Entry1
拾った美女
Bigcat
タクシー運転手の仕事を始めて間もない青年が、ある夏の晩遅く京都市内を流していた。賀茂川沿いの人気ない場所に差し掛かった時、曲がり角の所で、手を上げている着物姿の若い女性が目に入った。
彼が車を止めると、その女性は乗り込んできて、
「xx寺へ行っとくれやす」と行く先を告げた。女の家は寺のすぐ近所ということだった。xx寺は京都の古刹で、運転手はすでに何度も行ったことがあり、土地勘は十分だった。ゆったりした気分で運転していた。美人を後ろに乗せて、鼻歌でも出そうだった。
ところが、彼がミラー越しにたまたま後部座席に目をやった時、背筋に何か冷たいものが走った。花柄の着物をまとった、きちんとした身なりの若い、美しい女性だったが、押し黙って視線を足元に落としたままの無表情な姿が、なんとなく博物館の蝋人形を連想させた。
寺に近づくと木々の間から赤い焔がちらつくのが見えた。車が接近すると、どんどん焔が大きくなってきた。運転手が、
「あれ!どこか燃えてますよ。火事違います?」と言いながら、女性の表情を伺ったが、女性は何の反応も示さず、押し黙ったままだった。
彼は寺の石垣を右に曲がった。一軒のしもた屋風の家が完全に焔に包まれていて、今にも崩れ落ちそうだった。彼は車を止め、
「やっぱり火事ですよ。どうします?」
と言いつつ再び後部座席を振り返ったが、女性は煙のように姿を消していた。彼は仰天した。火事に気を取られていたとは言え、降りる物音も気配も全く気付かなかった。車のメーターは2千円をさしている。まさか乗り逃げ?会社へ帰ったらどう言い訳しよう。
彼は燃えている家の付近まで近づいて、タクシーを降りた。消防車と救急車が止まっている。消防士が火炎にホースを向けて、必死に消火活動をしている。だんだん人垣が増えてくる。その最中一人の人間が消防士の手で燃えている家の中から運びだされてきた。彼は凍りついた。その体は消火活動のホースの水でぐしょぐしょに濡れていたが、顔立ちの美しさは焔の明かりの中で際立っていた。まさしくタクシーの後部座席にいた和装の女性だった。
女性の体を運び込んだ救急車が現場を去るのを見届けた後、青年はタクシーに飛び乗って、本部の配車センターへ急いだ。喘ぎながら、彼は目撃したことを同僚に告げた。中年の運転手仲間が、青年のタクシーを覗き込んで、大声で叫んだ。
「おい!バックシートがぐしょ濡れやで!」