄弟同士で結婚した人がいるんだよ」
一瞬、拓はきょとんとしていたが
「何それ? ありえなくね? てゆーか、子どもとか変な子できちゃわないの?」
と、眉をしかめて言い放った。

拓の中では私の気持ちなんて、やっぱりありえないことなんだ。
私は叔母ちゃんの入れてくれた紅茶をすすることしか出来なかった。
ありえないこと うちゃたん

Entry19
『つかれた男』
橘内 潤

 深い雪が街をおおう。
 わたしの足跡が、白い一本道に連なっている。まだ日は高いはずだが、雪空の午後は薄暗くて人通りもない。わたしの足跡だけが連なっている。
 やがて、わたしは一軒の古ぼけた家の前で立ち止まり、ノックをすることもなく小声でささやく。
「……きたわ」
 すると、ずっと扉のすぐ向こうで待っていたのだろうか、鍵が開く音と男の声がつづいた。
「待ってたぞ。入れ」
 男に腕を引っ張られて、わたしは室内へと上げられる。わたしの髪や肩に積もった雪が廊下に雪崩れて水を広げているのだが、そんなことはどうでもいいらしい。
「この子なんだ、早く診てやってくれ」
 男の視線の先には、布団に寝かされた少女がいた。栄養が足りていないのか、痩せていて血色が悪かった――だが、とても可愛らしい寝顔だった。
「わかりました」
 そう言って、わたしは少女の枕元に腰をおろす。両目を閉じて、意識を集中する――和紙を紙縒って糸にするイメージ。ぴんと張り詰めた意識をさらに紙縒ると、閉じたままの視界が白く開けた。
 俗に言う『霊視』、それがわたしの存在意義であり、生きていくための手段だった。
「――どうなんだ。やっぱり何か憑いているのか?」
 男の問いに、わたしは首を横に振る。
「いいえ――この子には何も憑いていないわ」
「な――そんなはずがあるか! 病院で霊障だって言われたから、あんたを呼んだんだぞ!」
「でも本当だから仕方ないわ。ああ、それからあなた、つかれてるみたいね。休んだ方がいいとおもうわ」
「おれが休んでたら、だれがこいつを看てやれるっていうんだ!」
 わたしの物言いは男を怒らせてしまったようだ。霊視の代金を請求することも難しそうなので、早々に帰ることにした。二人分の霊視で疲れている身体では、激昂した男に敵いそうもなかったから。
 外にでると、雪はまだやんでいなかった。
「……骨折り損のくたびれもうけ、ね」
 わたしは消えかけの足跡を逆に辿りはじめる。
 『あなた、憑かれているみたいね』――わたしはそう言ってあげた。それに気づくか気づかないかは男次第だ。気づいたところでもう手遅れだろうけれど。

 誘拐犯がさらった少女と心中していたという記事を見かけたのは、それから五日後のことだ。
『つかれた男』 橘内 潤

Entry20
隠し物
村松 木耳

 「ていちゃん、俺のメガネどこ?」
 定子と書いてサダコと読む。それが私の名前だが、この男は頑としてその名で私を呼ばない。それについて一度キレたら、だって怖いじゃんサダコって、そう言われた。
 「ていちゃん、俺のメーガーネー。」
 いい天気の休日。二人で昼寝をしたまではよかったが、私が1時間程度で起きた後もコイツは眠り続けた。そうですか、7時間睡眠ですか。私はその間ひとりPRGのレベルを上げつづけてクタクタだっつの。
 「メガネ~。」
 うるさいなぁ。ていうかさっきから、なんで同じ所ばっか探してんの。一度布団めくってそこになかったら、他のとこ探そうよ。何回めくっても無い物は無いだろ。上向いてキョロキョロしてるけど、どうして?物ってのは下に落ちるでしょ。君の眼鏡はおそらく下のほうにあると思うんだけど、私なにか間違ってるかなぁ。
 台所へ行ってコーヒーをいれる。後ろで眼鏡を探し回ってるこの男は、コーヒーが好きだ。砂糖はたっぷり、ミルクはいらない。ドリップパックを蒸らす時間は気持ち長めに。奴の分の甘いコーヒーと、私の分のブラックコーヒーを両手に持って部屋に戻る。
 「ありがとう。」
 ひとまず落ち着いて座ったものの、やはり落ち着かないようだ。そういえばこの前私の家に泊まりに来てくれた時も、こんな顔してたなぁ。お風呂からあんまりゴキゲンな鼻歌が聞こえてきたものだから、こっそり脱衣所からトランクスを盗んでスカートの下に履いてみたんだった。あの時も、バスタオル1枚で脱衣所のカゴばかりを何度も探す奴を尻目にコーヒーいれたっけ。
 ていちゃん、楽しい?トランクスを返してあげると、奴がそう言った。おなかを抱えて笑いながら答える。私が楽しいんじゃなくて、アンタが楽しいんだよ。
 
