私――アレシアは死んだ。
私は酔った足取りで、ハーデースへの階段を降りていく。酔ったと自覚しているから大丈夫だろう。ハーデースは冥王であり、冥府である。つまり死後の概念の存在で……」
『おい、舟の渡し賃払いな。1オボロス』
「これを実体化したり擬人化したものが冥府とか冥王という表現として……」
『あっ、こら、どこ行く。舟だ。舟に乗るんだよ』
「へえ、大丈夫っす」
なんか後ろでオッサンがわめき続けてるが、ああいう手合いを相手にするのは田舎者だけだ。酔った女と思ってなめてるのだ。私は満面の笑みで水を掻く。ごらん、私は泳ぐ事も出来る。かつてシンクロナイズドスイミングで入賞した私だ。嘘だけど……
『あの、
冥王様……』
『どうしたヘカテー』
『アケローンの河原に、女の溺死体が流れ着いてたんですが。はい、これ』
ハーデースは立ち上がった。
『アホか! 冥界で溺れ死んでどうする。ゴラァ、起きよ土左衛門』
「誰がポール・サイモンやねん!」
キョトンとした顔の冥王めがけ腹に溜まってた河の水などを噴射すると、冥王は悲鳴をあげた。効果は抜群だ。心身ともにスッキリするとサワーとか飲みたくなる。
「えっとチューハイ頼める?」
『あっ、この女……前にも来た事がある……
第30回3000字バトルでケルベロスとペルセポネーを拉致した女!』
そんな話あったっけ。あ、本当だ。当時はキカイダーがマイブームだったか。
『ええい、帰れ』
「まァ、つれないわ、冥王様♡」
『ちわっ三河屋です。酒ここに置きやすんで。あらっす』とヘーラクレースは帰っていった。
『誰が注文した! あっ、もう飲んでおる』
「キャハ、このスピードが良いよね、ストロングゼロ……」
つい、よろめいた私は、そこにあった椅子に座り込む。冥王が噴火のような嗤い声をあげた。
『ふはは、馬鹿が座りおったわ。その忘却の椅子に座りし者は総ての記憶を失い、自分が何をせんとしていたかさえ忘れ、永劫に座り続けるのだ……ふははは!』
「うがあ!!」
何も覚えていない。気がつくと朝だった。私は自分の部屋のベッドで寝ていた。目の前にマリがいる。
「なんでここにいるの?」
「――あなたが呼んだから……鍵穴にキーが入らないとか何とか。酷い酔い方だったわあ……毎度の事だけど」
こいつ、ずっと見守ってたのか?
「ねえアレシア……この椅子、なかなかアンティークね……」
えっ?
「――どこで、手に入れました?」
「……分かんない」