ねずみが暴れるので山田さんからねずみおとしを借りて来て台所に仕掛けた。子供らが寝しずまると間もなく、ことことやり出した。切芋を引きに出て来たなと思って耳をすましていると、パシッとかかった。誠一を起し、ろうそくに火をつけさせて、障子をあける。てらし出された板の間の、ねずみおとしの中にうごくもの――何だか居直り強盗にでも向うような気がした。火を近づけると、ねずみはあわて出した。あわてるのを見たら、こわくなくなった。何とかして抜け出そうと金網の中でてんてこ舞いをしている。誠一も私も息をこらしてじっと見ている。そのうちに、ねずみはついにあきらめたものか、向うのすみにうずくまってしまった。誠一が火ばしでつついてもじっとしている。動かぬ奴は面白くない。誠一がくしゃみをした。私らはろうそくの火を消して寝床にもどった。昨夜まで暴れて、われわれの乏しい配給品を食い荒らした犯人が、まんまと捕われたのに限りない満足をおぼえて、私はぐっすり眠りこんでしまった。
ねずみの裁判は夜が明けてから行われた。誠一が執行官となり、おごそかに水殺の刑に処した。死がいを隣のねこに進呈した。
三日目の夜もう一匹取れた。ろうそくの火に照らされ今夜の奴はとてもあわてた。逃げようとしてむちゃくちゃにあせっている。右にとび、左にかえり、ぶっつかる先々の金網の目の中へとんがり鼻を突込んで、こじるものだから、鼻の頭はいつしか血まみれになった。それでもなおあきらめず、上へととびあがり、底をさがし、はては所きらわず、金網にかじりついて、かみ切る気である。みていてとても面白い。ろうそくの短くなるのも気にかけず飽かず眺めた。ねずみはいよいよあせり狂う。歯も折ってしまった。いのち惜しさに恥も外聞もない。私はしだいに腹を立ててきた。見苦しいぞッとどなった。この前のねずみは、とても助からぬと知るや、泰然自若として運命を待った。小さいながらその姿は私を威圧するものをもっていた。私は軽い畏れをさえ感じて、誠一のくしゃみを好いしおに引下がったのだった。それだのに、此奴のざまは何だ。見苦しくて、見るさえ目の汚れになるようだ。
「今すぐ、やっつけてしまえ!」
私は誠一に云いつけた。
「どうしようか?」と誠一がたずねた。
「煮え湯をぶっかけろ。皮をむいて、天ぷらにして食っちまえ!」
ねずみの天ぷらはおいしかった。しっぽは骨ばかりで食えなかったが、頭は鼻のさきまでたべられた。肉は小鳥ほどでもなかったが、臭味も癖もなく、若いにわとりのようだった。
「この前のも隣のねこにやらずに食べたらよかったねえ」
「うん、惜しいことをしたな。うまいはずだよ。人間と同じものしか食わぬのだから」
からっぽになった皿を前において、舌なめずりしながら私は考えた。どうせ死ぬと決まってからは、じたばたせぬがよいわい。じたばたすると、かえって死期を繰上げられるかも知れぬ――