Entry1
鯉の話
スナ8
彼女と出会ったのは春。
暖かくなってきて気が緩んだのか長く闘病していた僕の祖父が亡くなったのだが、5月の緑のエンディングセレモニーに彼女はいた。
「この度は誠に残念なことで、お悔やみを申し上げます」
透き通るような色白の顔に心から、でもひっそりと抑えるような悲しみの表情を浮かべて声を掛けてくれた彼女に「と申し上げられましても」と僕は口走った。
慌ててすぐに謝ったが彼女の零れそうな瞳は見開かれ、口元には笑みが浮かんでいた。そのほほ笑みを見て僕は彼女に受け入れられたような気がした。
「……最近祖母の具合も芳しくないのです。父も日に日に老いていくくせに祖父の真似をするように暴飲暴食。いずれは僕が喪主を務めることになりそうです。参考にお話を伺いたいので◯月△日にお会いできませんか?」
葬儀場に勤める彼女にメールを送った。
彼女は高校時代の友人の友人、と知ってからの僕の行動は早かった。
その友人に擦り寄って「犬みたいな奴め」と罵られながらなんとか頼み込んだのだ。
飲み会を開いてもらい、彼女とコンタクトをとった。
死を間近で目にすることが多いから、伏し目がちな瞳はどこか憂いをたたえているのかな。と思いながら僕は横目で彼女を見てうっとりと酒を飲んでいた。
僕を犬と罵った友人がスノーボードで危うく骨折するところだった、という話をその席でしたのだが、
「本当に気を付けて。悠太くん昔から時々無茶をするから。心配だよ……」
という彼女の思いやりのある回答にもぐっときたし、帰り際に、
「メールしてもいいですか」
と尋ねると、はにかんだように
「はい」
と答えてくれて、僕は心の中でガッツポーズを何回もした。
正直これはいける、と思った。
いざ二人きりで会うために件のメールになるわけだが、彼女なら一度目は断るだろうと予想をつけ何度でも挫けずに誘う覚悟を決めてメールしたわけだが、彼女は僕が思ってもみないとても社交的なメールを返してくれた。
「大変ですね。この前はありがとうございます。久々に悠太くん(僕を犬と罵った友人のこと)にも会えたし嬉しかったです。悠太くんって今付き合っている人とかいるんですか? 私もそのことで相談にのってほしいので△日OKです!」
「鯉の活け造りとかけまして」
質問には答えずに、僕はショート寸前になりながらメールを送った。
「100年後のあなた、と解く。そのこころは」
送信を押す指が震えた。
「あなたと鯉が死体」
返事は来なかった。