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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第9回バトル 作品

参加作品一覧

(2018年 9月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
辻潤
646

結果発表

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展覧会の屁
サヌキマオ

 国立現在美術館は都立公園の中に建っている。こう書くと気分のいい立地に思えるだろうが、その実は地下鉄の駅からバスで五分、歩いて二十分の道のりにある。この事実は、いかにこの国の人々がコンテンポラリーアートに無関心であるかかを仄めかしている。余暇に連れ立って印象派だのラファエロ派だのを見に往くオバチャンは「きれいなものを観る」という見栄と娯楽が欲しいのだ。あんまり「天井から逆さに備え付けられたピアノ」だの「『折衷』と名付けられたボロ布」だのを観に行くのが趣味だとは思われなくないのである。
 話を戻すが、今日、現在美術館に新しい展示品が加わった。リノリウム製の円い台だけが空間に一つ置いてあって「屁」と表題がついている。台の上には作品たる何かが乗っていると余暇オバ(略した)も多少は観に来る気を起こすかもしれない。しかし、遠目には台だけが見える。近くによると常にひどく臭う。
 当然、議論は割れた。
 屁に「屁」と題名をつけたものが芸術作品足りうるかどうか、についてである。リンゴに「リンゴ」と札がついていれば八百屋だし、パンダの檻の前に「香々」と看板が立っていれば上野動物園である。一方、便器にサインをすれば「泉」と表題が着く。屁をそのままもってきて「屁」とは何事であるか。まもなくこのことは現代美術シーンでの議論となり、議論となると目ざといマスコミが面白がり、あっという間に全国区での話題となる。しかし目下の話題は「どうやって『屁』を空間に留めておくのか」という点に集まった。気体が空間に固定できるならば、毒ガスをトラップに利用できる。軍事利用に転用可能な技術であった。しかし八月の盆前、この「屁」がポータルサイトのトップページに上るようになると臭いは忽然と失せた。まもなく作者の暮森時蔵という人物も存在しないことが判明する。

「時蔵じっつぁは?」
「奥で寝どる」
 かの暮森大明神である。社の裏の穴の奥が御殿になっていて、奥の寝床で老いた狸が寝込んでいる。
「テレビじゃ偉ぇ騒ぎだぇ。表に出てはならない極秘の科学技術が出てまったんでねか、って」
「表も裏もねぇ。じっつぁの生産性の無ぇ暇つぶしだんに」
 暮ガ森の長老であるところの時蔵はやおら起き上がると、急須から出枯らしを注いで無気力に啜る。
「なんもなんも、あんなところにアートは無。東京はおっかねところじゃ」
 お土産の東京ばな奈は狸の内で好評であったという。
展覧会の屁 サヌキマオ

事業展開
ごんぱち

「ただいま、おとったん。とうなす売れたよ」
「帰ったか与太郎」
「これ、売れたお金」
「ひいふうみい……ええと、たくさんだ」
「とうなすがぜんぶなくなったからね」
「そうかそうか、お前のような馬鹿にとうなす屋だって務まるかどうか心配だったが、馬鹿の一つ覚え、多少は客も付いてサマになってきたな」
「えへへくすぐったいね、与太郎様だなんて持ち上げられちゃ」
「そういうサマじゃないよ」
「じゃあ、与太郎大将、与太郎長官、与太郎参謀、与太郎小暮閣下?」
「そこまで偉くはないよ。ただの穀潰しが半人前の仕事をようやく出来るようになっただけの事だよ」
「半人前じゃあ腹がふくれない、うなどんなら四人前とっておくれよ」
「うなどんて程の稼ぎじゃあないよ。これならせいぜい茶漬けに鮭が半切れ増やせるぐらいの事だ。ともあれよく頑張った、晩飯済ませたら今日はゆっくり休みな」

「――ねえおとったん、あたいね、このままじゃあいけないと思うんだよ」
「そりゃそうだ、飯粒が鼻の頭に付いてる」
「おとったん、知ってるかい、顔に米粒をつけるとおべんとうになるらしいんだ」
「米粒一つで腹がふくれるもんか、二粒つけておきな」
「わかったよ、おとったん。うん、あれ? どうも三粒つくね」
「だったら、明日あらためて持って行きな」
「分かった。それであたいね、じぎょーてんかいをしなきゃいけない、新商品を売りたいんだ」
「あのな与太郎、商売てぇのは『あきない』ってんだ。飽きずにコツコツやって初めて信用が得られて儲けも増えて行くものだ」
「ぷぷぷ、『商いで飽きない』かい、ダジャレだね、おとったん、『商いで飽きない』ぷぷ、ぷぷぷ、あははは! それでじぎょーてんかいがね?」
「まだ言ってやがる。何をしたいんだよ?」
「世の中、水素水っていうのが流行っているらしいんだ」
「まあ聞いた事があるな、大女優も愛用しているなんだか凄いものらしい」
「あれでお茶をいれようと思ってわかしてたらね、いつのまにか水が煮飛んでこんな粉がちょっぴり残ったんだよ。これを水素水のもとって事にしたら、大売れするんじゃないかな?」
「……水素水に目を付けたのは、馬鹿のお前にしては上出来だ。煮てかさを減らして売るのも大した考えだ。でも、やっぱりお前は一本足りないよ」
「二本分煮た方が良かったかい?」
「そうじゃあない、水素水は水なんだから水を飛ばしちゃ意味がない」
「あ、そうか」
「煮飛ばした水の方を売りな」
事業展開 ごんぱち

ゑきすとらばがんざ
今月のゲスト:辻潤

    1

 猩々緋の衣を着けた毒茸のような落日が、爛酔の「ヱキストラヷガンザ」を奏でている。痩せこけた海坊主のような無数の烟突から黒雲の大箒木が天の一角に向かって物凄い叫び声をあげている。その音響は嘗てムンクの絵から抜け出した侏儒の絶叫とそッくりそのままである。大都会の街上には今、落日の腐爛した体内から分泌するディスコルドが異常な放射を雨降らせ、プロレタリヤの空腹と拗れにねじれたムカッ腹と、寒気の交錯した市中音楽隊に石油の空罐を敲きつけている。この時、癲狂院の庭の隅に今迄、おとなしく跼蹐って眼をつぶっていたネルヷルのような男はカット両眼を見開いて、豪猪やまあらしのような毛髪を逆立たせながら、血ヘドの曼珠沙華を芝生の上に散乱させた。

    2

 逆さまに吊された水脹れの蒼白い女の腹が河豚の食慾のアレグロをそそり始める頃に、落日の真紅クリムソンが彼女の胴体を包んだ。この時、断崖の突端から西の方を眺めると、深い寂寞を湛えて異様な香気を発散するヹナスの森が彷彿として来る。紫雲の胴衣と金色の首環をした煩悩の尨犬むくいぬは異常な法悦に陶醉しながら、その生臭い爛れた赤い舌に火酒の焼きつくような渦巻を湛えながら、森の奥深くアダヂオの歩みを続けてゆく。この時、ヹナスの森はその微細な網葉の先端までも鋼鉄の弾力を忍ばせるトレモロを奏でて嬉しくも、悲しきメロディヤを深く長く息づいた。やがて、森の中央の深き狭谷に隠れていた白熱のゲイサアは凄じい爆音と共に虚空をめがけて噴出した。尨犬は深いニルヷナを思わせるような表情をして、合掌瞑目した。