第96回1000字小説バトル

01麦わら帽子くーろこ1000
02共同幻想紫生1000
03ロスト・ウーマン。21CB1000
04先生とわたしヨケマキル1000
05(作者の希望により掲載を終了いたしました)  
06癒着千希1000
07鞄屋ごんぱち1000
08越冬こあら1000
09クイクイッ君繋1000
10和子はタバスコをかけるとむOK1000
11世の中プレイ1000
12風鈴ぼんより1000
13冬の海に二匹るるるぶ☆どっぐちゃん1000
 
 ■バトル結果発表
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エントリ01  麦わら帽子     くーろこ


 僕はそのボロボロとなった麦わら帽子をかぶった。
「なんだか、よく似合ってる」
と古都子さんは優しく微笑んだ。
そして、
「じゃあ、準備は万全?」
僕は決意を込めて、
「うん」
と頷いた。
僕の周りには、手足のように分かれる十の道と、その一つ一つに、道の行き先について書いてあるボロボロの看板が立っていた。
「OK。まず一つめ。絶対にその麦らわら帽子を外さないこと。じゃないと、ヒマワリ草に食べられてしまうから」
古都子さんの顔は真剣そのもので、僕の麦わら帽子にそっと手を置いた。
「いい?」
「わかった。帽子は外さない」
僕は、頭の中にそれをメモするよう言った。
古都子さんは満足そうに頷くと、
「次に二つめ。ヒマワリ草が茂ってる草むらを抜けたら、その帽子は捨てなさい。でなければ、今度はジャッカルに食べられてしまう」
僕は思わず、
「どうして?」
「その帽子はヒマワリ草を遠ざけることができるけど。ジャッカルにはそれが逆に目印になってしまうのよ。だから絶対忘れちゃダメ」
僕は頭のメモにまた書き込みながら、
「帽子は外さない。ヒマワリ草の草むらを抜けたら帽子を捨てる」
と言った。
「上出来、上出来。じゃあこれが最後。いい?。これは今まで言ったことのどれよりも重要よ。絶対に後戻りしないこと。私のことは全部忘れなさい」
僕はこれまでと違って、すぐに頷くことができなかった。それはこの手足の分かれ道に来た時から分かっていたことなのに。
「う〜ん、やっぱり準備は万全じゃなかったか」
ふいに古都子さんは、ゆっくりと身をかがめると、
「あ……」
僕の頬にそっとくちづけをした。
そして立ち上がって、僕の背中に手をまわすと、
「麦わら帽子よ、満月の見える平原まで運びなさい」
指先でトンッと小突くように押した。
その瞬間。
僕は頭から、前に強くひっぱられるような力を感じる。
景色はすごい速さで流れ、体はふわふわと浮いているような感じだった。
僕はなんだかその感覚が不思議と心地よく、同じくらいにとても悲しかった。

いつの間にか、僕の目の前にはとても大きい、街灯のようにうっすらと輝く満月が浮かんでいた。
僕はしばらくの間、その満月を眺めていた。
「麦わら帽子を外さない。ヒマワリ草の草むらを抜けたら、帽子は捨てる。……後戻りは絶対しない」
僕はそう呟くと、麦わら帽子を深くかぶり直し、満月が浮かぶ方へと歩き始めた。

