第89回1000字小説バトル

01(作者の希望により掲載を終了いたしました)  
02(作者の希望により掲載を終了いたしました)  
03北国の鮨Suzzanna Owlamp1000
04為シ合ワセ1000
05老犬(忘れないために)藤田揺転1000
06猿の目ごんぱち1000
07世界の終点に宅急便で送られた狸とむOK1000
08マジシャンアナトー・シキソ1000
09兄樹越冬こあら1000
10ミラークルクル太郎丸1000
11コンピュータミュージックるるるぶ☆どっぐちゃん1000
 
 
 ■バトル結果発表
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エントリ03  北国の鮨     Suzzanna Owlamp


 歳を重ねるに連れ、他人との人付き合いがおもしろくなってきた。趣味の料理が昂じてか、寿司職人の板前に付いて、修行を積み始めたのが、六年前。ようやく暖簾分けの話が出て、妻と共に店を構えた。店が出来たての頃は、軌道に乗るかと心配していたが、妻の支えもあり、何とか今のところは順調である。
「今日は何に致しましょう」

 来客は、各々、食べたい魚を選ぶ。
「大将! 鯛、ちょうだい」
「ハマチやってよ」
「ヒラメある?」
「エンガワお願い」
「白魚がいいね」

 不思議なことに、ここを訪れる客は、白身の魚を好んで食べる。聞くところでは、その歯応えが堪らないのだという。
「マグロのいいのが入ってますよ」
そう言っても、返ってくる答えは、「寒パチ」。やはり、白身の魚である。

 堪えかねて、思わず、親しくなったお客に聞いてみた。
「この土地の人は、白身がお好きですねぇ」
「赤身はイケねぇ、おふくろのニオイがすんだ」
力強い歯で白身の魚を噛み砕き、寒い冬を幾度となく乗り越えてきたサラリーマンには、「自然の力にも屈しない」という意気込みと、頼りがいすら感じる。あごが強く、恰幅のいいサラリーマンに、これまた話を聞いてみると、この土地では、母親よりも男親を優先する傾向が強いのだという。皆、それぞれに、父親を尊敬し、自分もそうありたいと願う。そして、何より、自分の息子にも、その血を受け継いでほしいと強く願っている。

 だからかどうかは知らないが、この店には、ビールやジュースなんかより、日本酒や焼酎がよく似合う。店の奥のカウンターで、セブンスターを吸う常連客から、威勢のいい声が飛び出す。
「大将! 鯛の活け造り! 皆さんにお配りして!」
どうやら仲間内の忘年会らしい。
「はぁ〜い」と妻が高い声を出して、笑顔で接客する。
 私は、静かに鯛を捌いていく。魚が腐らないように、手早く、しかも、丁寧に、やなぎば包丁を入れていく。鯛を二枚におろし、身の部分を一口大に切り揃えて、鯛のおかしらの右手に腹から背にかけて、包丁の腹を使って、刺身を並べていく。手早く、しかも、丁寧に。
「旨い!」
その声が聞こえる瞬間が、私の一番の至福のときである。
「あがり一丁もらえるかい」
「あい、あがり一丁!」
すっと差し出した湯飲みには、「鮨 八百万円」の文字が刻まれている。
「御代のほうが、二千五百円になります」
「ごっつぁん!」
そう言って、帰る客は、皆、不思議と満足げである。







