Entry1
ラストオーダー
弥生
「よく食べるねえ」
「ちゃんとしたモン食うの、久しぶりだからね」
作ってくれる子がいればなあ、と笑いながら、川野くんはぼんじり串をほおばった。男の人ってこんな風にご飯を食べるんだっけ、なんてぼんやりと考えながら、私はジョッキに少しだけ残っていた生ビールを飲みほした。
川野くんに初めて会ったのは、今からちょうど1年前だ。私たち2人が所属するゼミの顔合わせが行われた時、偶然私の隣に座ったのが彼だった。人みしりの私には、よろしくね、と笑顔であいさつする勇気なんて無く、ホワイトボードの前に立つ教授の方を向いたまま、横眼でちらっと彼の横顔を見た。ほんとうに一瞬だったけれど、長いまつげとすっと通った鼻筋が印象的で、きれいな顔をした人だな、と思った。それからどんな風に私たちが親しく話すようになったのか、経緯は覚えていない。ただ、気づいたら同じゼミの友達を2、3人交えてこの小さな焼き鳥屋でよく飲み会をする仲になっていた。
ゼミ、サークル、就活、将来、恋愛、と、何の話をしても、川野くんが発する言葉の端々には、明るくて健康的なかんじが漂っていた。別れた彼女の話をするときでさえ、彼はその子の悪い所を一切言わなかった。明るくて、人懐っこくて、物事をどんどん前に進めていくことができる彼と話していると、とても楽しい半面、少しだけ自分のコンプレックスが刺激された。いや、ほんとうはすごく刺激された。
「吉村ってさ、人のことよく観察してるよな。飲み会の時とか」
「観察?」
「なんていうか、全神経を研ぎ澄まして相手の内面を見てるってかんじかな」
「気になって仕方ないんだ」
何が、と彼は聞かなかった。空いたジョッキをテーブルの端に片付けながら、
「分かる気がする」
とだけ言った。
「ラストオーダーのお時間ですが、ご注文はございますか?」
12時半を回った時、私たちと同い年くらいの男性の店員さんが、二人に向かって尋ねた。私たちは互いに顔を見合わせて、もう注文がないことを確認した後、結構です、と答えた。
「あの、注文は無いんですけど、」
伝票を持った店員さんを呼び止めて、川野くんが言った。
「もう少しいてもいいですか?」
『私と一緒にいて退屈じゃない?』
もしも川野くんと二人きりで話す機会があったなら、聞いてみたいと思っていた。その言葉をぐっと飲み込み、二つのお冷だけが置かれたテーブルをはさんで、私はあらためて彼と向き合った。