Entry1
金星
サヌキマオ
日曜日に市場へ出かけ意図と朝を買ってきた。
意図は通り沿いの酒場の裏で売っている。建物の裏手にまわっても間口に合わせた広い石段になっていて、地下一階は別の店舗というわけだ。昔は地上の酒場でさんざん飲んだ面々が地下に降りて賭博に明け暮れたのだという。警察が乗り込んでくるたびに博徒や酔客たちは一目散にこの石段を駆け上がった。今となっては改装されて往時の面影はなく、開いているんだかいないんだかわからないようなひっそりとした佇まいだけが残っている。
「旧ソビエト政権時代、ヨシフ・スターリンが三日連続で髭を剃らずに執務室に現れた。その意図は」
「それ、いただこう」
朝は町外れの露店に限る。地元の老婆の手によって丁寧に摘まれた朝は籠の中できらきら光る。
月曜日はアフロを巻いて、火曜日はアフロに入る。
なかなか天然物のアフロが手に入らない昨今、手軽にハンドメイドできる似非アフロがおすすめだ。屠殺場から引き取ってきたドナドナの毛を焼鏝でくるくると巻いていくと巨きなアフロができあがる。一晩おくと夜露を吸って縮むので、あとは実際に中に入ってみてサイズ調整をすると良い。一日仕事になるので同時進行でポトフを作るのが慣例となっている。
水曜日はトモダチが来て、木曜日に送っていく。どうせポトフ目当てだ。ポトフがあるときだけは友達面をしてくる。
「まーた作ってやがるな」
そう云うとヤツは勝手知ったる人の家、深鉢とおたまを引っ張り出してきてポトフをよそってがつがつと食い始める。ポトフは寸胴にいっぱいにあるが、夜明け頃には空になり、そこで彼女との関係も終わる。家の脇の投石機から吹っ飛ばすと、女は世界の方々に朝を撒き散らして金星に帰って行く。
金曜には買っておいた意図が孵化して、ようやく為政者の気持ちがわかる。アフロから首だけ出して街に出かけるがずっと黙っている。今、この世でスターリンの意図を理解しているのはきっと私だけだ。
「旧ソビエト政権時代、ヨシフ・スターリンが三日連続で髭を剃らずに執務室に現れた。その意図は」
「フルシチョフが本当に莫迦なのか試してんだよ」
土曜日になった。やはり沈黙は一日しか持たなかった。我慢できずに喋ってしまった。子供のころからある、黴びたアヒルのおもちゃに喋れば喋るほど朝は失われ、とうとう昼を過ぎて夜になってしまった。また明日には意図と朝を買いに行かねばならない。買わぬ朝はない。