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1000字小説バトル

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1000字小説バトル【Rosso】stage2
第16回バトル 作品

参加作品一覧

(2009年 6月)
文字数
1
夏川龍治
971
2
1000
3
ごんぱち
1000

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Entry1
迷探偵登場
夏川龍治

 一人の男がその部屋のドアをノックした。
「よくいらっしゃいましたね」
 男がドアを開けると、やさぐれた印象の老人が皮肉めいた微笑とともに言った。
「ホームズさんですよね」
「ええ、そうですが」
 にこりともせずに、ホームズはこたえた。
「最近、妻の様子がおかしいのです」
「どんなふうにおかしいのですかい」
「妻は昔は薄味の料理が好きだったはずなのに、近頃は味の濃い料理ばかりを出すようになりました。そのくせ、自分はこれまでと変わらず薄味の料理を食べているのです」
「奥さんの異変というのはそれだけですか」
「他にもまだあります。妻が休日に出かける回数が増えたり、私に対する態度もどこかよそよそしくなったり……。それに昨日などは、真夜中にたった一人で包丁を研いでいたんですよ。その不気味さと言ったら! ねえ、ホームズさん。あなたのその天才的な頭脳を使って、妻の異変の原因をつきとめていただけませんか」
「わかりました。あなたのご期待に添うべく、精一杯の努力をいたしましょう。それで、早速報酬の話ですが……」
 (報酬)という言葉を口にした途端、それまで沈みきっていたホームズの眼がにわかに鈍い光を帯びはじめた。
「今回は多少複雑なご依頼ですから、このぐらいはいただきましょうか」
 提示された金額の膨大さに、男はにわかに青ざめ、そして次の瞬間には頬を深紅に染めた。
「一度に払えないなら、一定の金額を毎月お支払いいただくという手もありますよ」
「分割払いということですか」
「まあ、そういうことですね。私も人の子です。そのくらいの寛大さは持っていますよ。ただし、一度でも返済が滞ったり、全額返し終える見込みが絶たれたりした場合には、あなたの胸の肉をきっかり一斤ちょうだいいたしますが、それでもよろしいかな」
 平然と発せられた冷徹な一言に、男は驚愕した。
「それじゃあまるで、悪徳商人だ!」
 男がやっとの思いで発した言葉は、ホームズの残忍な含み笑いの前にあっけなくかき消された。
「あなたは誰もが尊敬する天下の名探偵、シャーロック・ホームズではないのですか!」
「シャーロック・ホームズ? 誰です、それ」
「じゃあ、あなたは誰なのです」
 ホームズは待ちかねたとばかりに立ちあがり、大げさなほどに陰険な表情を浮かべて、叫んだ。
「俺は、泣く子も黙る天才探偵、シャイロック・ホームズ様だ!」

迷探偵登場 夏川龍治

Entry2
免疫

「結婚する前からの病気だったに違いない。あの子はだまされたんだよ。私は結婚させるには早いと思ったんだけどねぇ。あの子が自分で決めてしまったから……」
 祖母のつぶやきをそばで聞きながら、そんな話を私にするのかと怒りと哀しさでいっぱいになったのは小学生の時だった。
 
 母方の祖父は母が小学生の時に亡くなっていた。
 祖母はそのせいもあってフットワークが軽く、よく東京に出てきて家に2週間ほど滞在して帰っていくことがあった。
 
 祖母は若い頃、東京に出てきて女優さんの家の女中をしていたことや、女優にならないかと誘われたことがあること、東京で空襲にあった時は濡らした布団をかぶって逃げたことなど、良いことも悪いことも含めて昔の話をしてくれた。
 
 しかし、祖母自身の結婚についての話は一度も聞いたことがない。

 その時も母の帰りを祖母とふたりで待っている薄暗い夕方のことだった。 私は祖母のそばで本を読んでいたのだが、祖母が私に話しかけるようにつぶやき始めたので、本から顔を上げ、祖母を見た。
 どうやら母のすぐ上の伯父の家庭のことを言っているようだ。
 その伯父には私より年下の従姉妹の姉妹がいて、そして、伯父の奥さんは身体が丈夫ではなかったようだ。母からおばさんが入院した、通院している、調子が良くないという話を聞いたことがあった。
「心臓が悪いのかしらね。むくみがあるみたいで……」と母が言うのを聞いた私は、あまり会ったことのないおばさんに親近感を持っていた。

