鬼払い
今月のゲスト:巌谷小波
まずある所にお爺さんとお婆さんとがありました。自分の児が軍人に成って、戦に出て居りますのに、家が至って貧乏ですから、どうかしてお金が欲しいと思って居りました。
すると、ある晩一匹の鬼が、大きな金函をかかえて来ましたが、お爺さんに向いまして、
『お金が欲しけりゃ貸してやろう。その代りこれが返せなければ、お前の命を取ってしまうぞ』
と云います。
お爺さんはお金の欲しい時ですから、直ぐに命を抵当に入れて、そのお金を借りました。
けれどもお爺さんは好い人で、その鬼から借りたお金は、大方人に恵んでしまったものですから、約束の日が来ましても、どうしても返せませんので、大きに弱って居りました。
するとその晩の事です。鬼は表の戸を叩いて、
『サア金を返してくれ! 金が出来なけりゃ命を取るぞ』
と云います。
お爺さんは吃驚して、
『ソリャ大変だ』
と云いながら、戸棚の中へ逃げ込んだ、ブルブル震えて居りますと、お婆さんは
『お爺さん、そんなに心配する事は無いよ。私がうまい事を考えたから』
と、云いながら、棚の隅から古い瓢箪を持ち出し、その口を戸の隙間へ当てがって、
『鬼さん、鬼さん、よくいらっしゃいました。ではどうぞお入り下さい』
『そんなら入るが、全体どこから入れるんだ』
『さァこの穴からご遠慮なく』
『ヨシ、入るぞ』
と、云いながら、鬼は身体を小さくして、いきなり戸の隙間から、瓢箪の口へ飛び込みました。ところをお婆さんは待ちかまえて、いきなり口を堅く詰めました。
『お爺さん、お爺さん、鬼を生捕にしてやったから、もう大丈夫だ、大丈夫だ』
と、云うのでお爺さんも安心して、戸棚の中から這い出しましたが、これからはこの瓢箪を、囲炉裏の上に釣りあげて、滅多に鬼の出られない様にしておいたのです。
そうするうちに、息子の軍人は、戦から帰って来ましたが、その時の御褒美に、勲章やお金を貰って来ましたので、お爺さんは大きに喜びましたが、また鬼の事を思い出し、なんぼ鬼の物でも、借りた物は返さなければならないと、お婆さんにも相談して、まず瓢箪の口をあけ、中から鬼を出してやって、お金を返そうとしますと、鬼はお金より人が食いたいので、いきなりお爺さんに飛びつきましたが、側に居た軍人を見ますと、キャッと云って頭を抱え、お金も取らずに逃げてしまいましたとさ。