Entry3
争いが終わった後のこと
凛々椿
駅前の文具青井堂では今も子供達がシールに夢中だ。
向かいのバルMMは、大衆酒場の先代亡き後、留学先から戻った息子のヨダ・ツネミが開いた。
町に移り住んだ若者達に人気の店だ。
その隣はカフェ野薔薇。
地元の御曹司が趣味で営む。
彼の作るクッキーはテイクアウト可能で正午には売り切れてしまう、町の逸品だ。
同じカフェでも次の角を左に折れた先にある喫茶芝生は戦前からあるカフェで、当時この一角は遊郭だった。
裏手にあったソープランドが唯一、一昨年まで営業していたが現在では公園となり、当時の面影はもうない。
喫茶芝生にはそのソープランド夕楽の店主スガワが通う。
芝生の店主は三代目のマン・キヨコ、スガワよりも17才年下の64才で、芝生の休店日の火曜日には二人が手をとり町をデートする姿を見ることができる。
二人の間には子供が二人、長女ユキは5人の母の傍ら、マカオのリカーショップのワインソムリエをつとめる。
次女ミユは今も17才のまま、町の教会墓地に眠っている。
芝生を抜けると運河があり、谷田橋を渡った先にはベーカリーもものきがある。
店主のタケイ・ヨウは朝2時に寝床を抜け、5時には至高のブレッドを焼き上げ、軽やかな朝の匂いを川面にみたす。
7時に、新しい朝が来た、という音楽を流して店を開ける。
65年間この町に住む85才のシンドウ・モトは、四日に一度6時きっかりにやってきて、ブレッドを待つ。
もものきはその日は6時半に開店する。町の人はその日を「モトさんの日」と呼び、有志でモトにホットココアを差し入れる。
タケイの娘婿シンは正社員の傍らコーヒーの勉強のため、週一日喫茶芝生に通う。
タケイの婿養子の某は、一日中店の奥でバルタン星人の人形を抱き、モモ、モモ、と撫でている。
某にとってバルタン星人はモモノリである。
某の息子モモノリは今も17才のまま、隣町の寺院に眠る。
タケイが墓前の花が毎日替わっていることに気づいたのは2年前のこと、捧げているのはバルMMのヨダかもしれないと思うが、生活が合わず、彼とは未だ話せないでいる。
三軒先の西花苑の店員チカダ・トモコは、ヨダの妻が毎晩花を買いに来ることを知っている。
チカダの旧姓がアオイであることは誰も知らない。
9月18日午後7時、駅構内の階段でアゲハチョウが死にかけていた。
チカダがその時間にその階段を利用することは、誰も知らない。
そんな時間にチョウが死にかけている原因を、誰も知らない。
翌日、