Entry1
ぐりとぐろ
サヌキマオ
父の古い年賀状の住所を辿ると、はたして山の中腹に住まいがあった。観光地としては見どころの無い山林で、よほどの事情がない限り訪れる人もないだろう。例えばきのこ狩りとか、狩猟とか、人探しとか。
呼び鈴を押すと、ややあって老いた住人が顔を出した。歩くのもやっとの様子ではあるが、見慣れた青いオーバーオールは間違いなく彼だった。何よりも、伯父は父にそっくりだった。
「この年になると葬式なんか嫌でね。随分失礼したよ」伯父はお茶を淹れてくれる。あらためてソファーに座ると僕の顔をまじまじと見た。「いや……弟とはいえ、正直顔は覚えていないんだ。でも君は兄に似ている。ぐらにそっくりだ」
ということは弟である君のお父さんにもそっくりなんだろう、と一息ついた。伯父に合わせて僕もお茶を飲む。枯葉の他にもっと複雑な、森の菌糸の匂いがする。居心地のいい味だ。
「それで、ボクのことをどうやって知ったのかね。ええと」
「セメジです」
「セメジ君、うん――」伯父はまた考え込んだ。「その形ということは、君のお母さんは」
「ええ、人です」
「そうか、人か。だったら余計に気になる。なぜ君は」
「前々から気になっていたのです」ようやく語るときがきた。「『ぐりとぐら』が双子の野ネズミの兄弟だというのはおかしいな、と思ったのです。そこがすべての始まりでした」
伯父は目を瞑って大きく頷いた。「その理屈はわかる。だいたいネズミの双子というのは、難しい」
「そうです。野ネズミは一回に十二匹ほどのこどもが産まれると聞いています」
「左様。それで、君のお父さんはボクの兄弟でないか、と思い至ったわけだ」
「そういうことです。何と言っても父はネズミだったし、父がネズミだったことでずいぶんいじめられもしました。今となっては気にしちゃいませんが」
「なるほど」
来るとわかって用意していたんだ、と伯父は手元のアルバムを開いて見せてくれた。「ご推察どおりだ。ボクには同じに産まれた十二匹の兄弟がいてね。上からぐら、ぐり、ぐる。ぐれ、そして君のお父さんのぐろ。続いてぐわ、ぐを、ぐん……」
古ぼけた写真には仰向けの母親の腹に群がる十一匹の子ネズミがいる。二匹は産まれてすぐ死んでしまって、名前をつけなかったらしい。
「すぐにみんなバラバラになってしまったよ。まぁ、森の中のちっぽけな生き物だものな」
伯父は屈託なく笑うと「どれ、かすてらの用意がある」と立ち上がった。