Entry1
めがろどん
サヌキマオ
幽霊の正体見たりカレーを鼻から食てみたり。
あだばかかば、長屋の入り口を突き抜けて入ってきたのはぎらぎらギザギザの歯の揃った鱶の化物で、口を利くので安心と知れた。めがろどんと名乗った。
「きょの昼間、向島ひげすり神社の土手したで回向されたでしょう、あたしに酒をかけたでしょう」
「確かに三囲神社の下の河原でされこうべを見つけて、回向に徳利の酒をかけて供養してやったが、それがどうした。もしかしてお前なのか」
「そのされこうべのずっと下にあたしゃあ眠っておったのです。ひましていたところにんまいのが染みこんできまして、頭上から『なむあみだぶ』と云われました。それで出てきました」
お前さん鮫にお経なんてわかるのかい、と聞きますが、そこは畜生の浅ましさ、「門前の小僧が屏風のジョーズにビョークを歌わせた」などとよくわからないことをむにゃむにゃと云いますのですて措いた。春の夜であります。浅草寺の鐘が、ぼーん。
「何か回向の恩返しがしたいのですが、アタシにも出来ることはございましょうか」
「ないなあ」
「ないですか」
「急にそんなにでかい図体で出てこられて、何かさせろというのは流石に無理がある」
「すんません、気ばかりが急きました」
「ときに、尻尾のほうはどうなってんだ」
「尻尾はそのまま、向かいの糊屋のお婆さんのおうちにそっくりお邪魔して」
「婆さんも寝ていればいいけど、起きてたら腰を抜かすよ」
「そうしたら寝ているのと同じですから、世話がなくていいですね」
「なかなか考えるネ、お前も――」
その日はそれで済みまして、翌朝からがすごかった。なにしろめがろどん、図体はでかい、顔は怖い、地面からうっすら浮いている、と化物極まりない。さっそく長屋はおろか江戸中の知るところ、御公儀の知るところとなる。透けて通るのでかまぼこにするわけにもいかず、昼日中から不埒千万と騒がれまして、めがろどん厭ンなっちゃった。ご迷惑になりますし帰ります、てぇんで江戸湾の方に、ずーっ。という前に、ひょいとこちらを振り返った。
「あっ、忘れてました。何もお役に立ちませんでした代わりといってはなんですが、回向していただいたあたりを掘り返してください。あたしのヒレが埋まっています。売るなり煮るなり好きにしてやっつください。ではあしからず、ごめんください」
喜び勇んで釣り客の大勢いる中を掘り返してみたが、出てきたのはやっぱり化石という、そのォ……