エントリ04  為シ合ワセ     葱


 母が昔、言っていた。
「パパが昇進しないのは、自分で断ってるからよ」
 笑顔で、何の引け目も感じてない様子だった記憶がある。僕はどう聞いたのだろう。友達に、父親自慢でもされたのだろうか。それとも買ってもらえないオモチャの腹いせに、うちは貧乏か、とでも言ったか。
 母親がそんな感じだったので、僕はマイペースに生きる事を誇りに思っているように思う。母は病気で、僕と一緒に東京タワーに行くの楽しみにし……。気を抜くとつい、記憶を捏造してしまいそうになる。
 父は(母は元気なので置いといて)、定年退職した途端に元気を無くした。いや、傍から見るとそう見えるだけなのかもしれない。退職間際に、環境保全を目的としたボランティアをやりたいと言っているということが母づてに、兄伝わり、兄からメールが僕のところに来たが、無視してしまった。今は、競馬場に行き、馬券も買わずに一日中、馬を見つめて過ごしているという。ボケてしまうんじゃないだろうか。
 先月、犬のエイジが霊界へ旅立ったこととも関係があるのだろうか。エイジの散歩は父のライフワークだった。世話は僕が任されていたのだけど、いつのまにか父にシフトしていた。僕はここ一年ほど実家に帰ってすらいない。
 父はどういう気持ちで仕事を続けていたのだろう。仕事が終わった今、何を考えているのだろう。
 ここでやはり母親の台詞が巡る。
「パパが昇進しないのは、断られてるからよ」
 あれ、さっきと微妙に違う気が。断られてるのか? 何だか一気に情けない感じに。心なしか、記憶の中の母親の顔も渋い顔に。否、断ってるからよ、だな。随分違うな。まるでくたびれたスーツと年季の入ったユニフォームぐらい違うな。どうかな。どうでもいいか。
 父は家族を大事にした。言葉にすると無粋だけど、そう考えてもいいだろうか。兄は立派に社会人になって、僕はなんとなく引きこもりから立ち直ったけど、それで役目を果たしたということだろうか。母親は相変わらず、世界を勝手に飛び回っているけれど。
 僕らは父を犠牲にこの場にいるのだろうか。皆そうなのだろうか。僕は、父が自分で選んだ道だと信じたい。僕らに遠慮したのではないと。感謝はしてる、無論してる。
 現状維持、その価値がわかるにはまだまだ歳をとらなければいけないのかもしれない。そういう理解でいいだろうか。
 母親は、兄は、犬のエイジは、僕よりずっと父を理解してて、僕は。 







エントリ05  老犬(忘れないために)     藤田揺転


前略
 じいさん。あんたが居なくなってから、ずいぶん淋しい思いをしています。
 朝夕、あの橋下を通りかかっても、口笛を吹いても、もう、だあれも出てきやしません。風が吹くばっかりで。
 あんたは、なんてゆうか、『忠犬』でした。何に忠実かって言うと、説明しにくいんだけど、自分自身の、運命に対して、と言うか、人生に対して、と言うか。とにかくあんたは、たとえどんな哀しみや、どんな痛みが襲ってきても、いつもあの橋の下で、座って静かにそれを受け入れている。そんな印象をよく受けました。
 あんたよく、おでこに眉毛書かれてましたよね。マジックで。ほんとによく。
 写真は全部とってあります。でも眉毛のないやつは二枚しかりませんでした。笑っちゃいますよね。どんだけ眉毛書かれてんだって。
 あんたがいなくなって本当に淋しいけど、僕まだ、一度も泣いたりなんかしてないんですよ。笑うことはよくあるんですけどね。薄情なやつだなんて思わないでください。毎日、胸が、締め付けられるように、感じてるんですから。
 なんていうか僕、自分の事では、泣けないみたいなんです。だってそうでしょう。あんたがいなくなって悲しいのは僕なんですから。あんたじゃなくってね、じいさん。あんたはもう土の下で、冷たくなって、もう半分土になりかけてるんだから。この手紙だって、自分のために書いてるんですよ。僕がいつか全くあんたを忘れてしまうんじゃないかと、不安になることがあるから。だから筆をとったんです。死んじまっても、あんたが好きだから。あんたを好きでいると、あんたを好きな自分まで心から好きになれる。そんな気がするんです。時々ひどく自分が嫌いになることがあるから。そんな時、僕を見上げる、あんたの、おでこに皺寄せた顔を思い出せたらいいなって思うんです。
 今日は雨が降っています。あんたは独りで死にましたね。僕になんの断りもせず。
 別に怒ってる訳じゃないんだけど、あの朝もやっぱりこんな風に小雨が煙ってて、冷たくなったあんたを見つけて、学校サボって、あんたを埋めて。僕も濡れて、寒かったな。って。も一度あんたのあったかい背中をなでたかったなって。も一度あんたのあったかい舌を掌に感じたかった。寒くて。ほんとうに、さむくって。
 じいさん、あんたと友達になれて、本当によかった。じいさん、ありがとう。
草々                             



