Entry2
朝日の中に
君島恒星
冬の朝。
まだ、日は昇っていない。
指の動きがぎこちなくなる寒さの中、三脚を伸ばして一眼レフカメラをセットする。
都会の一角のビルの陰。この季節の一番のポイントだ。
そして、もうここからの写真は二度と撮ることができなくなる。
ファインダーを覗いていると、人影が横切った。
「金森さん? 写真ですか?」
彼女は、愛想よく笑顔を見せた。
背筋がゾクッとした。
会社の中でもずば抜けての美人だった。でも、彼女がここにいるわけがない。
「魔物でも見たような顔をしてますよ」
「そんなこと言われても……」
「今日で最後ですものね。最後のシャッターチャンスですよ。なのに、わたしはどうすればいいんでしょうか? わからないの……」
彼女は寂しそうにうつむいた。
「何のことだか……」
「わたし、あの時、はっきり言えなかったけど、部長との関係が原因だったんです」
「あの後、噂は広まったよ。そして、部長は膵臓癌で亡くなった」
「取り憑いてやったのよ。卑怯な奴……逃げたのよ。でも、あいつはここにいない……わたしはいつまで、ここにいればいいの?」
少し気持ちが落ち着いてきた。彼女はまだ成仏できていない。まだ、この世をさ迷っているようだ。
「あの時、僕は落ち込んだよ。有能な部下を亡くしたんだから……定年になってからも、忘れたことなどなかった」
「有能な部下? それだけ?」
「好きだった。でも、立場上、行動に出られるわけがない。それこそ、不倫になってしまう」
「正直な人。それ、聞きたかった言葉だったのかも? 何かすっきりした。今だから、落ち着いて聞けるけど。あの時は、聞く耳なかったと思うし……」
「そうだろうな。あの時、君は部長への憎しみばかりだった。でも、今日会えて僕はホッとしたよ」
「わたしも、気が楽になった。だって最後の朝ですものね。そろそろ時間! 話が出来てよかったわ」
彼女は笑顔を残しながら、薄暗いビルの蔭に消えていった。
ファインダーを覗き、元の会社のビルから昇る朝日を狙う。
元の会社のビルは、今日から解体作業が始まる。40年勤めていた場所が無くなってしまうのだ。
朝日がのぞいた。ビルから昇る朝日はきらびやかだった。
シャッターを切る。何回も。
ファインダーに感じた……切ない影を。
デジタル画面の再生で確かめてみると、彼女が朝日の中、屋上から飛び降りている姿が鮮明に写っていた。
何枚も。
たぶん、最後のダイブ……