また僕は独りになったのだ。







エントリ02  共同幻想     紫生


 幼稚園バスはまだこない。

 凪子の口は相変わらずよく動いた。麻弓はいつものように愛想良く相づちを打ちながらも、内心ではイラついていた。
 凪子の話題の多くは夫や子供の愚痴に始まり親の病気や近所のゴッシップ、と聞いてもなんの足しにもならないような日常の瑣末で、あげくの果てに自身のいたらなさまでとうとうと語り麻弓の慰めや励ましを期待するという風だった。
 同じ主婦としてわからなくもないので親身になった時期もあったがこうも同じ愚痴や悩みのオンパレードではいいかげんうんざりしてくる。
 それでも本人とってそれらの悩みは重大な様子で、最近ではなにやら胡散臭い宗教にはまりだしたようなのが心配だった。
「…この間ね、先生のセミナーに参加したの。ホラ、前に言ってた、預言者の…。先生のお言葉を聞いているとなんだか優しい気分になれるのよね。そうそう、それでね、不思議なの。コインのついた紐を持たされて五十音を書いた紙の上にかざすでしょ、すると勝手にコインが動いて質問に答えてくれるの。ようはこっくりさんみたいなものなんだけど、私はぜんぜん動かしてもいないのに本当に動いちゃったのよ。あれは体験した人じゃないとわからないわね。うん、なんかすごいのよ。…また行ってみようかと思うんだけど、どう思う?」
 どうもこうも…、金銭の絡んだ神秘にまともなものはないでしょうが、と麻弓は思った。が、はっきり言えば角が立つので、やんわりと間をおくように提案した。それからこう付け足した。
「こっくりさんといえば、あれって集団ヒステリーの一種だって言うわよね。自分では動かしていないつもりでも、知らずに望む方向へ力を入れてしまうものらしいわよ。不思議の大半は、現象そのものよりも、それにかかわった人の心の方なのかもしれないね」
 ようするに内心では人の無知を笑っているのだと、凪子は思った。大卒の麻弓はそれを鼻にかけるわけではなかったが、時おり高みから見下ろすようなのが気にさわった。

 やっとバスが姿を現した。

 新米先生のユイは、お迎えのお母さん方から少し離れた場所に立っている二人の姿を認めると、怖いものでも見るように眉をしかめた。
 うわさでは、彼女たちの子供はもう三年も前にこの場所ではねられて亡くなったという。それでも毎日、ああして子供を迎えに来るのだ。

 子供を降ろしてバスはまた走り出した。

 見えない子供の手を引いて二人も帰ってゆく。







エントリ03  ロスト・ウーマン。     21CB


「すみません」

 急ブレーキがかかって、満員電車でよろけてしまった。後ろにいた中年オヤジの足を軽く踏んでしまった。不可抗力とはいえ、踏んでしまったのだから謝った。オヤジは軽く舌打をした。少し頭にきたけど我慢した。動き出した電車。それを待っていたかのように、私のお尻を触りだした。後ろを振り向いたら、あのオヤジがニヤリと笑った。体で返せって事・・・?ふざけるな。私は振り払おうとしたが、オヤジはしつこく手を出してきた。腹立たしい。私は、オヤジの手を抓った。「痛てっ!」当たり前だ。私は抓ったんだから。ざまぁみろ。

 電車を降りて会社に向かう。「おはようございます!」会社の後輩だ。若さだけが売りの後輩。将来は、旦那に食わせてもらうと宣言している後輩。腹立たしい。「先輩・・・?」小声で話し掛けてきた。「・・・あの・・・ストッキング・・・大きく電線しちゃってますよ・・・。」最悪。朝は何とも無かったのに。多分、あのオヤジとのやり取りだ。高かった矯正ストッキングなのに・・・。「この時間だと、コンビニにも寄れませんね・・・。私、替え持ってるから使います?」誰が、婿探しに会社に来ているような奴から施しを受けるもんか。「大丈夫。ロッカーにあると思うから・・・。」しかし、こんな時にかぎって替えは無い。本当にツイていない。

 トイレでストッキングを脱ぎ捨て、便座に腰掛けた。めざましテレビの占いは、9位だった事を思い出した。中途半端な運勢には、中途半端な災難が良く似合うって事?惨め過ぎる。ちょっと会社を抜け出し、コンビニでストッキングと赤マルを買った。こんな時、タバコでも吸わないとやってらんない。そう言えば、親からメールが来ていた。なんでも、幼馴染が3人目を産んだらしい。そして決り文句に「早くお前もいい人捕まえて・・・」とか「孫の顔が・・・」とか・・・。携帯なんて持たせるんじゃなかった。後悔。

 世間では、私みたいな女は、キャリアウーマンだとか、自立した女性、強い女だとか言うらしいけど、笑える。面白過ぎて涙が出てくる。でも、強い女ってのは賛成。だって、こんなに沢山の薬を飲んでも、私は死なないんだから。こんなに一杯の血を流しても、腕を切っても私は死なないんだから。

