Entry1
喉阿修羅
小笠原寿夫
私の父の喉には、他の父親にはないものが付いている。喉仏なるものが、他人の父親には、付いているが、私の父の喉には、鬼の形相をした赤い痣がある。
「喉阿修羅や」
父は、そう言って、私を綾かした。父と二人で街を歩くと、行き交う人は、まず父の喉を見て、それから隣にいる息子である私を見る。九州の田舎に材木を積んで大型トラックで、父と二人っきりで帰ったときの話である。
「こないだお母さんとデズニランドへ行ってきたぞ」
「……お、お父さん」
「なんや」
「お父さんに前から聞きたかったんやけど」
「なんや」
「お父さんの喉に付いてる赤い奴って一体、何?」
「気になるか」
「うん。気になる」
「喉阿修羅や」
「何でよそのお父さんには喉仏が付いてるのに、お父さんだけ喉阿修羅が付いてるの?」
「それはな、トシオ。お父さんは、他のお父さんが背負ってないものを背負ってるんや」
「へぇ~、そうなんや」
「ええか。トシオ。お前のお父さんはな、愛国心と引き換えに多大なる財産を手に入れた。その見返りとして、喉に大きな痣が出来てしまったんや」
「お父さん、お父さん!」
「どうした、トシオ」
「僕も大きくなったら、そんな痣が出来るようになるんかなぁ?」
「あほなことをゆうな! 出来へん! 絶対、出来へん! それはお父さんが保証したる!」
「僕もお父さんみたいな喉阿修羅が欲しい」
「アホ、ボケ、カス! お父さん、それだけは許さんぞ。誰がなんて言おうと、絶対に作らさん!」
「うん、わかった」
「分かったら、ちょっと、のど飴でも舐めて眠気覚ましなさい。ニッキが入ってるからチクチクするぞ」
「お父さん、これ不味い」
「黙って喰わんかい。喰わんかったらお父さんみたいになってまうぞ」
「お父さん、喉阿修羅ってさぁ……」
「その話はもうやめや。デズニランドの話しよか」
「日田の九州のお爺ちゃんにも付いてるの?」
「まだそんなことゆうてんのか。日田の爺ちゃんには付いてない」
「お父さん、お父さん!」
「なんや、トシオ」
「前見て! 前見てって! ほら早く!」
前から2トントラックが、反対車線を走ってきたかと思うと、ウィンドウが白い光に包み込まれる。
「うわぁー!」
「うわぁー!」
その次の瞬間、白い光は消え、日田の田舎の緑の田園風景が周りを取り囲んでいる。
「ただいま、爺ちゃん!」
「おう、トシオよう来たよう来た」
「親爺、元気そうでよかったき」
「新太郎、ええ加減その痣、軟膏塗って治さんかい」