Entry2
ダイイングメッセージ
小笠原寿夫
私は、警察署捜査一課の刑事である。捜査線上に浮かび上がった容疑者を洗い出すのが、私の使命である。
第六感が働き、遂に突き止めた犯人像は、全く、ここまでというところまでくると、するりするりと、朧げになっていく。
倉庫の扉を開けた瞬間、背中に熱いものを感じた。
「アンタか、俺を追っ駆け回していた奴ってのは。」
犯人と思しき人物の影が、徐々に薄らいでいく。胸の鼓動を抑えようと、躍起になったが、振り返ることすら、ままならなかった。
「お前だったのか。」
私は、声になるかならないかの状態で、そう呟いた。
後ろから背中を刺されたので、血は、内臓からドクドクと流れ落ちる。滴り落ちる赤い血は、それが、まるで私の身体から排泄されているものでは、ないような錯覚に陥る。
犯人は、言う。
「俺には、妻子がいないんでな。恨むんじゃねぇよ、刑事さん。」
憎たらしい声が、やたら耳に媚びりついた。もう、どこを振り絞っても声は出ない。ぼんやりとした意識の中で、視力を失いつつ、鉄くさい血液の匂いと、犯人の顔を感覚に焼き付けた。
「全く、しつこい捜査だったな。もう少しで、輪っぱになるかとヒヤヒヤしたぜ。」
その声が、わんわんと脳内を谺する。まさか、ここで殉職するとは、思わなかった。滴り落ちる赤い血は、コンクリートの倉庫の床にに染み付いていくようだった。
「助けを呼んでも無駄だよ。これから、俺は、アンタにいいことを教えてあげよう。」
犯人は、続ける。
「殺人鬼ってのは、頭が必要なんだ。アンタらみたいに、チンタラ働く公務員とは、訳が違う。わかるか?」
もう、そんな事は、耳には、入って来なかった。それよりも同僚に、如何にして、突き止めた犯人を伝えようかと、頭を駆け巡らせた。携帯電話を手に取ろうとしたが、しかし、通話ボタンを押すことは、単純に、今の体力から言って、土台、無理な話だった。
遠のいていく意識の中で、私は、心の中で、叫び続けた。
(あいつが、犯人だ。)
しかし、誰も私を援護するものは、いない。
「俺は、今から、中突堤に、……。」
犯人は、それらしいことを告げたが、もう聴覚さえも麻痺している。
「あいつが、犯人だ。」
そう小さく、呟きながら、私の五感は、なくなっていく。
犯人が、何かを喋っている様だったが、私の耳に、その声は、届かない。走馬燈のように、私の人生が、頭を素通りする。
最期に嗅覚だけが残り、コンクリートに染み渡った血液の匂いが、鼻を突いた。