Entry1
反対ブルマ
サヌキマオ
「朝焼けは雨」とは誰が言い出したのだろう。事務所のテレビでは「今日も最高気温が三十五度を超える」と報じている。
「配達行ってきました!」
「お、お疲れさま」
新聞配達もずっと前から自動二輪の時代なのに、伊武君だけは「鍛錬」と自分の足で走って新聞を配達している。それで他に遅れるようであればどうしようもないが、なかなかどうしてバイク勢からやや遅れるくらいには配達を終えている。
詳しい話を聞いたことはないが、朝シフトだけ入れているのでおそらくは学生なのだろう。色の薄い長髪をポニーに括って、全身から汗が吹き出している。素性は履歴書を調べれば済むことだが、なんとなく憚られた。
とはいえ。
「前から聞こうと思ってたんだけど、なんで、体操着にブルマなの?」
「え、可愛いでしょ?」
「可愛いでしょって、いや、いくらそうだとしてもだね」
「男が可愛い格好が好きで、何が悪いんスか」
「いや、悪くはないが、その……見ていて好き、というのと、自分が履く、というのはまた別の問題じゃないだろうかね」
「そんなことないすよ、ブルマを履いた女の子が美しいように、俺も美しくありたいだけっス」
「男……だよね?」
たまに確認しないといけない。狭い肩幅から引き締まった腰、腿にかけての曲線は中性的で艶がある。
「いや、でも所長、俺、この格好で街中を走れるからこのバイトしてるみたいなとこあって」
「そうかぁ……君、たしか大学生だよね?」
「いや、高校っス。高校二年っス」
「じゃ、これから学校か」
「そっス。じゃ、もう行くんで」
伊武君は配達所のクーラーの前に立つと体操服を勢い良く脱ぐ。ほどよく筋肉のついた背筋が顕わになる。続いて履いていたブルマを一気に引き下ろすと、エメラルドグリーンのビキニパンツが目に眩しい。脱いだ体操服で全身の汗を粗く拭うと、スクールバッグから校章のついたワイシャツとズボンを取り出して見る間に着てしまう。いつしか私もじっと見つめてしまっていたようで、視線に気づいた伊武君と目が合ってしまう。
「なんスか?」
「あ、いや、なんでも……ある。君、ブルマを反対に履いていただろう」
伊武君ははじめて狼狽えたような、ばつの悪い顔をしてみせた。
「あれ……わかっちゃいましたか……困ったなぁ」
実に愛らしい――愛らしい?
「簡単な話っスよ。ああしないと、その……はみ出ちゃうんスよ」
店の裏で朝も早よからアブラゼミが「じぃぃぃ」と力尽きる。