 夜、部屋で大量の錠剤と、ちょっと錆びたカッター。それを見つめていたら急に泣けてきた。上下スエットに身を包み、私は小さく体育座りをして泣いていた。







エントリ04  先生とわたし     ヨケマキル


料亭「あさ川」

「この前、庭いじりやってたの」
たわいのない会話をわたしが始めた。
先生から話を切り出すことはほとんど無い。
「雑草なんかを取っててね、ふと、つつじの幹のところを見たら、
ちっちゃい茅がびっしりと出てて…」
先生は興味のなさそうな顔をしているが、
いつもわたしの話をしっかりと聞いている。
「なんだか気味が悪いね」
「うん。で、それを鎌みたいなのでこそぎ落としてたら、
なんだかエロティックな気分になってきてね」
「ふーん。変わった趣味だけど君らしいなあ」
「で、そのつつじって、花が赤く染めたティッシュペーパーみたいでね。
見てると変な気分になる」
「花のことはまったくわからないんだ。ひまわりとチューリップとあさがおと…それくらいかな」
「道によく生えてるよ」
「ふーん」
自分の興味の無い分野の話をされた時の先生は、
目があっちこっちに動き出して、とてもかわいい。
そして次にとる行動は、自分の得意な分野に話をもっていくことだ。
「昔の有名な作家がやっぱり草むしりが趣味で」
「わたしは別に趣味ってわけじゃないけど」
「まあね。その作家はなんで草むしりが好きかって言うと、
頭が空っぽになるからなんだって」
「ふーん」
「手はせわしなく動いてるけど、頭は空っぽになって、
その時に色んな小説のアイデアが浮かんだりして、
その作家の名作も草むしりの時に出来たんだって」
「そうなんだ」
「でも君は草むしりながらなんかスケベな事を考えたんだね」
「わたしは小説とか書かないし、文章とか興味ないからね」
「立って」
「え?」
「立ってみて」
「はい」
「スカートのすそあげて」
「だれか来ないかな」
「来ないよ。いいから早く」
つつじの花は割と早く落ちる。
落ちた花を見てみたら、全体に白い斑点のようなものが出来ていて、
とても気持ち悪かった。
「恥ずかしいよ」
「いいから、もっと上まで」
「下着が見えちゃうよ」
「見えるところまでだよ」
「じゃあ最初っから下着を見せろって言えばいいのに…」
「やっぱり色は赤だったな。思った通りだ」
「もういい?」
「まだまだだって。いいながめだ」
先生は刺身の血の付いたつまをむしゃむしゃと食べていた。
「で、なんの話だったっけ」
「だからつつじの話」
「わかってるよ」
「これで先生が道ばたでつつじの花を見るたびに、
わたしのことを思い出すことになるんだね」
「いや、だからさっき言ったろ。
僕は花とかそういうもんはわからないんだよ。どれがどれだかね」







