Entry1
カレーの王子様、または西条ナンの物語第●幕
ヤマモト
例えば私がルー小柴の想い人ライ・スーだったとして、生まれ持った容姿や星の巡りに定められた相性なぞで彼の愛を手に入れた所で満足出来ないだろう事は想像に難くなく、だからといってこの熱い想いは成就されるべく私の中に在るのであって、つまり私は私のまま彼に愛されたい。故に私は彼を追って、「ガラム博士の脳内」という危険で奇妙で非日常でありながら全世界的な舞台装置の中へ身を投げたのであった。ナン西条inガラムズブレイン。バッターゼァプレイスイズジエンドオブザワールド!
幾多の罠をかい潜る。かい潜ってかい潜ってかい潜った先にまた罠がありそれを抜けて初めて本当の意味での最初の罠にぶち当たる。そんな事を繰り返し、私がしているのは前進か後退か、探索か逃亡か、判らなくなる事によって出現する更なる謎を解き明かす事で得られる筈の「彼に近付いている」という実感が全く沸かず、むしろ遠ざけているような感覚。その感覚が巨大な熊という実体を持って私の前に現われた時、その愉快な音楽は聞こえて来たのだった。ガラム脳内に入って三日、或いは三十日、若しくは三年の月日が流れた満月の夜である。
先ずはヴァイオリンのイントロ、被るアコーディオン、何人かの手拍子がリズムを刻んで遂に彼、ルー小柴の叫びが響く。
アイマプリンスオブカリー! ダーララララ、ダーララララ、ダーララララ、ダーララララィア!
広場は昼間のような明るさで、楽器を持った人で溢れている。年季の入った愉快なオーケストラ、ジプシーの楽隊がプリンスオブカリールー小柴を称えているのだと私には判る。物語の登場人物として瞬時に、迅速に理解する。芸術的で扇情的で胸踊る音楽で彼は歌う。ハーディハ、ハーディハ、ハーディハ、ホー! アイマプリンスオブカリー!
ワナワナと巨大な熊もその体を震わせ感動している。そして私にはその心が判る。ゴー、西条ナン、ゴー。私は熊に一つ頷いてライトに照らされた舞台中央へ躍り出る。
ダーララ………彼の歌が止まり楽隊の音楽が止まり、私はキッと立ち尽くしている。彼が驚いた顔で問う。どうしてここに?
私は軽く息を吸うと渾身の台詞を叫んだ。
「だって、会いたかったから!」
彼は無言で近付いて、そのまま力一杯キックした。私は舞台から蹴り落とされ、ギャハハと笑った楽隊は音楽を再開する。
着地した私は次の場面に向かうべく、ヒールを鳴らして楽屋に戻るのだった。