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十六夜秘話 2.悪魔
ウタタネマクラ
瓶を振ると、それはごろりと横に転がった。
きい、という鳴き声は、明らかに何かの生き物で、濡れたように黒く、人間のような手足をしていた。
「本当に捕まえた」
“ヤモリ”が居たことを忘れていて、その声に啓子はびくりとした。
鍵の壊れた貴重文献室は暗く、埃と古い本の匂いがした。
「僕にも貸して」
ヤモリの手が啓子の指先に触れた。冷たいくせにねっとりとした感触。啓子は手を拭いたかった。いや、拭っただけではだめだ。ヤモリが触れた部分はきちんと消毒しなくては。でないと大変なことになる。
飼育小屋での時もそうだった。
「啓子ちゃんは悪くないよ」
トレーナーに包まれて動かない兎。
ほんの出来心だった。ほんの一晩兎と一緒に寝れたなら。そう思って連れ帰った。
「もともと弱ってたんだ」
鞄に忍び込ませて、誰にも見られないように小屋まで来た筈なのに。
ヤモリは啓子を責めず、ただ目を細めて嬉しそうに、啓子の手に自分の手を重ねた。ねっとりと。
「二人だけの秘密だね」
言い知れない屈辱感に、気がつけば口走っていた。
「平気よ。悪魔を呼び出す方法、知ってるもの」
突然生き物が暴れ出した。
「逃げようとしてる」
縁の部分が歪んでいるために、蓋は今にも開きそうだ。
「貸して」
瓶をひったくったものの、どうしていいか分からなかった。
蓋が弾けとんだ瞬間、啓子は一息に悪魔を飲み込んだ。
「兎、生き返らせられなくなっちゃったね」
夕闇の中、長く伸びる階段をヤモリの影がぴょんと跳ねた。
ちらと振り返り、目を細めて啓子を見つめる。
この目だ。
肌に滲むような視線。啓子はこの目が大嫌いだった。
「兎はだめだけど」
啓子は、ヤモリの影を踏んだ。
「私、今何でも出来そうなの」
影が消えた。
「お母さん」
啓子は飛び起きた。
汗で、服がびっしょりと重くなっていた。
「ただいま」
息子の笑顔にほう、と息をつく。
「おかえり。お母さんうたたねしちゃったみたい」
覚醒しきっていない頭が、過去を反芻する。
あれ以後、ヤモリの存在は記憶から切り取ったように消えている。
私はあの時悪魔を本当に呼び出したのかしら。そして、本当に飲み込んだのかしら。啓子は思った。
だとしたら、悪魔はどこへ?
「お母さん」
息子は、よくここまで手のかからない子に育ってくれたと思う、天使のような子だ。
「お母さん、僕知ってるよ」
息子は目を細めて啓子を見つめた。
「二人だけの秘密だね」