エントリ06  癒着     千希


 引き留めようと掴んだ手首に妙な感触を覚えた。
 思わず力を緩めたが、彼女は俯いて動く様子が無い。違和感の原因を求めて腕を引き寄せて裏返した。
 最初に網膜に飛び込んだのは鮮やかな血管の色だった。肌を這う青と緑の色。
 掴んだ手に感じる骨の感触、彼女の腕を形作る骨格は細く頼りない。それを包む筋肉組織も薄く遠慮がちにその上を覆っている。血液を運ぶ静脈と動脈はそこをしなやかに這う。皮膚は白い曇り硝子の様に血管の色を浮き立たせていた。その青い血管を皮膚越しに見つめているとくらりと目眩を感じた。皮一枚向こうにあるはずのその道筋なのに、どこか海の様に深いところにそれらがあるように錯覚する。軽い吐き気を覚えた。
 下を向いたままの彼女が軽く腕を引いた。掴んだ指がずれる。ずる、と何かが一緒に移動する。見るとそれは皮膚だった。薄く白い皮膚がもろく千切れて私の指に貼り付いている。先ほどの違和感の正体はこれだったのだ。
 皮膚が剥がれ一瞬白く見えたその下の組織はすぐに赤い血で満たされた。美しい、赤だ。雫が垂れて、手首を伝って床へ落ちた。彼女は痛がる様子も見せずにいたが、なおも血はふつふつと溢れていく。私はその赤い液体にそっと手を触れた。温度は感じない。指先を口に含む。無意識的に期待していたのは熟した果実の様な甘味だったのに、舌が感じたのは何のこともない鉄の苦味だった。おかしな話だ。こんなに美しい赤色の液体なのに。それを宿す彼女はこんなにも美しいのに。
 彼女は血を流し続ける腕をだらりと下げて、無言のままぼんやりと私を見上げていた。黒い髪に覗く銀のピアスが綺麗に光る。その細く小さな身体がたまらなく愛おしく思えて、私は彼女を抱きすくめた。髪のかすかな香りと身体の柔らかな感触、温かさに泣きたくなった。こんなにも、こんなにも愛しいのに。こんなにも、近いところにいるのに私の身体は彼女の体温しか感じられない。彼女の心すらも、わからない。どんなに強く抱き締めても、どうしようもなく彼女と違う生き物である自分へ絶望しそうになる。
 ふと抱き締めた腕が彼女から離れなくなっているのに気づいた。見れば彼女の裸の、白い背中と私の腕の境目が曖昧になっている。
 そうか、柔らかくなっていたのか、それで皮膚が剥がれたのかと妙なところで得心した。私は少しずつ、彼女に溶かされていく。私はまた強く彼女を抱き締める。もう境目は、わからない。







エントリ07  鞄屋     ごんぱち


「すみません、鞄下さい」
「はい、バトルアニメ鞄に、サスペンス鞄、ホラー鞄に熊倉一雄のかばん、それからゲーム鞄がございますが」
「熊倉一雄?」
「バトルアニメの鞄は、武器弾薬が入っています。一人では使い切れない量と、使いこなせない感じの多様な武器が詰まっており、実際のとこ全部は使わないのが特徴です」
「い、いや、武器は別にいらないです」
「生きた鎧みたいなものが入っているタイプもありますが? 霊も付いててお得ですよ」
「霊とか信じない方なんで。ついで言うと、それは漫画鞄じゃなのか?」
「いえ、OVAがありました」
「そうだっけ」
「サスペンス鞄はどうですか? 当たると大きいですよ」
「当たる?」
「ええ、当たりの場合は、数千万円って額の大量の札束が入っています」
「札束? 宝くじみたいだな」
「まあ、端っこに血とか付いてる事ありますが」
「血かよ! 何かあるよ、危ないよ!」
「そしてハズレの場合は、『運びやすく』なった人間が――」
「わーー、わーーー、わーーーー!」
「お気に召しませんか?」
「召さないよ!」
「ではホラー鞄なら」
「また同じもんが入ってるんだろ、そうだろ、あ?」
「いえ、見た目は似てますが、たまに動いたり飛び出したり噛み付いたりします」
「もっと怖いよ! 却下だ、却下!」
「だとするとゲーム鞄ですかね」
「ゲーム?」
「スタンドアロンFF鞄と、ドラクエ鞄、それにトルネコ鞄ってのがあります」
「後ろ二つは別ものなのか?」
「大体入る量は近いです。ドラクエ鞄は死んでもお金が半分になるだけで中身がなくなりませんが、トルネコ鞄は空っぽになります」
「……いや、死なないから」
「スタンドアロンFF鞄の場合は、薬品を九十九個スタックしたものが入りますが――」
「重っ!」
「勇者的な筋力を持っていない限り、多分持ち上がりません。それから共通しているところですが」
「何が共通だって?」
「服とか武器とかの類は、装備している時も鞄の中に入っている扱いになります」
「……入ってるのか出てるのかどっちだ!」
「お気に召しませんか?」
「どこに召す要素があるのか、激しく問い詰めたいよ!」
「じゃ、エースのビジネスバッグでも出しときましょうか」
「え? 普通の鞄?」
「ほら、前面のポケットがファスナーでばっくり全部開くんです。これで、底の方にあるものも簡単に取り出せます」」
「……あ、あの、熊倉一雄ってのは?」
「税込み一万円です」
「熊倉……その、一雄」