 祖母はつぶやき続ける。
「あの子は嫁にだまされたんだ。結婚する時は病気だなんて言わなかった」
 私は祖母に言った。
「最初は元気だったって聞いたよ」
 祖母は暗い表情でつぶやき続ける。
「違う、だまされたんだ」

 私は祖母のつぶやきを無視するしかないと思って、背中を向けた。

 息子の嫁であるおばさんを悪いと決めつける祖母への怒り。
 なぜ、その話を、あなたの孫であり、生まれつき心臓病であるこの私にするのかという戸惑いと怒り。
 
 そして、将来、私が結婚する時には夫ととなる人の母親や家族にそう思われることもあるのだという恐怖と哀しみが入り混じり、私の心はぐちゃぐちゃになった。

 祖母にも母にもそのことは言わなかった。

 でも、そういう経験の積み重ねが私の心に免疫をつけてくれたのかもしれない。
 受験でも、就職でも、結婚でも、私の心臓病が問題になることは事実だったから。

Entry3
かづくやかづかざるや
ごんぱち

 昔、とても気だての良く、美しい姫がいました。
 けれど、その母親は病に伏せっていました。
 ある日の事。
「姫や、姫や」
「なんでございますか、母上様。お水ですか? それともお身体を拭きましょうか?」
 姫はすぐやって来て、優しく尋ねました。
「今、夢枕に観音様が現れたのです」
「まあ、そうなのですか、ご病気が治る前触れかも知れませんね」
「いいえ」
 穏やかに母親は微笑みます。
「私の病はもう治らず、近いうちに往生するそうです」
「嫌です、母上様とお別れするのは、嫌です!」
 姫は涙をこぼし、泣き始めます。
「仕方のないことです」
「でも……」
「命の長さは定まっているものです、聞き分けなさい」
「……は、い」
 しゃくり上げながらも、姫は頷きます。涙に濡れても、その美しさに陰りはありません。
「姫や、鉢を持って来なさい」
「鉢、ですか?」
「一番大きな鉢、そう、丁度お前の頭にすっぽりかぶれるぐらいのものが良いです」
 不思議そうな顔をしながらも、姫は鉢を持って来ます。
「何をされるのですか?」
「これを――」
 鉢を受けとった母親は、言いかけて、ふと口ごもります。
 母親が夢の中で聞いた観音様のお告げというのは、こうでした。
『姫に苦労をさせたくなければ、頭に鉢をかぶせよ』
 けれど、姫の首と比べ、なんと鉢は大きく重い事か。頭に鉢をかぶせては、そのまま首が折れてしまいそうです。
 姫は母親の言いつけをしっかり守りますから、鉢を被れと言えば、どんなに辛くても被り続けるに違いありません。
 母親が生きていれば、鉢をやはり外しなさいとも言えますが、死んでしまえば誰が止めさせる事が出来るでしょう。
 姫はまだ幼いですが、気だてが良く聡明で美しく、どこに出しても恥ずかしくない育ち方をしています。このままでも人に好かれ、良い働きをするに違いありません。
 母親は鉢を見ながらじっくり考えました。
「母上様?」
「……ここからは庭が見えないから、この鉢に水を張って、花を散らしておくれ」
「はい!」

 浄土の蓮の花の間から、お釈迦様と観音様が地上をご覧になっています。
「おや、あの母親、鉢を被せなかったね。良いのかい?」
 お釈迦様は、静かに呟きます。
「お釈迦様もお人が悪い」
 観音様は微笑みます。
「私が感じ入ったのは、信心ではなく互いを思う母娘の気持ち。鉢一つ被せようと被せまいと、幸せになるようにしてあります」
 蓮の花は色鮮やかに咲き誇っていました。