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タクシー日誌(SUVって)
DOGMUGGY
タクシー日誌(SUVって)
タクシードライバーの次郎は毎朝、藤沢駅のタクシー乗場で客待ちをしている。
「まだ5月だっていうのに朝から夏日とはねえ」
照りつける日差しで朝からエアコン全開だ、黒塗りLPGタクシーの車内は暑いのだ。
駅前の大手パチンコチェーンの店先には、開店前から長蛇の列で人が並んでいる。
新台入れ替えの沢山の上り旗が朝の浜風にパタパタと鳴っている。
「そういえばここだけでなく、他のホールにも新台入れ替えの看板出ていたな」
もはや典型的な装置産業となったパチンコ業界ではメーカー主導で一斉に新台の入れ替えが行われているようだ。
その開店待ちの行列の隣を数台の自転車が音もなくすり抜けて行った。
このあたりは、江ノ島や鎌倉にサイクリングに行く自転車の通り道でやたらと自転車族が多い、大抵はレーサーパンツにジャージ、エアロ仕様のヘルメットの若い自転車男だ。
ルイガノ、ビアンキ、ジオス、トレックといった海外ブランドのロードスポーツばかりだ。
ただ普及品クラスだと、実際には台湾で製造されている車体が殆どなのだが。
そういった中にも、ピンクやパステル調のウエアに少し小ぶりな車体に楽しげに乗っている女性サイクリストも随分増えた、自転車ブームといわれて久しい。
街角ウオッチングをしていた次郎のタクシーに客待ちの順番がまわって来た。
「鎌倉学園そばの〇〇医院まで行って下さいな」
いかにも鵠沼マダムといった感じの品の良い初老のご婦人だ、腰痛の持病で何件か医者を変えたが〇〇医院に落ち着いたのだそうな。
江ノ電の線路を跨ぎながら、次郎のタクシーは腰越を抜けて海沿いの国道134号線を走って行く、パワーウインドウを少し下げると朝の濃い潮の香りが車内に入って来た。
信号待ちで海沿いの駐車場を見ると、大きなBMW X5のハッチゲートから大男が派手な真紅のロードスポーツ自転車をヒョイと下ろしていた。
「あれ、あの男が、赤ねえ」
と思っていたら助手席から若いジャージ姿の茶髪の小柄な女性が降りて来た。
なるほどスポーツユーティリティビークルとは良く言ったもので、自転車の様な大きなスポーツグッズが簡単に運べるクルマと言う事だ。
「タクシーのトランクには入りそうもないな、セダンはSUVの様には行かないな…」
既に信号は青に変わっていた、次郎は少しばかり慌ててアクセルを踏んだ。
ルームミラーを見ると、ご婦人客はうたた寝をしていた。
「やれやれ、同じ一日でも自転車乗る人、病院通いの人、俺は運転する人、人生色々十人十色ってことか」
フロントガラス越しには遠く葉山の海辺の街並みが、白波の先に朝日に光って見えた。