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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第26回バトル 作品

参加作品一覧

(2020年 2月)
文字数
1
金河南
1000
2
サヌキマオ
1000
3
ごんぱち
1000
4
アレシア・モード
1000
5
蘭郁二郎
591

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料亭K
金河南

私と少女は、A県S市にある深夜の山を歩いていた。
一般公開されている山の遊歩道の駐車場から、看板が指し示す遊歩道ではなく駐車場の後方に続く道を歩くこと二時間半。時折弱音を吐く少女を叱咤激励し、細いけもの道をひたすらに進んでいくと、遠くにぼんやり灯りが見えた。
ひっそりと建つ日本家屋。料亭Kにたどりついたのだ。
玄関先で迎え出た女将に、可憐に育った少女を見せると
「まぁ、まぁ、」
と女将は感嘆の声をあげ、大きく頷いた。
女将の先導で座敷に落ち着くと、さっそくお通しが出る。お通し一つとっても、ここでしか食べられない逸品だ。物珍しそうに調度品を眺めている少女を尻目に、さっそく箸をつける。
この料亭は、誰でも気軽に来れる場所ではない。料亭側が提示する代金の調達に苦心し、この私でさえ前回の食事から十数年ほど間が空いている。一生に何度も来れる場所ではない……そのような感慨も、きっと美味しさに含まれていることだろう。更にこの料亭にはお品書きが無い。しかし毎回、私がこれまで食べたものとは全く違った料理が出てくるため、こうして待っている間にも期待が膨らんでくる。
しばらく経つと、お膳が来た。
素焼きの質素な小鉢に盛られたれいご草のひだり醤油、漆塗りの椀に入った楓粟の凍み月とかし、白磁の小皿にはやまびこ杏のせん皮添え……。女将が口頭で丁寧に説明してくれる。もちろん、前回の記憶とは全く違う品々だ。お猪口を持ち上げると、女将が微笑みながら南蛮童子の星漬け酒を注いでくれた。一気にあおると、独特の匂いのあとスーッと鼻に抜ける。これもまた美味い酒だ。
一方少女のぶんは、温泉街の旅館などで出てくるような、食事の価値がわからないお子様用の御膳だ。少女は疲れも相まってか、少し箸をつけてジュースを飲むと、ゴロンと横になり眠ってしまった。
私は構わず箸を進める。
食事のシメには、ふわり鳥の楼柑雑炊。最後の米の一粒までかき込み、私はすっかり満たされた。都会にいては決して味わえない、珠玉の品々。
挨拶に来た料理人に礼を言い、少女を一瞥し立ち上がる。女将と共に玄関先へ向かいもう一度礼を言うと、
「今回は非常にお美しいお代金でしたので、私どもも頑張らせていただきました。お次の機会がございましたら、6才の男の子をお待ちしております」
女将はうんと微笑んだ。
料亭Kを背に、一人でくだる帰り道。私は、次の妻には男の子を産んでもらおうと遠い月を仰いだ。
料亭K 金河南