 そうこうしているうちに、奴が毎週楽しみにしている海外アニメが始まってしまった。私にはそのツボは理解不能だが、外国独特のよくわからないユーモアに奴は毎週爆笑の渦だ。
 「ていちゃん、はじまっちゃったよ!?」
 私にお尻を向けて四つんばいでテレビにかじりつくその姿を眺めながら、おもむろに後ろ手でクッションの下を探る。あったあった。右の度数がキツくて、左のほうがすこしレンズが薄い、細身の黒ぶち眼鏡。
 ニヤリとわらって自分に装着。ぼやけた視界の中、テレビに夢中の奴の隣に腰を下ろす。気づかない。まったく、これだからこの男は。わざと眼鏡を押し付けるようにして、頬にキスでもしてやろうかな。
隠し物 村松 木耳

Entry21
それは、煙のように形のないものだけれど
スナ2号

 まず先生は、大笑いしてから、僕が、ギャグでなくそれを書いたんだと気付き、慌てて真面目な顔をした。
 
 将来の夢 六年三組 野田誠
 僕は将来、公務員になります。こんな時代、夢はベッドの中でみるべきだ、と僕のお父さんはよくビールを飲みながら僕に言います。

「ま、まあ、あれだ。野田は現実的だな」
 しかしなあ。もっと小学生らしく、希望溢れた……。とにかく、書き直し。
 先生に返された原稿用紙を鞄に押し込んで、僕は校門を出た。
 ふと街を見下ろしたくなって、僕は丘の上公園に向かった。
 
 長い坂と階段を上って、僕は公園のベンチに腰を下ろした。街に足を向けて、返された作文を手に、どうやってそれっぽく書けばいいか考え、影が伸びてきた頃、後ろから声をかけられた。
「ボーイ。君は、枯れた少年だな」
 飛び上がって振り向くと、変な帽子のちょび髭の男が、覗き込んで僕の作文を読んでいた。
「夢はないのかい」
 逃げようか迷いながら、僕は恐る恐る言葉を返した。
「叶わないんだったら、夢なんてあったって仕方ないし」
 男はしたり顔で答えた。
「チッチッ。叶えるんだよ。叶える前に捨ててしまっては駄目だ」
 僕は男を睨みつけた。
「捨てろって言うくせに」
 男は、おや、という顔をした。
「諦めなきゃいけない時が来るって知ってるくせに。頑張れなんて、本当は思ってないくせに」
「それでも、夢に飛び続けることは、やめちゃいけない」
 僕が何か言う前に、男は空を指差した。
「私が空を飛べると言ったら、君は信じるかい」
 頭、大丈夫ですか、という言葉を飲み込んで、僕は首を横に振った。
「君は、それが起こり得ないと思っている。しかし、もし私がそれを成し遂げたら、君の夢も、ゼロではないという証拠にならないかね」
 僕は鼻で笑った。男は、煙草に火を点けた。 
「ワン」
 男の指先から、煙草の白い煙が、宙に模様を描いた。次の瞬間僕の目は、釘付けになった。
「トゥー」
 煙は、意思を持った生き物のように、くゆり、たなびき、渦を巻いて、
「ドリーム」
 白い竜になった。
 男は、にっと笑った。
「バイ、リトルボーイ」
 竜にまたがると、男は茜色の空に消えた。
 口の中に、小さな虫が入って我に返り、原稿用紙を、僕はごみ箱に突っ込んだ。
 
 将来の夢 
 僕は将来、小説家になります。誰かが、一生読み返してくれるような小説を書きたいです。

「頑張れよ」
 頷いた先生に、僕は、にっと笑い返した。