エントリ08       越冬こあら


 黄昏、バイオリンの音が止みました。
「あら、お父様こんな所に糸屑が」
 長患いの父親を見舞った正直者の娘は、父親の耳元に純白の糸屑を見つけ、慰めに弾いていたバイオリンを脇に置きました。取り払おうとすると糸屑は、不思議なことにしゅるしゅると延びるのでした。見ると糸は父親の耳穴から出てくるのでした。
「おやおや、これはまた、どうしたことでしょう」
 娘は驚いて糸を曳きました。曳かれると糸は、次々と出てくるのでした。
「いったいどうしたんだい、娘や」
 静かになった部屋の様子を見にきた小さな母親が、娘のあわてぶりに声をかけました。
「だってお母様、この糸が……この糸が」
 娘は取り乱しつつ、事の次第を説明しました。
「あらあら、可笑しいねえ、どうなっているのかねえ」
 言いつつ、母親は父親の反対側の耳にも同様な糸屑を見つけ、これを曳きました。
 しゅるしゅるしゅるしゅる、小気味良い音を立てて、糸はどんどん延びていきました。
 くるくるくるくる、母と娘は近くにあったボール紙を芯にして、出てきた純白の糸を巻き取りました。
 けらけらけらけら、なんとなく楽しげな気分になってきた母と娘は、高い声で笑いつつ、純白の糸を巻き取っていったのでした。

 母と娘は一晩中、糸を曳いて、巻き続けました。
「娘や、こんなに綺麗な糸だもの、街の市場に持っていけばきっと、高い値で売れるよ」
 娘は糸を抱えて山を下り、麓の街の市場でこれらを売り捌きました。糸はとても良い値が付き、母と娘はたいそう儲けました。

 しゅるしゅる、くるくる、けらけら。

「何故ですかねえ、お父様は、ひどく体力を消耗されています。ここらがヤマかも知れません」
 往診に来た老医師は、沈痛な面持ちで伝えました。母と娘はたいそう悲しみましたが、糸を曳く喜びと、儲けには勝てず、医者が帰るとまた、糸を曳いてしまうのでした。

『……お前の奏でるバイオリンの美しい調べと、親を思う美しい気持ちに感動した神様が御褒美に出してくれた糸なのだよ。茹でれば、食べることも出来るんだ……』
 結局(お約束の)辻褄合わせの科白を語るタイミングを逸してしまった父親は、心の中で反復練習しつつ、息を引き取りました。

 葬式の夜、最後に残った糸ふた玉を茹で、母と娘はラーメンにして啜りました。
「この糸、お父様の脳が出てきていたのね」
 娘は感慨深く、呟きました。
「なぜだい」
「だって、脳だけに、味噌味なんだもの」







エントリ09  クイクイッ     君繋


 そう、左手をひかれて目が覚めた。
 鼻と口を塞いで息を吐き、頭の中の小人に風を送って起こしてやるが、驚いて足をつったらしい。みたいな頭痛がする中で、目の端に映った赤い線をたどると、ベットの下に彼女が落ちていた。その向こうのテーブルの上に鬱蒼と生い茂る空き缶の群を見とめて、そか、昨日は二人で飲んで、ふざけて小指を結んだのだ。そういえば先っぽが、何か痺れてる。
 空き缶ジャングルを掻き分けてリモコンを発掘し、音量を絞ったテレビで予報を見た。我々の住む地域は雨/晴。陽と傘はスラッシュで隔てられていて、彼らはこの四角い箱の上では巡り会えない宿命だね。

