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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第31回バトル 作品

参加作品一覧

(2020年 7月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
アンブローズ・ビアス/ アレシア・モード
1000
4
加藤武雄
975

結果発表

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親子丼の味
サヌキマオ

 子の刻の鐘がもぉーんと鳴った。昼間からずっと水桶の後ろに潜んでいた影が、時来たりとて屋敷の裏口に就いた。内部の忍びを偽った密偵である。合い言葉は山と云えば川、海と云えば陸、町と云えば野、物事の裏と裏を合わせれば表が開く。そう事前に調べがついていた。無音の呼吸ひとつ、木戸に拳をひとつ、ふたつ。開いた途端に、匕首で、ぶつっ。手はずは頭に入っている。

「親子丼」

 おやこどん。戸の裏から発されて耳に入った言葉が脳に届き、首筋まで一気に冷えきらせた。
 おやこどん、とはいかなることか。
 至極愚直に考えれば、鶏の肉を卵で煮固めて飯に載せた、あれである。あれだとすれば、あれの、裏とは何であろうか。親の肉を子のぐちゃぐちゃで包んだもの、の裏である。子の心を、親の愛で包んだもの、であろうか。筋は通っている。筋は通っているが、この状況をなんと呼べばいいのだろう。
 ここまで考えて、影は一度考えを捨てた。そもそもの親子丼が違う。そう悟った刹那、中から再び、

「親子丼」

 と声がする。聞こえなかったと思ったに相違ない。
 まともに考えねばならぬ。親子丼、なんの隠語であろう――とふと閃くものがあった。親も子も慰み者にするのを「親子丼」と呼ばわった気がする。そんな話を――誰から聞いた話であろう。だが、そんなことはどうでもいい。その、親も子も慰み者にするやつの裏とはなんであろう。親も子も慰み者にせず、そもそも、慰み者にすることの「裏」とは何であろうか。逆に、男が男に慰み者にされるということであろうか。身寄りのない男に夜這いをかけられる――つまり、夜這いであろうか。「親子丼」に「男同士の夜這い」。どうもしっくりこない。「親子丼」の答えとしてしっくりこぬ。裏と裏が、合わぬ。
 刹那の間にもこれだけ悩んでいるのに、闇はどこまでもひっそりとしている。影は久々に、なんとも情けない気持ちを抱いていた。
 もっと単純に「他人丼」でいいのではないか。そろそろ覚悟を決めねばならなかった。戸の裏の忍びもそろそろ怪しいと思い始めるだろう、あとせめて三拍の間に考えねばならぬ――そうか、そうだ。「男の夜這い」で合っていたのだ!

「親子ど」
「釜飯ッ」

 答えるや否や木戸ががらりと開く、刹那、中から飛び出してきた刃が影の喉っ首を突き通した。
「ばかものめ、今日は中に全員揃っておるわ」
 薄れていく意識の遠く、遊ばれていたことに影はようやく気づく。
親子丼の味 サヌキマオ

小鳥とハツカネズミとソーセージによろしく
ごんぱち

 昔、労働者と経営者と家畜が、仲良く暮らしていました。
 労働者は家畜を育て、家畜は屠殺されて加工され、経営者はそれを売って工場を大きく安泰に経営していました。
 そんなある日、労働者の元に人権活動家がやって来ました。
「あなたの生活は大変苦しいでしょう。これは一番大変な仕事をあなただけが背負っているからだ。仕事を変えるよう争議を行うべきだ。これはあなた一人の問題ではない、そのような境遇に甘んじている事が、悪辣なブルジョアをのさばらせる原因にもなるのだ!」

 労働者は、人権活動家の言う事ももっともだと思い、仕事を取り替えるよう訴えました。
 最初は渋っていた家畜と経営者も、人権活動家が提案した事だと知ると「まずは一日試してみよう」と渋々了解しました。

 家畜役になった経営者を、労働者役になった家畜が屠殺しました。家畜はこらえがきかず、内臓のいいところだけを食べて、後は放り出してしまいました。
 経営者役の労働者は、品物がちっとも出来上がらないので、生産ラインを覗くとこの有様でした。
「なんてこった!」
 労働者はどうしようか考えましたが、ちっともまとまりません。労働者は百人もいるので、まとまりようがないのです。
 その上なんという事でしょう、労働者役の家畜は、檻に閉じ込められていないので、退勤時間を待たずに工場からいなくなってしまいました。
 労働者達はどうしたら良いか分からないまま、工場に残るもの、帰るもの、人権活動家に電話をするものなど、様々に行動しました。
 工場の混乱に気付いた近所の住人が通報し、警察がやって来ました。
 警察は経営者の死体を放置している労働者達を見つけ、現行犯逮捕しました。
 労働者達の何人かは、経営者は家畜役だから死んだのであって、これはこの工場で当たり前の事だと主張しましたが、人間と家畜は法律での扱いが違うと教えられてびっくり。黙るしかありませんでした。その後の調べで、彼らは経営を決める話合いで喧嘩をして何人かの労働者を殺していた事も発覚し、労働者の大半は逮捕されてしまいました。
 不起訴になった労働者達も、何も生産できない工場にいても仕方がないので、他の工場を探していなくなってしまいました。

