Entry1
姦
サヌキマオ
野を歩いていると沢山の骸にあった。沢山の骸がいるということはこの辺に美味いうどん屋が出ているということである。
うどん屋は三頭の牛によって営まれていたが、一番年嵩の牛3がとうとうくたばってしまった。おっ死んでしまった。お亡くなりあそばされた。残された牛二頭は夜遅くまで話し合っていたが、夜明けから屋台を解体すると資材を束にして、二頭に渡して運びだした。牛3が死んでからずっとうどんが出来るのを待っていた骸たちはぞろぞろと二頭の後を追い始めた。牛3は骸たちによってまもなく骨ばかりになって野に置かれた。野に置かれた頭蓋は秋の風の調子に合わせて牛の声で歌い始めた。実に風流があった。
「あのひと、もう見えなくなったかしら」
「そうね」牛1は当たりを見回した。「ボケる前は相当陽気でいい男だったわ。結局子供は出来なかったけど」
「あの人、牡だったの!?」
「ほら、見た目だけだとおじいちゃんだかおばあちゃんだかわからない人っているじゃない、その類よ」
牛2が動揺して荷物を取り落とすのを、牛1が慌てて支えてやる。
「知らなかったわ、ここ十五年、知らなかったわ」
「歌も聞こえなくなったし、ここらでいいんじゃないかしら」
「いやでも待って、あそこにあるのって」牛2の鼻先を辿ると、たしかに緑色の丸い屋根の風車小屋が見える。
風車があるということは小麦を挽いているということである、かもしれない。
好都合じゃない、と相当図々しいことを言いながら二頭が小屋に向かうと、中には生活の気配がしなかった。大量の骸に取るものも取りあえず、身の回りの家財だけ持って逃げた塩梅である。いつのものかわからない小麦の粒が入っているらしい袋がいくつも積んである。
「あら、大変だわ」牛1が悲鳴をあげた。「赤ちゃんがいる。人間の赤ちゃん。あんた、おっぱいでないの」
「おっぱいはとうに出ないけど」牛2はソファーの上でぐしゃぐしゃと汚れて、息もたえだえなこどもを悲しげに見た。
「うどんの茹で汁ならなんとかなるかもしれない」
話はといえばこれでおしまいである。赤んぼうは女の子で、うどんの茹で汁を皮切りにだんだんようやく生気を取り戻した。
「別れあれば出会いありでね。なんとかこの子が独りで生きていけるようになるまでは面倒を見るつもり」
「そんなこと、こっちが先に死んじゃうかもしれないわ」
風車で挽いた小麦でうどんを作ると、また続々と骸の数が増えていった。