 回復した小人が最初に下した指令はオシッコだった。
 落ちた彼女はバック・トゥ・ザ・フューチャーのマイケル・J・フォックスみたいな格好になっていたけれど、まだ起きてくれそうにない。小人がジャングルの中にポカリのペットボトルを見つけた。空だ。起きてもらおう。
「ねぇ、ちょっと起きて、こっちに来てくれないか」
 開いた口から糸を引いて身体を起す彼女を連れてトイレへ向かった。僕は慎重に、注意深く、線を挿んで扉を閉め、用事に取り掛かった。準備が整うと、僕はまた左手をひかれた。
「朝から何やってんだろね、私たち」くすくす。
 彼女の小人は今日最初に彼女を笑わせた。
「ねぇ、オシッコかけないでよ」
「僕のテクをなめるなって」
 全ての用事を右手だけで済ませる間、僕の小指は何度もひかれた。クイクイッ。クスクス。
「あ、次私入るね」
 僕が用事を済ませて出てくると、今度は彼女が代わりに中に入った。すれ違うとき、彼女はまた大きく吹き出して、それから我々はもう一度注意深く線を挿み、扉を閉めた。

 でも今日、彼女はある出来事のせいでひどく怒り、部屋を出て行った。
 僕が線を味噌汁に引っ掛けたのだ。
 こういう時どうしたらいいか、僕も小人も見当が付かなくなるんだ。小指の先に血の気が戻る。

 駅前のクリーニング屋は困った顔をして僕に尋ねた。
「これはとても大事なもの?」
「そうです。とても」
 やれやれ、という顔で彼は線を受け取った。
「出来たらここに電話して欲しいんです」
 僕は彼女の電話番号を書いたメモを差し出した。
「これはどこに繋がっているの?」
「小指ですよ」
「まぁ、そうだろうね」やれやれ。
 それから僕は傘を開き、時々小指を曲げたりしながら彼女を待っている。
 雨は、もう止んでいたけれど。







エントリ10  和子はタバスコをかける     とむOK


 和子はタバスコをかける。和子はタバスコのビンを振る。赤い水滴が幾つもいくつも湯気の立つ円形のピザに飛んでいる。僕は聞き返す。和子はタバスコのビンを振る。もともとトマト色だったピザの上にぼとぼとと半透明の朱色が飛び散る。あなたキイテルノ。和子の低い声がした。顔を上げると唇はもう閉じていた。あなた聞いてるの。描き忘れた眉の上から狭い額にかけて三本の皺が刻まれている。
 由希を連れて出て行った朝、それは何本あっただろうか。思い出せない。今目の前にいる和子以外の和子を思い出せない。八月の午後に直径二十八センチのピザを頼み、タバスコをたっぷりかけて食べる暑苦しい女だったかどうかも思い出せない。押し黙った僕と三本の皺はそうして数万年も対峙する。
 その間も和子はピザの切れ端を口に運ぶ。時々真っ黒なアイスコーヒーの入ったグラスに口をつけ、また次のピザを掴む。細い指も薄い唇もピザソースとオリーブ油に濡れて光っている。チーズとタバスコの匂いに僕は顔をそむける。げははは。窓際の席で白い夏服の少女二人がけたたましく笑う。太陽が眩しすぎて表情は見えない。窓はとても遠くて、声だけが耳元で煩く反響する。げははは。
 そうして和子がすっかり飲み込んでしまう間、僕は無言で彼女の前にいる。あるいは僕が黙って彼女の前にいる間に、彼女はすっかり飲み込んでしまう。おかげで僕が口を開くこともないままに、和子は口を開くことをやめてしまう。僕らの間には空になったピザの皿が残る。空になった皿の端に、和子が口を拭った紙ナプキンが盛りつけられている。いつからこういうことになったのだろう。和子がバッグからハンカチを取り出して目元にあてる。三本の皺がハンカチに押されて頼りなげに寄り添った。げははは。窓から射す光は底抜けに暑く、皿に残ったタバスコとチーズとピザソースとオリーブ油が不規則な縞模様に乾いてゆく。
 テーブルに置かれたハンカチは、淡いピンク色の角をひとつだけ折ってアイスコーヒーのグラスに寄りかかる。汗か何かに濡れて、ファンデーションが目元からそこに移っている。ハンカチは結婚記念日に僕がプレゼントしたものだ。それが何回目の記念日だったかは思い出せない。グラスの中に消えてしまいそうな氷が二つ、融けた水とコーヒーの境界線上に浮かんでいる。すっかり大きくなった雫が表面を伝ってハンカチに吸い込まれる。幾つもいくつも吸い込まれる。







