Entry1
コインニャンドリー
金河南
オーナーの男は、玉田をじっくり上から下まで眺め、目を細めながら採用ですと言った。
「あっ、ありがとうございます! それで、仕事ってあの、何をすれば良いんでしょうか……」
「募集要項にある通りですが、」
男が出入り口の貼り紙を指す。そこには『猫と話をするだけの簡単なお仕事です。日当制』と書かれている。
「とりあえず隅の椅子に座っていてください。今日はあと3時から、時給で数えときますから」
コインランドリーの壁にかけられた時計は2時53分を示している。男が立ち去ると同時に、一匹の猫が入ってきた。
三毛猫は玉田をじっくり上から下まで眺め、目を細めながら新人かいと言った。
「こっ、こんにちは! 玉田と申します、どうぞよろしく……」
「いや、構わん構わん。ところで、我の主人の洗濯物はどれかの?」
複数台まわっている洗濯機。主人とやらの特徴を聞く。どうやら、面接中に入ってきて右端の洗濯機をまわしていたオバサンの飼い猫のようだ。
三毛猫がその台の前に腰を落ち着けると、別な黒猫が入ってきた。
「私のご主人様は、今日は洗濯しているかしら?」
動いているのはあと二台あるが、玉田には見当がつかない。ちょっと分かりかねますと言うと、黒猫は優雅に首をかしげた。
「覗いてみてくださいません? 必ず白レースの靴下が入っているはずよ」
回転している洗濯物をずいぶん眺めたが、どちらにも入っていない。それを告げると黒猫は、残念そうに去っていった。
数週間働き、玉田はようやく気づいた。
猫たちの間では、コインランドリーを自分の主人が使用していれば、ここで涼んで良いルールとなっているらしい。
空調の効いた清潔なコインランドリーは大変居心地が良く、たまに主人が使用中でなくても居座る猫もいる。そんな時には怯まずに追い出すのも、玉田の仕事に入っていた。
夕方7時の閉店時には、オーナーが日当を持ってやってくる。開店は朝の8時。
常連の猫たちとも顔見知りになり、猫集会の様子など、興味深い話を聞けるようになった。玉田にはこの仕事が合っているらしい。
オーナーがやってきた。暑そうに手で顔をあおいでいる。
「玉田さん、ずいぶん評判いいですよ。これからもよろしくお願いします。これ、ちょっとボーナスって事で」
ポケットから取り出されたのは、滅多に手に入らない高級猫缶である。
椅子から飛び降りがっつく玉田の頭を、オーナーはよしよしとなでた。