Entry1
ふたりの笑顔
君島恒星
「カシャカシャうるせえんだよ!」
電車内に男の怒鳴り声が響き渡った。
ヘッドフォンから漏れる音のことで、中年の男と髪の毛が立った学生らしき男とトラブっていた。
僕は2メートルくらい離れてつり革につかまっていた。
一方的に学生が怒鳴られていたが、ヘッドフォンの音量を考えると、聞こえているかどうか怪しいものだ。怒鳴っていた中年男は、反応が鈍い学生に嫌気がさしたのか、胸倉をつかんだ。同時にヘッドフォンが外れる。
「何すんだよ!」
初めて学生の口から言葉が発せられた。でも中年男の手で締め付けられる。学生は何も出来ないでいた。
「人がうるさくて迷惑しているんだよ!」
中年男の方は勢いがある。そこに、割って入ってきた男がいた。さっきから二人を見ていたスーツ姿の中年だった。
「嫌がってるじゃないか。それに、あんたの方がうるさくて迷惑だよ」
「上等じゃねえか。次で降りろよ」
「あんたに言われて降りる必要はない」
「なんだと!」
中年男は自分のふところに手を突っ込んだ。
ドスでも出しそうな雰囲気。
スーツ男は、その手を左手で押さえた。
「わかった。降りて話をしよう。みんなの迷惑になる。おい、君も降りなさい」
と学生に言う。
学生は関係ない顔を装いながら言った。
「めんどくせえよ」
精一杯の抵抗か、本心は怯えている感じだ。
「誰のためだと思っているんだよ」
と言いながらも、スーツ男はあきらめたようだ。そして中年男に言う。
「次の駅で降りるから、静かにしとけ。物騒なもんから手を離せよ」
車内は騒然となった。
張本人の学生でさえ、落ちたヘッドフォンを拾うきっかけをつかめないでいるようだった。
僕はその後を見たくなった。学生のその後も興味があるが、ふたりの中年男の方が興味深かった。僕は次の駅で降り、男たちの後をつけた。決して血を見たいわけではない。
単純な好奇心。
ホームに降りたふたりを、電車内の全員の視線が追った。
男たちは改札を出ると、駅前の居酒屋に入った。即座に和解したのだろうか? 僕は彼らに続いた。すると、男たちはビールで乾杯し始めた。やはりスピード和解だ。彼らの後ろのカウンターで聞き耳をたてる。
「今日の学生は威勢はよかったんだけど、あっけなかったな」
「最近の若者って感じだ。カッコばかり一人前で、芯がない」
「普通、あそこまで言われたら降りるぞ」
「そう思わないかい、あんた!」
ふたりは僕を笑顔で見つめた。