Entry1
ウサギvs
ごんぱち
ウサギはどんどんどんどん走り続けてから、振り返ります。
カメの姿はもう見えません。
「どうせ晩まで待っても追い付けやしない、ひと休み……」
足を止めかけて、ウサギは首を横に振ります。
「いやいや、どれだけ差が付くか思い知らせてやらなけりゃ」
丘を一つ越えて、ゴールの岬の一本松が間近に見えて来ました。
「カメめ、謀ったな……」
遠目には岬に見えましたが、一本松が生えていたのは小さな島だったのです。
ウサギが悔しげに海を眺めていると、ふと、ヒレが水の上に出ているのが見えました。
「おい、ワニくん達!」
ウサギに呼ばれて何匹かのワニがやって来ます。ワニとはサメのことです。
「どうしたね、ウサギさん」
「きみ達は、自分たちがこの辺りに何匹いるか知っているかい」
「そんな事は考えた事がないし、どうでも良いことだ」
「他の海の話では、勇魚にワニが五〇匹では負けるけれど、五十一匹では勝てたそうだ。数を知っていれば、無駄に血を流す事はなくなるよ」
ウサギは一本松の島を指さします。
「こっちからあそこの島までずらりと並んでくれれば、ぼくが数えてあげるよ」
「それは名案だ」
ワニたちは島までずらりと並んで頭を水面から出しました。
「行くよ! 一、二、三……」
ウサギはワニの頭を足場に、ぴょんぴょん進んで行きます。
「九十八、九十九……」
そして最後の一匹のところで。
「ははっ、勇魚に勝てる数なんてデタラメだ。ぼくが島に渡りたかっただけさ」
ウサギはうっかり口を滑らせてしまいました。
「よくも騙したな!」
百匹目のワニは怒って跳ねます。海に落ちたウサギにワニたちが群がりました。
「痛っ!」
ワニがくわえていたのは、カメでした。硬い甲羅に、歯が折れています。
「離れろカメよ! こいつは我らを騙した、食い千切ってやる」
「こっちは勝負の真っ最中だ」
カメはウサギを背に載せ、手足を引っ込めると高速回転し始めました。ものすごい勢いで、空へと舞い上がり、一本松の島へ降り立ちました。
ウサギはカメの背から降ります。
「何故、ぼくを助けた?」
「お前は海を前に地団駄を踏んでりゃ良かったんだ」
カメはふりかえってにやりと笑います。
「今度はお前にコースを決めさせてやる。どんなルートでも勝ってやるがな」
「ぬかせ」
海に落ちる夕日を眺めながら、ふたりは大声で笑いました。
対岸の浜では、大国主命が興を削がれた顔でウサギとカメを眺めていましたとさ。