Entry1
星屑のペスカドーレ
小笠原寿夫
私は、電波時計を覗き込んだ。19:42を指し示している。次の列車に間に合う様に、目覚まし時計はセットしてある。手巻きおにぎりと缶コーヒーを胃袋に入れると、一服しながら、歩き出した。今朝の朝刊の一面に、「原子炉、手つかず」の見出しが、出ていた。
駆け上がる仕草が、まるで、仔犬の様で、かわいい。バフッとでも鳴けば、犬も動きを止めるかもしれない。負け犬になるか、勝ち組になるか、二つにひとつ、今日にかかっている。
「おはようございます。」
出せる限りの声を、振り絞った。題目、勤行を挙げてきたせいか、少し声が掠れる。
「おはようございます。」
そう言えば、漫才の夢を見た。
「オーソドックスで漫才させて頂いておりますが、公園で立ち稽古してた事が、あってねぇ。で、ゆうたらお客さんを芝生に見立ててね。」
「ほな、今日のお客さん、芝生か?」
「風が吹いたら、笑いが起こる。」
「あほかと思われとるで。」
「あほちゃうぞ!」
醒めた。
「オーソドックスで漫才やらせてもらってます。」
の譫言を言いながら、目を覚ました。
私は、走った。
赤信号で止まっては、また走った。急いでいる用事があるので。
掃除してから、また走った。
ポケットに携えた小箱と一緒に。
というわけで、小箱に入った、メビウス6mgを彼女に、手渡した。
そうして、私と彼女は、また走り出す。
部屋に帰った。
テレビをつけると、10:54の文字が左上に浮かんでいる。さて、何を見ようかと、面と向かって考えると、私は、鏡を見て、右と左がわからなくなった。
散漫とした、その風景は、砂漠の荒野に似ていたとかいなかったとか。
「社会人一年目、私は、自分を見失いかけました!」
その様なフレーズが頭を過った。
「そんな折、私を陰で支えてくれたのが、家族の存在でした。」
その様なフレーズが頭を過った。
「君、天才だねぇ。」
そのようなフレーズが頭を過った。幻聴を聴く事を余儀無くされた私の耳に、「いい耳」を掛けて、音楽室と解く心、聞くに縦しんば、聴くに耐えなば。
理解に苦しむのか、と考えると、考える程に、その理解の壁を超えた世界に罠があったのかもしれない。
もういいだろう、とまた嘆きの歌を歌いたかったのは、既に私のことではなく、既に別の誰かとは異なる、似て非なるものだったのだろうか?
私は、口の聞き方を知らない、奴をどつき回したろかえ、と思っていなかった事が、ただのジョークにすぎない事を、把握しつつ、彼を一瞥した。
敬具。