※作者付記: お前を泣かせたい(11月の雨の日に)。






エントリ06  猿の目     ごんぱち


「おおっ、見えますよ! いやぁ、流石は犬の目だ、暗いとこもよく見え……いや、シャボン先生、こりゃいけねえや」
「どうした」
「電柱を見たら、足をあげて小便をしたくなるんで」
「ふむ、では猫を――」
「待った、待った! どうせ今度は、ネズミを見たら追っかけたくなるとか、そんなでしょう?」
「いや、それはないが、小さすぎてグラグラしていて、サンマばかりがはっきり見える、これが本当の目グラのサンマ」
「洒落言われたって困らぁ」
「ならばそこの馬から取ってみるか」
「ここいらはどんどん都会化が進んで来てんです。生き馬の目なんか付けたら、間違いなく抜かれちまいまさぁ」
「贅沢なヤツだな。そもそも、もしもワシのところに来なければ、目をすっかり腐らせてしまって何も見えはしなかったのだ、そう思えばその犬の目も悪くは――」
「悪いですよ、悪いに決まってます! 大体、犬に喰われたのは、先生があんなところに目を干しておいたからでしょう。何とかしないと噛み付きますよ!」
「仕方ないな――確か筋向かいの変物が猿を飼っていたな」
「猿ですか? 猿は不倶戴天の敵……」
「その犬の目をよこせ、ちょいと取り替えて来る」
「ああっ、また何も見えない!」

「おい、寅吉君」
「おやシャボン先生じゃありませんか、ごきげんやう」
「君の猿の目を、この犬の目と取り替えてくれ」
「ち、ちょと待っておくんなまし、目を取り替えるですって?」
「心配ない、少々吠えて、電柱で小便をするようになるだけだ」
「心配です、困ります! そんな猿を連れていたら、笑いものでげす」
「こんな所帯で猿を飼っている時点で充分笑いものになっておる、さあその猿を貸すのだ」
「わわっ!」

「持って来たぞ、見たまえ!」
「いや、何度も言うようですがね、あっしは目が外されてるから見えないんで」
「相変わらず不器用な奴だな。さあ入れるぞ――よし、入った!」
「ああ、これは普通に見えますね」
「そうだろう、猿の目だからな。人間と大して変わらん」
「シラミを見ると噛み潰したくなるんですが」
「それぐらい人もやるだろう」
「バナナを見ると猛烈に欲しくなるんですが」
「バナナ好きを笑う者はおらん」
「……あの」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「そ、そこにかけてある絵は」
「ん? ああ、魔除けの赤鬼だが?」
「ええと、その、えと……顔もお尻もあんなに、赤くて、その」
「ん、顔や尻が赤いからって――あっ、しまった! 雌猿だったか!」







