Entry1
Uターン爺さん
Bigcat
うちの息子は鉄鋼メーカーに就職が決まったが、営業職なので運転免許を取らなければならない。しかし極端に不器用で、運動音痴なので、何度も卒業検定試験に失敗し、今年の二月末、四度目の試験でようやく免許証を入手できたが、息子はいまだに憤懣やるかたないという調子で、
「あの爺さんさえおらんけりゃ、もっと早く取れたんや」と愚痴っている。
卒検は毎週月、木曜日の朝9時から行われ、A,B,C,D の四コースがある。一度目、息子はCコースで落ちたが、
「練習、練習」と言いながら、あまりがっかりした様子はなかった。
二度目はBコース、道幅が狭くて、坂道の多い苦手なコースである。
息子が電車の踏切を越えて、ほっと息をつきながら、団地の中に入ったころだ。数十メートル先の右側歩道に紫色のダウンジャケットを着た爺さんが立っているのが見えた。目の前に横断歩道があるのに、いっこうに動く気配がない。息子はなんの迷いもなく、アクセルを踏み込んだ。その途端、でっぷり肥えた試験管のおっさんがぐっとブレーキを踏み、
「中止!」
と宣言し、こう言ったそうである。
「横断歩道に人が立ってるんやから、止まらにゃあかんで」
これで不合格。
三度めも、この苦手なBコースに当たり、嫌な予感がしていたが、なんと同じ場所に同じ爺さんが立っていたのだ。息子はビビッて横断歩道の大分手前で一時停止し、爺さんがゆっくり渡り終えるのを待って、おもむろにアクセルを踏んだ。が、その時、信じられないようなことが起こった。渡り終えたと思った爺さんがクルッと向きを変えると、横断歩道を突然走り出したのだ。おかげで試験管は(今度は若そうな人だったが)、急ブレーキを踏んで中止宣言。
二度まで爺さんにしてやられた息子は、教習所で知り合いになった若者に怒りをぶちまけた。するとその若者は、
「その爺さん、もしかして紫色のダウン着てなかった?」
聞けばその若者も、全く同じ場所で爺さんの急なUターンの被害にあったのだそうだ。さらに数日後、
「爺さんが急に走り出してなァ」
という別の若者の声を自動販売機の前で聞くに至り、爺さんの被害がかなり拡がっていることを知ったのだった。