Entry2
球場事情
ごんぱち
「……何、持ち込み禁止?」
四谷京作は、球場係員に聞き返す。四谷は、初老で、白髪のチョビヒゲを生やしている。
「はい、申し訳ございませんが」
係員は深々と頭を下げる。
「だが、妻が腕によりをかけて作った弁当なのだが」
「申し訳ございません、球場内で召し上がるものは球場内の売店でお買い求め下さい。そうでないものは手作り、既製品関わらず、こちらにお預け戴くか、球場外でお召し上がり下さい。売店の売り上げも大事な球団の収入源ですので、ご協力をお願い致します」
球場の係員は、深々と頭を下げる。
「……ふむ、分からなくもない。郷に入りては郷に従え、預けよう」
四谷はチョビヒゲを撫でる。
「千早」
「はい、あなた」
妻の千早が、風呂敷に包まれた重箱入りの手作り弁当を、傍らの預かり品用テーブルに置く。
「ご協力感謝いたします」
「では、菓子類もですかな? 口寂しい時に備えて、チョコレートを常に持ち歩いているのだが」
アーモンドチョコの箱を開ける。残っていた二粒が、転がって箱の隅に寄った。
「はい、お預け下さい」
「麦茶はどうだね」
四谷はバッグから小ぶりの魔法瓶を出す。
「飲み物につきましては、自動販売機か売店でお買い求め下さい」
係員が自動販売機を指し示す。
「ふむ、とすると、売っていて口に入れそうなものは全て確認する必要がありそうですな」
「基本的にはそう考えていただければ」
四谷は自分のバッグの中を漁る。
「では、ガムはどうだろう。シュガーレスなのだが」
「お預け下さい」
「薬はどうだね? 食後薬があるのだが」
四谷は白い紙袋に入った錠剤を見せる。
「ええと、それはお持ちになって結構でございます――」
スタジアム内に、打球音と声援と応援の鳴り物の音が響きわたる。
「――なあ、千早」
オペラグラスを覗いていた四谷が、ぽつりと呟く。
「なんですか」
「フリスクと歯磨きガムと胃腸薬とのどぬーるスプレーだけだと、あんまり野球観戦も楽しくないな」
「そうかしら」
千早はフリスクを噛み砕く。
「あの……千早」
「何です、京作さん」
「諦めて、何か買わんか? さもなきゃ、預けたとこ行って食べるとか……」
「あー、のどぬーる甘くておいしー! すげーおいしー! あたしの作った弁当の次においしー! そして椅子から立つのめんどい! 一度立ったらもう座りに戻って来るのは絶対嫌なぐらいめんどい!」
「……オレ、悪くないだろ、オレは悪くないだろーがよぉ」