 人権活動家は、過酷な環境で働く労働者がいなくなった事を知り、自分の成果に満足しながら、他の人権侵害事例を求めてまた彷徨い始めました。
 次はあなたの会社に来るかも知れませんね。
小鳥とハツカネズミとソーセージによろしく ごんぱち

ゴールは無かった
アレシア・モード/翻案
アンブローズ・ビアス/原作

「ジェイムズ・ウォーソン?」
 私――アレシアは、その名を復唱した。いつも忘れているのに、突然なぜか日々に割り込んでくる。そしてまた、忘れる名前だ。
「もちろん覚えてるわ」
 私は答えた。


 レミントンの町に住むウォーソンは、ウォーリックへ向かう通りの路地の脇に小さな店をもつ靴職人だった。仲間の連中たちの中では正直な奴とも呼ばれたが、イングランドの町に見かけるこういう身分の男の常で、彼は少々酒に溺れていた。店に来て、飲んではバカげた賭けをする。それはもう毎度の事で、自分の体力を自慢しては、結局最後には自分と戦うのだ。ソブリン金貨一枚のために、彼は四〇マイル以上離れたコヴェントリーの町まで、往復走りきってみせると請け負った。一八七三年九月三日の事だった。彼はすぐ出発した。何人かワゴンに乗ってその後ろを走った。賭けの相手(名前は知らない)と、リネンを商うバラム・ワイズ、たしか写真屋のハマーソン・バーンズ。そして私だ。

「ジミー、がんばれ!」
 私の声援に、彼は軽く手を挙げて応える。何マイル走っても、彼はまるで疲れを見せない。軽い足取りで走り続ける。なにしろ彼のスタミナは本当に強いので――駄目になるほど飲んでもいなかったので。ワゴンに乗った私たちは、彼の後ろで距離を保って、時々優しい「冷やかし」やら応援やらを、気の向くままに送っていた。
 突然、彼は――道路の真ん中で、私から何十ヤードもない先で、見つめる私の目前で――つまづいたように見え、前方へ頭から飛び込んだように見え、そして怖ろしい叫びと共に、消えた! 彼は転んでいない――地面に、転がる前に消えた。後には何の痕跡もなかった。

 何も出来ないまま、私たちはその場にしばらく留まり、レミントンに戻り、驚くべき出来事を話し、そして拘留された。私たちはこの奇妙な冒険について、神に誓ったうえ供述した。幸い私以外の人物は、地位もあり、誠実な人物と普段から思われていて、あの時は酔ってもいなかったので、供述自体に信用ならない部分は何一つ無かった、でも、その真偽については、世間の声は二つに別れたのだ。もし私たちに何か隠し事があるなら、きっとそれは、人間が正気で思いつくような沙汰ではない。


「それでおしまい、オチも何もないよ……だからあ。なんでそう理屈を拵えたがるの……あ、はあい、スタウト四つだね」
 勝手に消えるのが男。そういう事だ、考えたって仕方がない。
ゴールは無かった アンブローズ・ビアス

墨痕
今月のゲスト:加藤武雄

 尋常四年生の時だった。同級のTと私は非常に仲好しだった。仲好しという以上に、私はTにある尊敬と、而して愛慕に似た感情をもっていた。
 その時代の少年の何人だれでものように、私はその時分善行の夢をみていた。「少国民」か何かで読んだ西洋の物語の中の、友人の身代わりになって獄に入り、友人の身代わりになって死刑を受けようとした人の話に非常に感激した私は、どうかしてそういう事をして見る機会を得たいとこいねがった。しかし、そういう善行の対象はどうしてもTでなければならないと考えたのであった。
 ところがその機会が来た。丁度学期代わりの時で、教室が改まると共に、私達は造りたての白木しらきの香の鮮やかな机を渡された。而して、疵を附けたり、墨で汚したりしてはならぬと厳重に先生から申し渡された。ところが、何人のよりも真先に、私の机が大きな墨汁の滴りで汚されてしまった。而して忽ち先生に見附けられてしまった。
 それは、しかし私の粗忽では無かった。確かにTがした事だと、私ははっきりとそれを見ていたし、T自身も、それを知っていた。が、私は、「ここだ!」と思った。而して従容としてそれを自分の過ちとして引き受けた。そのために私は火の出るようなお眼玉めだまを先生から頂戴しなければならなかった。が、私は先生から叱られながらも、今にTが、「先生、それは私がしたのです。Kさんじゃありません」と名乗って来るだろうと思っていた。丁度その物語の友人の一人が、汗馬を飛ばして刑場へ駈け附けて自分の身代わりになって死刑になろうとする友人を救い出したように。而してその二人の友情が判官を動かして死刑になった友人もその死刑を赦免されたように、私とTとの友情が先生を動かして、私は勿論、Tもその罪から許されるだろうと。
 が、Tは私が待ち設けたように名乗って出ては呉れなかった。Tはあくまで知らん顔をしていた。私は自分の犯しもせぬ過ちのためにひどく叱られただけだった。――その腹立たしさは長い間私の心に残っていた。腹立たしさが消えてしまっても、或る一つのしみが何時までも私の心に痕をとめていた。丁度、白木の机の上に沁み込んだ墨の痕のように。――而して、その机もやがていろいろのしみや手垢で鼠色に汚れてしまったように、私の心も今ではだだ黒く染まってしまったのだ。そうだ、悲しいことにはだだ黒く染まってしまったのだ。