Entry1
列車の中で
水戸 慶
かったん、こっとん。小さな揺れで矢崎の意識は覚醒される
「…ここは?」
ふかふかとした椅子に吸い込まれるように倒れている体を起こす。見たところ、列車の一室のようだ。ふと車窓を眺めると闇に舞う幾つもの光
「おれ、しんだのか?」
幻想的な光景を見て小さく呟いた
思い出すのはつい最近読んだ死んだ人が列車に乗り黄泉へ向かうという話、まさかそれが体験できるとは思いもしなかったが、慌てるほど驚きはしなかった
矢崎は面倒臭そうに髪をかくと手に数本の髪の毛が絡みつく。指に絡み黒い光沢を放つ細い毛は、見たこともない、自分の髪の色だった
列車に乗って一月は経っている。ご飯もお風呂も排泄もいらない、便利な世界だ
個室を出て横座席のクロスシートの窓際に佇むように矢崎は座っている
かったんこっとん、と揺れる動きは眠気を誘い窓に頭をつける。横目で輝く光を鬱陶しく感じながらも目を瞑ろうとするが
「隣いい?」
若い声にそれは見事に阻止された。苛々しげに振り返ると学ラン姿の少年がからっと笑っている
「他も空いてるけど」
「三日も一人だと暇過ぎて死にそう」
「…あっそ」
「あっそって、意外と傷つくんだよ?」
自分を抱くように腕をクロスさせ今にも泣きそうな演技を見せながら、どっと矢崎の隣に腰をおろす。許可を求めていたくせにかなり返事を得ずに堂々と椅子に座るものだ
「オレ、伊藤 和也っていうんだよ。よろしくね」
そこから始まるのは軽い自己紹介とつまらない会話で、適当に耳に入れ脳を通さず逆の耳から受け流こともできたが、見た目と違い知的で素晴らしい表現力を巧みに使い上手く惹きつけられる
元々体が弱く病院生活の多かった矢崎にとってそれは美しい世界だった。外の輝きにも負けない大きな光に満ちていた
「それでさぁ」
〈次は、伊藤 和也様専用下車駅ーーーー〉
けらけらと話す伊藤の声を遮り無機質なアナウンスがなる
「え、オレ?」
「…生き返れるんだよ。お前は」
ほんの一瞬で矢崎の世界はぱっと散る
「お前はここで降りて、生き返るんだよ」
ぷしゅーと音がなると外を舞っていた星がふわっと消える
ずるいな、俺は生きたいのに。伊藤の腕を掴み扉まで行くとどんと背中を押し外に押し出した
「え、ちょ…」
慌てる伊藤なんて無視してドアは閉まる
椅子につき髪をかくと手に数本の毛が絡みつく。指に絡んだのは真っ白な色素のない髪の毛
〈次は、黄泉駅。黄泉駅でーー〉
アナウンスを耳に、矢崎はゆっくり目を閉じた