鴉金/猫の蚤
今月のゲスト:織田作之助
鴉金
家業は寿司屋だったが、はやらず、年中貧乏していた。頼母子を落し、無尽を食い、保険を食ったあげく、いよいよ食うに困って、高利貸に借りた。百円借りて、三十日限りの利息天引きで、六十円しか入らず、毎日日が暮れると、自転車で来て、その日の売りあげをさらって行った。俗にいう鴉金だ。ひどい奴めと、その後ろ姿へまく塩すら、諸事倹約の暮しだった。
売りあげの少ない時は、自転車に錠をかけて、高利貸の居催促がきびしく、女房は日の暮れるのを待たず、質屋へ走った。たび重なっては風呂敷包みでは恥ずかしく、出前用の提箱(岡持)に質種をいれて、外聞をかくした。
界隈にあるほどの質屋の暖簾を、どれ一つくぐらぬことはなかった。通っているうちに、ものによっては他店より高く貸す店がわかり、一軒で質入れした金を握って、べつの店へ出向き、そこで受け出した品を、また別の高く貸す店へ質入すれば、少しは手に握る金も多くなるだろうと、このやりくりに質屋から質屋へ提箱をさげて駆けずり回った。
そのようにしょっちゅう提箱をさげて町を駆けずり回っている姿を見て、人々は、よう出前のある店やな、えらい繁昌しているやないかと、目を見張った。だんだんにそれが評判になり、本当に繁昌した。もうこれで、食うに困ることもあるまいと、夫婦はほっとした。
しかも女房は相変わらず、提箱をさげて質屋の暖簾をくぐった。けれど、その提箱のなかには、質屋が注文した寿司がはいっているのだった。
猫の蚤
岡部太市。三十六の男。平凡な顔の、平凡な男。
たったひとつ、ひどく吝嗇である。焼き芋なぞめったに買うことはないが、買えば、その包み紙の皺を伸ばして、丁寧にしまっておく。鼻紙に使うようなこともしない(汚い話だが、手洟をかむ)。
太市に一人の叔母がある。裕福な暮らしをしている。残酷な話だが、太市はこの叔母の死ぬのを待っている。
叔母が死ぬ。太市は駆けつけて、形見分けに無理言って狐の襟巻を貰う。着物なぞ貰うより値が張ってよいと、太市はこれを喜ぶ。
吝嗇のくせに太市は暮らしに困る。太市は狐の襟巻を売ることにする。しかし、今の時節に狐の襟巻のような贅沢なものを首に巻く人はない。従って売れない。質屋も受け付けぬ。
太市は困る。
ある日、太市は年来貯めてある紙片、反古の類を整頓する。その一枚にふと目がとまる。古い小説本の切れはしらしく、こんなことが書いてある。
「五十歳位の男が、風呂敷包みを肩にかけて、猫の蚤とりましょ、猫の蚤とりましょと触れ歩く。猫好きな隠居方が呼び入れて、猫の蚤をとってくれと頼むと、一匹三文ずつに決めて、とり始める。まず猫に湯をかけて洗い、濡れた体を狼の皮で包み、暫く抱えていると、蚤どもは濡れた体を嫌って、みな狼の皮に移ってしまう。そこをすかさず大道へ振り落とす」
太市は狐の襟巻を肩にかついで、猫の蚤をとりましょ、猫の蚤をとりましょと触れ歩く。大猫一匹十五銭のつもりである。仔猫は十銭。なお、道々、猫の卵もとりたいが、これはどうすればよいだろうかなど考える。しかし一軒も呼び入れてくれない。昔と今とではこんなことでも違うのかと、一銭にもならず、すごすご帰る。