桜を見る会
サヌキマオ

 恋里のおじさんから桜を見る会に招待されたので行くことになった。恋里のおじさんはおじさんで、仲良くしている町のおえらいさんに招待されて「何でもいいから人を集めて景気よくいこうぢゃないか」と云われたそうだ。どこの桜ですか、と聞くと東京の桜だという。桜を見るのにわざわざ東京くんだりまで行くんですかと聞くと「そりゃあお前、偉ぇ人が招待してくれるんだから行かなきゃいかんだろう」とにべもない。行き帰りの新幹線のチケットは用意してくれるという。ついでに宿泊代も出ませんかね、というと日帰りだという。
 朝一の新幹線に乗って東京駅について、そこからどこをどう電車に乗ったものかわからないまま、ずいぶん立派な門扉のある公園に着いた。休日だからか大勢の人で賑わっていて、聞けばこれら大勢の人も我々と同じように「桜を見る会」に招待された人たちだという。
 公園の中では、それはもう見渡す限りに桜の木が植えられているのだった。設えたような満開で、公園のどこを見回しても薄い紅の差した花弁に囲まれる。
 今年は一月に死刑になったオオタグロチンゾーのおかげで花の色が濃いのだという。聞かされる日本語が正確には頭で理解できなかったが、小倉かどこかで家族をまるごと強盗殺人したか海に沈めたかの罪で死刑が執行された人で、執行後に公園に埋められた人の狂気が公園中に広がって桜の花に紅く色づけるのだという。そういえばあれだったなぁ、二〇一一年は花が真っ白でね、桜って、こんなに白くもなるものかと思ったことがある。これはおじさんの話だ。
 桜の林に放たれた人々はみな一様に呆とした顔をして、地下に埋められた人間の狂気に中てられているようだった。
 自分の体にも、今着々と狂気が蓄積しているのだろうか。
 そうこうしていると人の波がきれいに左右に割れていくのが見えた。行列を成してこちらに向かってくるのは全身黒尽くめの集団で、斧やチェーンソーなど手に手に獲物を持っている。
「桜を斬る会のやつらだ!」
 桜を斬る会の面々はそれぞれ散り散りに散らばって獲物を振るい始めた。バサバサと枝が落とされて花びらが舞い散るのを、どこからともなく湧いて出てきた緑色のジャージの一団が手にごみ袋や熊手を持ってかき集めていく。
「桜を煮る会のやつらだ!」
 その後も桜を割る会、桜を煎る会、桜をる会などが大挙して訪れ、まもなく何にもなくなった。
 家には夜遅くに帰りついた。
桜を見る会 サヌキマオ

おじさん
ごんぱち

「なあ蒲田、実家に住む独身男性を、子供部屋おじさんと呼ぶ表現があるな?」
「まあ、あるな、四谷。前はパラサイトシングルと言っていたものだと思うが、性と年齢差別を加えてより侮蔑要素を強めた辺りに独創性があるんだろう」
「無職じゃないんだよな」
「ああ。子供部屋おじさんの初出は二〇一四年で、再発掘が二〇一九年なので、定義も混乱気味であるが、最低限無職とは区分けされなければあまりに広すぎて意味がない。全てを表す言葉は何も定義していないのと同じだ」
「家庭内暴力をしている?」
「それは定義にないな」
「じゃあ、正規雇用ではない?」
「そういう事もないぞ、分かって探っているな、四谷」
「……つまり、実家から出ていないというその一点で中傷されていると」
「独身の部分もかなぁ」
「ふうむ……だとすると、中傷されない為には、結婚をする? そうすれば万事OKか」
「でも子供がないと、古来から子無し夫婦、種なし等、蔑称は当然にあるな。ピーターパンシンドロームなんてのも独身に限定されないし」
「ぐぬぬ、じゃあ、子供ありなら大丈夫だよな。国民の義務を果たしている訳だし。実家にいても?」
「自分の実家なら、何だかんだで子供部屋おじさん呼ばわりはされそうな気がするな。妻の実家なら間違いなくマスオ呼ばわり」
「じゃあ、実家から出て夫婦で子供を持つ、これで良いな」
「ガラが悪かったらDQN一家とか、低収入なら底辺とか、古典的には貧乏人の子だくさんとか、罵られパターンは尽きなかろう」
「……なあ、蒲田」
「なんだ四谷」
「それ、言ってる人って、何おじさんになるんだろうな?」
「提唱したのが誰であるかは分からないが、広めて定着させようとしているのは、広告代理店のエリート社員とかじゃないか。タワーマンションとかに住んでるタイプ」
「なるほど、うんこ野郎おじさんか……ハッ!? そんな超エリート上級国民閣下様ですら罵られる」
「上級国民も揶揄にしか使われない表現になったな」
「ふうむ、つまるところ、揚げ足を取ろうとすればどうとでもなるって事だな」
「そういうもんだろう。気にしても仕方がないし、揶揄するヤツは天に唾するのと同じだ」
「そうだな。人様に大きく迷惑をかけない程度の生き様をしているなら、余計な批判をするなってじっちゃが言ってたし」
「お前、じいちゃんとそんなに接点なかったろ。それより、ぼちぼちお前がじいちゃん側の年齢だろう」
「アラフィフ……怖いな」
おじさん ごんぱち

