Entry1
親子丼の味
サヌキマオ
子の刻の鐘がもぉーんと鳴った。昼間からずっと水桶の後ろに潜んでいた影が、時来たりとて屋敷の裏口に就いた。内部の忍びを偽った密偵である。合い言葉は山と云えば川、海と云えば陸、町と云えば野、物事の裏と裏を合わせれば表が開く。そう事前に調べがついていた。無音の呼吸ひとつ、木戸に拳をひとつ、ふたつ。開いた途端に、匕首で、ぶつっ。手はずは頭に入っている。
「親子丼」
おやこどん。戸の裏から発されて耳に入った言葉が脳に届き、首筋まで一気に冷えきらせた。
おやこどん、とはいかなることか。
至極愚直に考えれば、鶏の肉を卵で煮固めて飯に載せた、あれである。あれだとすれば、あれの、裏とは何であろうか。親の肉を子のぐちゃぐちゃで包んだもの、の裏である。子の心を、親の愛で包んだもの、であろうか。筋は通っている。筋は通っているが、この状況をなんと呼べばいいのだろう。
ここまで考えて、影は一度考えを捨てた。そもそもの親子丼が違う。そう悟った刹那、中から再び、
「親子丼」
と声がする。聞こえなかったと思ったに相違ない。
まともに考えねばならぬ。親子丼、なんの隠語であろう――とふと閃くものがあった。親も子も慰み者にするのを「親子丼」と呼ばわった気がする。そんな話を――誰から聞いた話であろう。だが、そんなことはどうでもいい。その、親も子も慰み者にするやつの裏とはなんであろう。親も子も慰み者にせず、そもそも、慰み者にすることの「裏」とは何であろうか。逆に、男が男に慰み者にされるということであろうか。身寄りのない男に夜這いをかけられる――つまり、夜這いであろうか。「親子丼」に「男同士の夜這い」。どうもしっくりこない。「親子丼」の答えとしてしっくりこぬ。裏と裏が、合わぬ。
刹那の間にもこれだけ悩んでいるのに、闇はどこまでもひっそりとしている。影は久々に、なんとも情けない気持ちを抱いていた。
もっと単純に「他人丼」でいいのではないか。そろそろ覚悟を決めねばならなかった。戸の裏の忍びもそろそろ怪しいと思い始めるだろう、あとせめて三拍の間に考えねばならぬ――そうか、そうだ。「男の夜這い」で合っていたのだ!
「親子ど」
「釜飯ッ」
答えるや否や木戸ががらりと開く、刹那、中から飛び出してきた刃が影の喉っ首を突き通した。
「ばかものめ、今日は中に全員揃っておるわ」
薄れていく意識の遠く、遊ばれていたことに影はようやく気づく。