エントリ11  世の中プレイ     葱


 Tシャツの襟元を広げて、手でパタパタ扇ぐ彼女の胸元が気にならないと言ったら嘘になる。裏事務所の雰囲気は湿気て重い。
「勘弁してよ。おっさん。暑いし、マジで」
 扇風機は回してる、と弁解するもなぜ相手の方が堂々としているのかに不条理を覚える。名を聞くと、マイコ、年は22と答えたがとてもそうは思えない。どう控えめに見ても高校生ほどである。
「え、あんた23? マジで? そっちの方が詐欺」
 自宅の連絡先を聞くが、適当にはぐらかして答えない。
 警察沙汰も面倒である。

 店内に流れる有線放送、喧しい電子音、金属玉のぶつかり合う音、22番台ラッキースタート、おめでとうございまあす、スピーカーを通した自分の声も嫌いだ。が、自分はバイトのリーダーだったりする。
 マイコは昼間、明らかに慣れない様子で店に入ってきた。自分で見たわけではないが、バイト仲間からインカムでそう聞いたのだ。札の崩し方も分からず、カウンターにわざわざ、しかも二千円だけ換金しに来たらしい。リーダーたる自分が応対するのは筋だが、その筋の人よりも、自分は女性が苦手だときている。

「じゃあさ、あんたの番号教えてくれたら、こっちからかけるからさ」
 わからない。こいつに限らず女の言うことは。とりあえず、店を追い返す。未成年はダメだと決めつけて言い含めて。
 マイコは、はあいと返事をして笑顔で店を去った。

 自分が信じられない。たまの休みの平日に、やはり中学生だったマイコと喫茶室でお茶などと。これは一言説教でも打たなければ。
「おっさん、これ、おごりなんだろな」
 笑いかける彼女に、当然だ、と答えようとして、そういう言葉使いはやめなさい、と言い直す。
「お前もな」
 自分は動じず、理路整然と言葉を返す。言葉遣いが悪いと、悪い友達が集まる。悪い友達はいづれ悪い業界とつながり、悪い業界とつながった友人ともし恋人関係になれば、君は不幸になる、と。
「あんたが恋人みたいな言い方」
 おっと、コーヒーがこぼれてしまった。自分は冷静に店員を呼び、そういう事ではないと、彼女の発言を訂正……できなかった。なぜ学校に行かないのか、を聞いた。
「意味が分からないから」
 僕は生きるのに意味などないと、言った。プレイだと思え、学校プレイ、仕事プレイ、全ては世の中プレイだ。自分で選んで、意味は他人が決めるのだ。
「じゃあ、無職プレイにする」
 笑う彼女に僕は意味を感じる。しかしだ!







エントリ12  風鈴     ぼんより


 ひんやりと冷たいカフェオレと、淡いピンクのワンピースがよく似合う少女。
 少女は麦藁帽子をかぶって、小さな木の下で木漏れ陽を浴びながらとても綺麗な色をした絵本を読んでいる。少女の手に余るほどの大きな絵本。絵本に夢中になっても時折カフェオレをすすり、時折目をこすり、時折やんわりと微笑み、風で小さな木が音を立てれば麦藁帽子を抑えたりした。小さな木には、陽光を受け眩しく反射している丸い実がたくさん生っている。
 丸い実は滑らかで透明なものや白や青や紫や虹色の鮮やかな姿をしていて、次々と美しい風鈴となっていった。風鈴は重たそうに上下に揺れる枝に吊るされて、少女は絵本を一枚めくる。

