Entry1
我が名は、新太郎
小笠原寿夫
シュールに逃げ込む若手芸人に、ベタを覚えさせるには、どうすれば良いか。
そればかりを考えていた。
我が家の大黒柱、小笠原新太郎の事である。
「寿夫、ラーメンでも食いに行かんか?」
私が、受験勉強に勤しんでいた、遥か遠い昔の話である。当時、車を持っていた、私の父、新太郎は、須磨の港に差し掛かる道を、スイスイと車を運転していた。
「このクラクション、聞いたら皆、びっくりしよるで。見といてみ。」
ファーっと大きな音のするクラクションは、明らかに、迷惑防止条例に、違反していた。
私は、助手席に座り、笑っていた。
「パトの付いた車、見つけたら、すぐ言えよ。」
ファー!
すかさず、父は、クラクションを鳴らした。
「な?おもろいやろ。」
馬鹿息子に馬鹿親父が、軽のワゴンの中で、はしゃいでいた。
複雑に、物事を捉えようとする私に、単純明快で、尚且つ、面白い事を、簡単に教えてくれる。
そんな父だった。
聞けば、若かりし頃は、ヤンチャばかりしていたが、九州から神戸に出てきた頃は、相当、苦労したらしい。
「婆ちゃんなら、おるったい。どーんと構えて、なんぼのもんやき。」
九州地方に、小笠原姓は多い。
家紋は、三段縦三菱。百姓の生まれだが、祖先は、源に使える武士だったそうである。
小笠原抜刀斎。
柳生新陰流に匹敵する、という居合抜きの達人だった。
即興を使える様になるには、瞬発力が必要になる。
「ベタでいい。何か言え。それがギャグや。」
父の存在が、デカ過ぎて、息子の私は、小さくなっていた。
「ビール飲んでまんねん。」
「どこで?」
「ビルの中で。」
そんな父が、まさか、あんな事になるなんて思ってもみなかった。
「お父さん、ありがとう!またなんぞあったら、よろしく頼むわ。」
「ツケといたる。」
「なんで?」
「お前の金やからや。」
父、新太郎は、そこに居て、我々を見守り続けてくれて居た。
「お前、煙草やめたんか。」
これ溜まるぞ。一瞬、親指と人差し指で、円を作った。
次の瞬間、父の猫だましが、飲み屋のカウンターで、炸裂した。
たった今、父は、スナックで、歌を歌っている。
「お父さんに定年なんかあるかいな。お父さんは、死ぬまでお前のお父さんや。」
嬲ってんのやないねんで。お父さんを尊敬すればこそや。だから聴いてください。
永遠の幸
朽ちざる誉
つねに我等のうへにあれ
よるひる育て
あけくれ教へ
人となしし我庭に
イザイザイザ
うちつれて
進むは今ぞ
豊平の川
尽きせぬながれ
友たれ永く友たれ