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花火師太郎兵衛
小笠原寿夫
昔、あるところに、花火師太郎兵衛という男が、住んでおりました。太郎兵衛は、お祭りごとが大好きで、それはそれは、腕の立つ花火師でした。
太郎兵衛が、一軒の小屋で、火薬を詰めておりますと、戸を叩く音が聞こえます。戸を開けてやると、吹雪の中、一人の女が立っております。
「お寒い中、申し訳ございません。私は、昨年の夏の花火祭りに命を失ったものでございます。花火祭りの際に、息子を残してこの世を去りました。息子は、花火をみると、あの時のことを思い出し、辛い思いをするのではないかと、不信しております。何卒、この度の花火祭りは、延期させて頂きたくお願いに上がりました。」
太郎兵衛は、悩みました。花火師は、一年を通して、花火を、こしらえます。夏の乾いた空気でないと、花火はうまく上がりません。どうしたものかと、悩んだ挙句、女に聞きました。
「息子さんは、大層辛い思いをされたのでしょう。この世に未練があるというのなら、どうでしょう? 私の渾身の花火で、息子さんを楽しませて見せます。それでいかがでしょうか。」
女は、息子にそれでも、花火は見せたくない、と懇願しました。
太郎兵衛は、考えました。どうすれば、子供が喜び、女が成仏できる花火が作れるのだろうか。
工夫を凝らし、試行錯誤を繰り返しながら、それでも花火の原型は、見当たりません。
どうしたものか。そのとき、パッと頭をある考えがかすめました。花火の音を、雷のようにしよう。お父さんのような花火を上げてやれば、きっと息子も喜び、強くなるに違いない。
甘い考えかも知れませんが、それが、実を結ぶかどうかは、やってみるしかありません。
花火師太郎兵衛は、試行錯誤の末に、雷花火を作り上げました。
腹に響くような、轟音の花火に、大衆は響きました。それはそれは、迫力のある花火だったそうです。
念の息子に、それが通じたかどうかは、知る由もありません。
少し延期され、中秋の名月に打ち上げられた花火は、見事でした。
「玉屋ー! 鍵屋ー!」
念の息子は、その花火をきっかけに、農作業に取り組み始めたと聞きます。
「おっ父、これまでにない米をおいら作って、天国のおっ母を喜ばせてみせるよ。」
鼻を指でちょいと触った息子を見て、母は、無事に成仏する事が出来ました。
「あのときの倅、一体どうしてるのかなぁ。」
太郎兵衛は、星空を見上げました。
こうして、花火師太郎兵衛の長い長い苦悩と葛藤の夏は、幕を閉じました。