 チリリン、チリン、チリン。

 少女は絵本を一枚めくる。

 チリン、チリリリリ、チリチリン。

 少女は絵本を一枚めくる。

 チン、チリン、チリン。

 風鈴が織り成す穏やかな音色に、小さな木を見上げる少女。絵本を閉じて瞳も閉じて、昔日を思い出す。小さな木がもっともっと小さかった頃、少女は真っ赤なネックレスをしていた。薄くではあったが、口紅もしていた。繊細で長い睫に潤った瞳。華奢で折れそうな白く美しい手足、指、爪。その姿は少女の母にとてもそっくりで、まさに生き写しそのものであった。そして少女は母が大好きだった。
 雨の日に優しいキスを何度もしてもらった。しっとりと濡れていた母の艶がかった長い髪の毛に心臓の鼓動を早めながら、少女は母の両手で頬を静かに支えてもらい、その額に寵愛を受け続けていた。母の柔らかな唇の感触に、少女は顔を赤らめる。母は少女に微笑む。少女は母に包まれる。愛しい。愛しい。愛しい。
 愛しい、あの雨の日の優しいキス。
 少女は、母が大好きで大好きでたまらなかった。
 
 ……チリン、チリ、チン。

 風鈴の音色は少女の母の記憶を少しずつ、だが確実に少女の中に手繰り寄せる。いつの頃だったか、まだ暑い暑い真夏の日だったような気がする、ほんのりと淡い記憶。色褪せることのない愛の記憶。あれからどれだけの時を過ごしてきたのだろうか、母はもういない。
 少女の頬に一筋の雫が伝った。

 チリン、チリン、チリン……。

 長く弱々しい風が小さな木を大事そうに揺らしている。風鈴は相も変わらず涼しげに鳴り続け、少女は絵本に視線を戻した。絵本に挿んだ栞は、物語の終盤に佇んでいる。押し花の鮮やかな栞。少女はその栞を頼りに、再び絵本を読み始めた。







エントリ13  冬の海に二匹     るるるぶ☆どっぐちゃん


 偽宝石屋は行為の最中良く喋った。今年はいろいろ起こったな。人類史上初の核の打ち合いが起こったり、全自動作曲ソフトで作られた曲がようやくヒットチャートで一位にもなった。
「半導体チップの最適設計なんかだともうずっと前から人間では出来なくて、コンピュータにやらせていたけれど、作曲ソフトの方が難しかったんだな。音階なんてたった12個しかないんだが」
 ネ子は黙って聞いていた。気持ち良くてそれどころでは無いのだった。セックスが大好きだった。下半身がびくびくと波打っていた。おまんこがとろとろになっていた。
「ネ子は良い子だね。ほら、これで足りるかい」
 行為が終わると偽宝石屋は金と、そして古いギターを渡す。ネ子は何か楽器が欲しいと言っていた。そんなことを忘れていたネ子は、裸のままぼんやりとギターを受け取る。
「ネ子はかわいいね。あとはネ子に男性器さえあれば完璧なのにね」
「ねえ、これどうやって弾くの」
「好きに弾けば良いんだよ」


「ねえ、これどうやって弾くの」
「好きに弾けば良いのよ」
「ふうん」
 砂浜に、ネ子とコーギーは並んで座った。冬の海はまだ凍っていて、風は冷たかった。皆楽しそうに海の上を歩いたり、走り回ったりしていた。
「どう、格好良い?」
 コーギーは立ち上がってギターを構えた。
「格好良い、格好良い」
 コーギーは元ダンサーで、王子様のように美しかった。それで女装して客を取るものだから、とても人気があった。今は男の方が好き者の間では流行っていて、女よりもずっと儲かる。
 コーギーはよろよろと踊った。数年前に事故で足を痛めていた。コーギーはくるくると回った。何度も転んだ。転びながら、コーギーは踊った。踊る。踊る。
「格好良いよ、とても」
「足の怪我は、事故じゃ無いんだよ」
 立ち上がりながら、唐突にコーギーは言った。
「事故じゃないんだ。自分で切った。ナイフで切った。何度も切った」
 遠くから音楽が聞こえる。拙い生バンドの演奏を、皆楽しそうに聴いている。
「でももうすぐ治る。僕の足は、もうすぐ治る。どうしようね」
「コーギー」
「僕はまだ27だからね。あと30年は生きる。ねえ、ギターは、どうやって、弾くんだい。どうやって、弾くんだい」
「好きに弾けば良いのだって。好きに弾いてよコーギー」
 コーギーはギターを弾く。ばちんと音を立てて弦が切れる。二人は笑い転げた。遠くでは音楽。皆が歌っている。楽しそうに歌っている。