Entry1
さらばヴィヌス砦
サヌキマオ
「戦争は終わりましたか」
私は扉の外に向かって声を張ってみた。返事はなかった。ただ幾人かの歌声だけが流れてくる。
このヴィヌス砦の告解室に閉じこもって幾時になるだろう。食事を、おまるを小間使いに運ばせて、早三年は経った気がする。
「まだ一夏過ぎただけですよ、司祭様」
小間使いが顔を見せる。手には渦巻の棒キャンディを持っている。どうしたんだそれは。表に来ている農夫の集団からもらいました。たいしたものですよ、男性五人で、口で楽器の真似から太鼓にハーモニーまで全部成してしまう。まるで神の御業です。これ、そう神の名を口にするものではない、それよりもなによりも。私はあらたまって言った。「戦争は、終わったのですか」
「最近見ないですねぇ」あらたまったのは私だけであった。
「そうか」隠していたつもりだが、口調は確かに昂揚していた。では、出ねばならぬ。この砦を出て教区に帰らねばならぬ!
春先には、砦の内からも草原の外からも散々矢が飛んできた。それで、告解室に閉じこもったのである。これも神の与えたもうた試練以外の何物でもない。ついでに神は小間使いに「私に尽くす」という試練を与えたもうた。そうして、今試練を終えた。思い立ったが吉日と東洋の言葉では言うらしいが、我々の言葉ではこれを神の思し召しと言うのである。身の回りのものを纏めると革のコートを羽織る。
扉を開けると確かに小間使いの言う通りに、農夫のローブを頭からすっぽりと被った男が五人、歌いながら行進しているのであった。聞きなれぬ、陽気な調子である。そこの若い皆さん、戦争は終わったのですか。終わった、終わったともなぁみんな。終わったんで死体を片付けに来た――ハァ、それはご苦労なことです、神のお導きがありますよう。
「神だって?」
男たちがフードを取るとぬるり、と頭蓋骨が現れた。ヒィッ! 眼球なき眼窩から表情を窺うことは出来ない。
「神ったってなぁ」
「うへへへへ」
「うへへへ」
ウーン! という呻き声を聞いたのは小間使いだけだったかもしれない。私は、失神したのである。
文字通り、神を失くしたのである。
「うまいこと言ったつもりかよ」
「言ったつもりだろうさ、おら達だって死神だもの」
「んだんだ、この神父だか牧師だか、勝手におっ死んでくれて、手間いらずだ」
担がれて、担がれて、ただただ死神達の歌う声だけが、がらんどうの脳に、教会の鐘のように、響き渡るのである。