Entry1
少女の第二ボタン
萩生あき
俺は普通の人間で幽霊を見る体質ではない。見たいと思う事はあったけど怖いから、強く願う事はなかった。
だけどついに見たんだ。その幽霊ってやつを。
少し前に俺は地元の高校を卒業した。
体が思うように成長しなかったので、新調する事が無かった学ランを――まぁ捨てるのも三年間の思い出を消すようで嫌だったからクリーニングに出した。どうせなら卒業アルバムと一緒にクローゼットに入れておこうと思ったんだ。
クリーニングから学ランが戻ってきて、自室の壁へとそれを掛けた。すぐにクローゼットへとしまわなかったのは、単に面倒くさかったからだ。
その日の夜。ベッドに潜り込んでみたはいいが部屋の空気が重たくて、息が苦しくて、どうにも寝つけない。
しばらくもぞもぞと布団の中で動いていると急に『キーン』と耳鳴りがして、体が硬直した。
まずい、金縛りだ!
そう思うも、金縛り体験は初めてだし、どうすればいいのか全く分からなかった。なんとか状況を打開しようと試みても、体は動かないし声も出せない。
耳鳴りが終わると、次にビニールが擦れる音が聞こえてきた。
恐怖はあったけどその音がどうしても気になって、音が聞こえる方向――学ランをかけている壁に、体は動かないので視線だけを向けた。
……幽霊って足があるんだな。
そこには小さな――多分中学生くらいだろうか、セーラー服の女の子がいた。その体躯は向こう側が透き通っているようにも、ただ薄く輝いているようにも見える。その少女のおさげが、ビニールの擦れる音とともに幽かに揺れる。
学ランをどうにかするつもりか?
俺は少女の必死な様子がどうも愛らしく見えて、もどかしくて、じれったかった。
「ビニール、破こうか?」
金縛りで声が出なかったはずなのに、その言葉はすんなり発音できた。俺の声にその幽霊は肩をピクンと震わせ、二つのおさげが逆立った。
少女は恐る恐る――というか怖いのはこっちの方だ――俺に振り向こうとし、その顔が全部見える前に少女は文字通り消えてしまった。
――一体、何がしたかったのだろう?
次の日の朝。壁に掛けてあった学ランを見てみると学ランの第二ボタンがはずれ、内側のビニールに引っかかっていた。
あの少女は、第二ボタンが欲しかったのか。
そう思い俺はクローゼットへ学ランをしまうのをやめ、壁に掛けおく事にした。
あの少女がいつ取りにきてもいいよう、ビニールを外して。