エントリ07  世界の終点に宅急便で送られた狸     とむOK


「人手が欲しい。猫の手も借りたい」
「ヒトデか猫か、はっきりしろ」
 翌日の宅急便で届いた段ボールには、一匹の狸がちょこんと収まっていた。ヒトデでも猫でもない。ペリカン便だし。わけわからん。俺は人材派遣会社に電話したが、人を送る余裕などないって言っただろう、と一方的に切られた。
「何ができる」俺は狸をにらんだ。
「何にでも化けられます。何なら茶釜に化けて綱渡りでも」
「いや、いい」
 俺は仕事に戻った。
 人類が原因不明の<消える>病に蝕まれて数年が経つ。<消える>とは文字通り消えるということで、他にいい表現がない。さっきまで隣を歩いていた知人が、ふとよそ見をした隙にいなくなっているというくらい唐突なのだ。ニューヨークを皮切りにまたたく間に世界中に広がり、推定一億を切った人類は今でも一秒に三人の割合で消え続けている。
 狸は美人OLに化けてお茶くみとかコピーとかを始めた。が、そんなことではこの人手不足は埋められない。
 俺の仕事は<消える>人類の救済計画を練ることだった。しかしここは国連でも政府機関でもなく、絶滅危惧種を擁護する民間の小さな動物保護団体だ。つまりこのボロい賃貸ビルの五階にあるオフィスが<世界の終点>だった。
 こうしている間にも同僚が、環境省の役人が、友人が消えてゆく。<世界の終点>の小さな事務机で俺は書類の山を機械的に処理している。消えた同僚の分まで積まれる山は高くなるだけで、救済のめどは一向に立たない。狸もあまり役に立たない。失敗が多いし、美人OL姿もどこへやら、狸のままでお茶を淹れている。
 冬を前に食料の流通も途絶えた。年の瀬が迫る頃、俺はたった一人泊り込んだ職場のソファーで起き上がれなくなった。そんな俺に茶を淹れて、狸は言った。
「私を食べてください」
「いや、いい。生き残ってもどうせ消えるんだから」
「じゃあ、私があなたを食べますよ」
「好きにしなよ」
 狸は足のほうから齧り始めた。不思議に痛みはなく、食べられたところからだんだんと温かくなっていった。
「黙っていましたが、実は私は狐だったんです」
「ああ、そうだったのか。すまなかった。そんなことにも気づかないで」
 俺は胃袋の生臭い温もりに包まれていく。
「茶釜に化けて綱渡りが得意だなんて、狐らしくないでしょ」
「それもいいじゃないか」
 俺は、消えなかったのはこいつのおかげなんだなあと思いながら、融かされゆく意識に身をゆだねた。







エントリ08  マジシャン     アナトー・シキソ


誰かがものすごい勢いで船室のドアを叩く。
僕はベッドの上で体を起こす。
鍵のかかったドアに、どなた、と声をかけてみる。
返事はない。ただ、ひたすらドアを叩き続けている。
僕はベッドの上に倒れなおす。
天井も内蔵も回っている。ひどい船酔いで最悪の気分。
勘弁してくれ。
目を閉じる。
と同時に、僕の額に誰かが手を置き、はっと起きあがる。
目覚めると、ホテルの客室だった。
手の感触が残った額を触ってみる。
指に額の汗と脂。
僕は三つ揃いのままベッドの上で眠ってしまっていた。
腕時計の時刻は真夜中。
部屋のドアを誰かがコツコツとノックする。
僕は起き出し、のぞき穴からドアの向こうを覗く。
顔色の悪いゆらりとした白い少女が一人で立っている。
目が合った。
ドアを開ける。
「どなた?」
少女は、本人の化身のような、ゆらりとした白い花を僕に差し出す。
僕は花を受け取る。
少女は微笑むと、手のひらを差し出して見せる。
手のしわ以外何もない。
その何もない手のひらを少女はクルリとひねる。
指先にカードが現れた。
僕に差し出す。
【ご招待します】
招待状だ。
少女は指をパチンと鳴らし、僕の胸のポケットに指先を入れる。
ポケットから指を抜くと、また別のカード。
【ペントハウスにお越し下さい。オーナーより】
ペントハウス?
オーナー?
「このホテルの?」
少女は微笑み、うなずく。
「今すぐ?」
少女は肩をすくめてみせる。
僕は改めて腕時計を見て、少女にも見せる。
「ほら、真夜中だ」
少女は人差し指を顎に当て、思案する。
それから、僕の鼻先で、ぱちんと指を鳴らす。
僕の目の裏が捻れる。牛乳を飲み過ぎたような気持ち悪さ。
目を閉じ、逆流してくる胃酸の幻を堪える。

白い世界に青いネコ。
前足で〈早送り〉のプラカードを掲げる。
青いネコは退場。
白い世界だけが残る。

目を開けた。
少女は眉をひそめている。花の匂いを嗅げと、身振りで示す。
僕は白い花の匂いを嗅ぐ。
気分がすっとよくなった。
少女は微笑み、腕時計を見てみろと身振りで促す。
八時だ。
振り返ると窓の外が朝。
「なるほど。早送り」
少女は眉を片方だけつり上げて、首を傾げる。
それから、まあいいわと言うように微笑み直すと、両の手のひらを合わせた。
合わせた手を、僕の顔の前に差し出し上向きにゆっくりと開く。
屋上。
プール付きペントハウス。
プールサイドのテーブルに虹色スーツのハゲオヤジ。
コーヒーカップを掲げ、真っ白い歯で僕に笑いかける。
「さあ、いらっしゃい!」







