Entry1
分岐
ごんぱち
その年も終わろうという夕暮れ、とある街角で、まだ幼さの残る少女が、マッチを売っていました。
「マッチ、マッチは、いりませんか」
けれど、マッチは売れません。人々は誰もが家路を急ぎ、少女の前で足を止める事はありません。
少女の腕にカゴは食い込み、指先は凍え、呼びかけ続けたせいで声はかすれています。
「ああ、さむい」
胸の奥まで冷えきっているせいで、指に息を吹きかけてもちっとも温まりはしません。
「売りものだけど……」
せめて僅かな暖でも、そう考えた少女が一本のマッチを手に取った時です。
「こんな貧民街との境目にあるような場所でマッチを売るなんて愚かな事だ」
マッチを買わずに通り過ぎた男が、嘲笑って言いました。
「大通りの焚き火をしているところで売れば良いのに」
それを聞いて少女は、大きな通りへ行きました。そこでは、今年最後の商売を終えた露天商が、ゴミを焼いていました。年の暮れのゴミをまとめて焼いているので、明るく暖かです。
少女の凍えていた指先は温まり、頬には赤みが差してきます。
「マッチはいかがですか?」
少し元気を取り戻した少女は、マッチを売り始めました。
火に当たるために、ほんの少し足を止めた通行人は、ちらりと少女に目を止め、そのうちの一部の人達は、マッチはひと箱づつ買っていきました。
火にゴミをくべながら、商人の一人が言いました。
「通行人にマッチを売るなど、愚かな事だ。貴族の屋敷では、マッチをいつも余分に買っておくのだ。貴族通りの戸を叩いて回れば、子供が折った雑な箱のマッチでも倍の値段でも売れるだろう」
少女はそれを聞いて、貴族の屋敷が並ぶ通りにやって来ました。
「ごめん下さいまし、マッチはいりませんか」
裏戸を叩いて声をかけると、中から使用人が顔を出しました。
「丁度良かった、二箱ちょうだい」
「ありがとうございます」
お辞儀をして帰る少女を見ながら、使用人は言いました。
「一軒一軒回るなんて無駄な事ね。属領のドイツ人が叛乱を起こすって噂があって、国王様は軍隊に必要な物資なら何でも高値で買い集め始めているのに」
少女は宮殿に走ろうとして、ふと、足を止めました。
カゴに一杯あった筈のマッチは、もうすっかり売り切れていたのです。
「……売り時を見誤ったか」
少女は舌打ちして、小銭の入ったエプロンを押さえて帰って行きました。
生き残る人間というのは、それなりにしたたかなものなのです。