墨痕
今月のゲスト:加藤武雄
尋常四年生の時だった。同級のTと私は非常に仲好しだった。仲好しという以上に、私はTにある尊敬と、而して愛慕に似た感情をもっていた。
その時代の少年の何人でものように、私はその時分善行の夢をみていた。「少国民」か何かで読んだ西洋の物語の中の、友人の身代わりになって獄に入り、友人の身代わりになって死刑を受けようとした人の話に非常に感激した私は、どうかしてそういう事をして見る機会を得たいと冀った。しかし、そういう善行の対象はどうしてもTでなければならないと考えたのであった。
ところがその機会が来た。丁度学期代わりの時で、教室が改まると共に、私達は造りたての白木の香の鮮やかな机を渡された。而して、疵を附けたり、墨で汚したりしてはならぬと厳重に先生から申し渡された。ところが、何人のよりも真先に、私の机が大きな墨汁の滴りで汚されてしまった。而して忽ち先生に見附けられてしまった。
それは、しかし私の粗忽では無かった。確かにTがした事だと、私ははっきりとそれを見ていたし、T自身も、それを知っていた。が、私は、「ここだ!」と思った。而して従容としてそれを自分の過ちとして引き受けた。そのために私は火の出るようなお眼玉を先生から頂戴しなければならなかった。が、私は先生から叱られながらも、今にTが、「先生、それは私がしたのです。Kさんじゃありません」と名乗って来るだろうと思っていた。丁度その物語の友人の一人が、汗馬を飛ばして刑場へ駈け附けて自分の身代わりになって死刑になろうとする友人を救い出したように。而してその二人の友情が判官を動かして死刑になった友人もその死刑を赦免されたように、私とTとの友情が先生を動かして、私は勿論、Tもその罪から許されるだろうと。
が、Tは私が待ち設けたように名乗って出ては呉れなかった。Tはあくまで知らん顔をしていた。私は自分の犯しもせぬ過ちのためにひどく叱られただけだった。――その腹立たしさは長い間私の心に残っていた。腹立たしさが消えてしまっても、或る一つのしみが何時までも私の心に痕をとめていた。丁度、白木の机の上に沁み込んだ墨の痕のように。――而して、その机もやがていろいろのしみや手垢で鼠色に汚れてしまったように、私の心も今ではだだ黒く染まってしまったのだ。そうだ、悲しいことにはだだ黒く染まってしまったのだ。