エントリ09  兄樹     越冬こあら


 兄ちゃんはバカです。体が弱くて、ウチベンケイで、セイセキも悪くて、中学に入ってからずっと、いじめられてて、二年になって、もっとひどくいじめられて、ある日の夕方、台所で首を吊りました。発見した母ちゃんが、すぐ救急車を呼んだので、一命はとりとめたのですが、コンスイ状態におちいりました。
 いろいろな先生にみてもらってもだめで、
「このまま植物状態が続くんですって」
 と母ちゃんは、泣きはらした顔で言いました。

 兄ちゃんが自殺をミスイしてから一年がたちました。
「いつまでも病院にいても仕方ないから……」
 と言ってある日、母ちゃんは兄ちゃんを連れて帰ってきました。兄ちゃんは植物状態がすっかり板について、大きな鉢の立派なカンヨウ植物になっていました。病院の人が三人がかりで、兄ちゃんを子供部屋の窓ぎわに運んでくれました。
「兄ちゃんを枯らさないように毎日、テキリョウの水をやらなきゃいけないよ。それは、あんたの仕事だからね。害虫なんかにも注意して、いいわね」
 母ちゃんは兄ちゃんの木肌をなぜてやりながらボクに言いました。それから毎朝、ボクは兄ちゃんに水をやり、いろんなことを話して聞かせました。もちろん、学校や友達のことは話さないよう、ハイリョしました。
 カンヨウ植物だと思っていた兄ちゃんは、春にはきれいな花をつけ、秋には小さな実がなりました。たくさんなった実は、血のように赤く、食べると兄ちゃんの味がしました。
「みんなにも食べさせてやろう」
 と母ちゃんが提案し、兄ちゃんをいじめた友達や見捨てた先生や文科省にも郵送しました。友達と先生と役人は、赤い実を食べて死にました。

 また春が来て、ボクも中学二年になりました。その朝、兄ちゃんはキョウイ的な成長をとげ、太い枝が窓から飛び出し、天に向かってまっすぐに伸びていました。
「立派になったねえ」
 母ちゃんは寝巻きのまま目を細めて、早速、おむすびをこしらえてボクに持たせてくれました。根元の辺りに足をかけると、兄ちゃんはボクが登りやすいように枝を出してくれました。ボクは、階段を上るみたいに、天まで届く兄ちゃんの枝を登りました。
 おむすびを食べ、夕方まで登り続けたら、雲の上に出ました。ボクは大男の古城を目指して、白い雲に降り立ちました。しかし、雲は水蒸気なので、そのまま落ちました。
 ボクがツイラク死したため、水のやり手がいなくなり、兄ちゃんは枯れて死にました。







エントリ10  ミラークルクル     太郎丸


 僕が学生の頃柔道をやっていて国体にも出た事があるという事をどこから聞きつけたのか、家の方角が同じ事もあって、ストーカーに付きまとわれているから一緒に帰って欲しいと、仕事終わりに一服している時に頼まれたのが彼女と共有の時間を持つようになった始めだった。
 僕はどちらかというと容姿には自信がない。人見知りもするし、女性が相手だと口数も少なくなる。そんな僕ではあったが、綺麗という言葉がぴったりくる彼女と並んで歩くというのは非常に勇気が必要だった。
 彼女いない歴が年齢に相当する僕は、自称彼氏募集中の彼女とはつりあうはずもなく、アッシー君としての役割に徹していたし、周りもそういう目で見ていた。
 ただ普段からファッションには関係ない生活をしていた僕は、彼女のために少しだけでも小奇麗になるよう鏡を見るようにはなった。

 本当にストーカーなんかいるのかと思い始めた頃、痩せて眼鏡をかけた神経質そうな男が僕達の前に立ち塞がった。
 彼女は僕の腕をきつく握り締め、背中に隠れた。
「美華。もう一度やり直そうよ」そういった男の目は僕の背中に隠れる彼女の名前を呼んだ。
 彼女の震えは、男を追い返して欲しいと言っていた。
「彼女は嫌がってるよ。別れたんだろ。もう帰り…」
 僕の言葉が終わる前に、男はナイフを僕に向かって衝いてきた。
 庇った僕の腕に突き立ったナイフは、彼女の悲鳴と男の逃げる足音と救急車のサイレンの大きさに比例して、僕に対する彼女の微かな好意を愛情にと変えていったようだ。
 そして僕達は正式に付き合うようになった。