帰ってきたヨッパライ
アレシア・モード

 私――アレシアは死んだ。

 色々経験してきたつもりではある。幽霊に会った。宇宙人すら何度もコンタクトした私である。しかしマジ死ぬのは初めてである。さすがにそこは人並みか?
 私は覚束ぬ足取りで、天国への階段を登る。いや、これヤバいだろ。天国の階段、マジ階段しか無いのである。足元にただ階段、ただ薄っぺらの階段、手摺すらない。その下は無限の空間、仄暗い霞の距離感もなく広がるばかり。人智を絶する高みの果てに、足元の階段はますます狭まっていくではないか。しかも私は酔っているのだ。お分かりか? ちょっと踏み外せばどうなるの。普通、こう、あるだろ、河とか渡し船とか? 無いのか? マジか。
 最後は這いつくばって登った。はあっ、もう幅は一メートルもない。ヤバい、天国ヤバい、目前に扉がある、はあっ、ピカピカじゃん、アホですか、ラスベガスですか、いやもうハシゴくらい細いじゃん、死ねって言うんですか……


『娯楽の殿堂、パラダイスへようこそ』
 光が私を包む。
 何やらバロック調の装飾に満ちた回廊、左右には可愛い少年少女が眩い笑顔でなぜかお辞儀をすると、私の背を押し奥へ奥へと進めて行く。そこは大勢の人々の楽しげに集うショッピングモール……的な広場である。右手にチョコスイーツの店、うわ、むっちゃ安い。
「おい、お前!」
 突然、強い口調で呼ばれた。見ればこの世の全てを手に入れたような目のイケメンが、ブランデーグラスを差し出して言うのだ。
「お前は俺のものだ。お前にはその価値がある……全てを投げうっても、お前が欲しい! 誰にも譲りはしない、さあ、このグラスを」
「ふむ、面白い」
 後ろから声がした。振り向くと、陰湿げなメガネをアピールするイケメンが、ワイングラスを差し出して言うのだ。
「私は君に興味はない。ただ……その骨格はなかなか良い。頬から首筋にかけての肉付き、髪のラインも芸術的じゃないか……いや、あくまでそれだけの事だ! だからこのグラスを受け給え」
「お姉ちゃん!」
 下から声がした。見ると十代すれすれな美少年が、ストロングゼロの缶を差し出して言うのだ。
「僕、僕、お姉ちゃん、ごめん、分かんない、分かんないけど、僕、お風呂で、僕、僕、お姉ちゃん、お姉ちゃんのこと、ごめん、だから、この、僕のストロングゼロを……」

(なあ、おまえ……)
 はい?
(まだそんな事ばかりやってんのでっか……)
 はあ。
(ほなら、出てゆけ……)
帰ってきたヨッパライ アレシア・モード

舌打する
今月のゲスト:蘭郁二郎

 チェッ、と野村は舌打ちをすることがよくあった。彼は遠い昔の恥かしかった事や、口惜くやしかったことを、フト、なんの連絡もなしに偲い出しては、チェッと舌打ちするのである。
(あの時、俺はナゼ気がつかなかったんか、も少し俺に決断があったら……)
 彼はよくそう思うのであった。けれど夢の中で饒舌であるように、現実では饒舌ではなかった。女の人に対しても口では下手なので、手紙をよく書いた。けれどやっぱり妙な恥かしさから、彼の書いた手紙には、裏の裏にやっと遣る瀬なさをひそめたが、忙しい世の中では表だけ読んで、ぽんと丸められてしまった。
 また女の人と一緒に歩いても、前の日に一生懸命考えた華やかな会話は毛程も使われなかった。そして、彼はただ頷くだけの自分を発見して淋しかった。しかしその時は、ただ一緒に歩くだけで充分幸福であるのだが、あとで独りになると、チェッと舌打ちするのである。
 小学校三年の時、一級上の女生徒と、なぜか一緒に遊びたかったけれど、言い出す元気もなく、その子の家の『小田』と書かれた表札を何度も読みながら、わざとわきも振らず行ったり来たりして、疲れて家に帰った――そんな遠い遠い昔の事をふと偲い出して、またチェッと舌打ちするのである。

 ……といって、野村は、爪をりながら、私の顔を覗きこんだ。私はちょっと、いやあな気持ちがして、
『誰でもさ……』
 とタバコの煙りと一緒に吐き出した。