 彼女の腕が僕に絡む。少しの緊張。
 僕達は弾むようなテンポで流れるクリスマスソングの中にいた。
 心を決めた僕の心は、静かに落ち着いていた。
 僕はポケットに手を入れた。
 僕は彼女を愛してる。いつも、いつまでも側にいると約束してくれた。
 だから、又やってきた男の胸に僕は取り出したナイフを衝き立てた。

 …一行戻って、再生しながら五行分の巻き戻し…

 僕は彼女を愛してる。いつも、いつまでも側にいると約束してくれた。
 僕はポケットに手を入れた。
 心を決めた僕の心は、静かに落ち着いていた。
 僕達は弾むようなテンポで流れるクリスマスソングの中にいた。
 彼女の腕が僕に絡む。少しの緊張。

 ポケットから出した指輪を照れくさそうに僕は彼女の指に嵌めた。
「一緒になってくれるかい?」そう問う僕に彼女は小さく頷いた。







エントリ11  コンピュータミュージック     るるるぶ☆どっぐちゃん


 真っ赤なリンゴの降り注ぐ、モナリザ・ロード。
 灰色のコンクリート壁に何枚、何十枚、何百枚と貼られたモナリザ。
 リンゴを齧り、歩き出す。
 白いドレスを着た女の子が泣いている。
 頭の潰された黒いヘビを持って泣いている。
 あたしは女の子の手を引いてモナリザ・ロードを歩いていく。
 街には広告。広告、広告、広告、広告、広告。マケドニア社の広告。ネオンサインの広告。マケドニアネオンサイン。月々二円で五億曲ダウンロード可能。
 一曲三分として時速二十曲。日速四百八十曲。月速一万五千曲。年速約十八万曲。
「お望みであれば」
 アレキサンドリアがひざまづいて言う。
「お望みであれば、あなた方の時空をゆがめる、時空をゆがめて、楽しくする、美しくする、そのようなサービスも提供できますが」
 クレオパトラが泣いている。ヘビを持って泣いている。
 アレキサンドリアはひざまづいたまま動かない。
 コンピュータに問いを入力する。十字架形のコンピュータ。作曲も作詞も作文も、昨今はコンピュータに演算させた方が早い。
「人は」
 イエス。
「人は、滅ぶべきなのか」
 イエス。
「人は、生きながらえるべきなのか」
 イエス。
「人は、どこまで生きなければいけないのか」
 イエス。
 キリンが死んでいる。長い首を横たえて死んでいる。
 爆弾で破壊された聖堂に、キリンの死体をなんとか運び込む。
 聖堂に行き着くまで、色々なものを手渡されていた。鍵、本、パスワード、詩、朝日、夕日、虹。そんなもので両手が一杯になる。
 突如視界が開ける。
 あたし達はビルの屋上に行き着いた。
 親しい友達や親、兄弟、親戚一同、ご近所一同、白いワンピースを着てあたし達に銃を向けている。
 銃弾が一斉に撃たれる。蜂の巣になる。血煙が舞う。視界の彼方では青空が綺麗で。虹が綺麗で。モナリザが綺麗で。ネオンサインが綺麗で。クレオパトラが綺麗で。
 落ちていく。ビルからあたしは落ちていく。
 足首にヘビが絡まる。
 逆さまに吊られるあたし。
 ヘビは頭を潰されているくせに変に動いて、変にカラダに絡まって、変に刺激して、変に溢れさせて、変に縛り付けて。
 逆さまの朝日。視界の全て綺麗で。イエス。イエス。イエス。イエス。コンピュータが答える。虹が綺麗で。モナリザが綺麗で。ネオンサインが綺麗で。クレオパトラが綺麗で。全て綺麗で。コンピュータミュージック。全ての音が綺麗で。全てがプログレッシブで。