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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第33回バトル 作品

参加作品一覧

(2020年 9月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
小笠原寿夫
1000
3
小伏史央
1000
4
ごんぱち
1000
5
田村俊子
1724

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八月四日 満つ蝉
サヌキマオ

 今年の夏はカナブンが多い。アスファルトは骸だらけだ。蝉の抜け殻も散らばってはいるが、あきらかにカナブンのほうが多い。
 息子を夏休みの預かり保育のために登園させていると、隣の小学校の校門脇に蝉の抜け殻が落ちている。抜け殻にしてはやけに生っ白いな、と思っていると、ひっくり返った胴体の上で長い手足がもそもそと動いた。まだ中身の抜けていない、終齢幼虫だった。
「メッツくん、それ」
 息子を呼んで学校の塀の上に載せさせる。息子はえっという顔をしていたが、指示を理解したのか指先でむずと蝉を掴むも、ころりと地面に落とした。ああ見えて蝉の表面は滑りやすくなっている。
「もう一回」
 息子は怪訝な顔をしたが、不承不承といった様子で、今度はうまく塀の上に蝉を載せた。コンクリートの塀の上で相変わらず仰向けにひっくり返っているのを直してやる。コンクリートには茂った桜の葉がいくつか掛かっていて、うまくすれば枝を伝って幹にしがみつくかもしれない。つかないかもしれない。
「いいことをしたね」
 そのうち「助かりました」って蝉がお礼に来るよ、などといいながら息子を幼稚園につれていく。お地蔵様がある。習慣で二人して手を合わせる。「おんかかかびさんまえいそわか」メッツくん、真言うまくなったねぇ。
 何点かといえばひゃくてんに決まっている。当所は真似のつもりで「おんがくさんぎょうごまんえん」とか呟いていた。

 蝉は(一般的な昆虫図鑑レベルの話で云えばだが)卵として産まれてから六七年は土の中で過ごし、地表に出てからは半月から一ヶ月くらいを成虫として暮らし、子孫を残して死んでいく。とすると、もしさっきの蝉が羽化することなく息絶えたならば、せっかく七年死なずに済んだのに、最後の最後で失敗して生き物の役目を果たせなかった、のだろうか。
 いや、それとも、蝉たちにとっては地中の七年こそが「楽しい暮らし」であり、いよいよ臨終の時を知って、よっこらしょいと地表への道を掘り始めるのだろうか。我々が古来から夏の青空の上に天国だかあの世だかを思うように、蝉も、別の世界に死ににいくのではないか。
 もう、脱ぐべき殻はない。我々の肉体は、古びに古びた。
 死の先のことは、もう誰にもわからぬ。
 息子を送ってもと来た道を帰る。当然、先程の蝉はどうしただろうと思うだろうが、コンクリートの上、先程とまったく同じところで腹を上に向けてわさわさと蠢いている。
八月四日 満つ蝉 サヌキマオ

漫才ドッキリ
小笠原寿夫

「声を大にして言いたい。俺は、平和主義者なんだよ!」
私は、声を荒げた。
「せやねんで。」
相方が、すかさずフォローした。
「てめー、でかい声出してる時点で平和主義じゃねぇじゃねえか。」
と、野次が飛ぶ。
「いや、違うねん。この子は争い、諍いを誰よりも嫌うねん。」

 5分前、我々は、舞台袖から、突っ走って登場した。一斉に客席の弁当箱の蓋が空いた。
「いや~、しかし面白いもんでね。こないだトラック運転してたらねぇ。」
「お前、ペーパードライバーやないか!」
「いや、人の話は最後まで聞いてくださいよ。」
客席から、白米を噛む音やエビフライを齧る音が聞こえる。
「いや、マァ、トラックでデートしてたらね。」
「なんでトラックでデートやねん。マァええわ。ほいでほいで?」
「後ろから150キロぐらいで飛ばしてくるお婆ちゃんが居たんですよ。」
「それは、危険運転じゃないですか。クラクション鳴らしたんでしょ?」
「勿論ですよ。ほしたら、お婆ちゃんチャリンコから降りて、深々と頭下げてました。」
「自転車がそんなスピード出るかいな!」
「マァ、そこはええわいな。続きがあるねん。」
「聞きましょうか。」
「隣に座ってた彼女がね。言うんですよ。」
「あっ、デート中やったね。」
「あんなに謝ってるんだから、許してあげようよ。」
「マァ、そういうわねぇ。」
「ここは、男見せたらなアカンと思って、ボコボコにしてやりましたよ。」
「君、お婆ちゃんをボコボコにしたら、あかんわ。」
「いや、トラックをね。」
「お前の話めちゃくちゃや!」
この瞬間、客から野次が飛んだ。
「つまんねぇぞ!」
「帰れ!」
「金払ってんだぞ!」
私が、声を荒げたのは、その次の瞬間である。
「じゃかましわ、あほんだらぁ!お前ら全員エビフライにしたろか!」
「いや、今のも旨いこと海老とかかってるんでしょう?」
客から、また野次が飛ぶ。駆け出しの舞台なんてこんなものである。
「弁当が不味くなるよ。」
「こっちのエビフライの方がうめぇよ。」
「芸人辞めろよ!」
相方は、間髪入れずに、靴を客席に放り投げた。
「何すんだよ!」
「ちゃんとやれよ!」
ここで、私は、マイクに向かって言った。
「声を大にして言いたい。俺は平和主義者なんだよ!」
「せやねんで。」
事の次第は、前述の通りである。支配人が、慌てふためいて飛び出してきた。
「すいません。こいつらまだ駆け出しのもので。」
その時、二階席で、一部始終を観ていた客がドッと笑った。
漫才ドッキリ 小笠原寿夫

映画「あなたは回る」予告編(2018)
小伏史央

  げてきて、気付けば見知らぬ街にいた。霧の立ち込めた道路の脇に、古い民家が立ち並んでいる。
 肩で息をしながら、足元の感覚を思い出す。裸足だった。がむしゃらに走ってきたから、いつ脱げたのかも分からなかった。
「あんさん、そんなに息切らせてどうしたんだい」
 背後から老人の声がする。飛び上がって距離をとり、それからようやく振り返ったが、そこには唖然とした顔のお爺さんがいるだけだった。
「大丈夫かい」
「あ、ええ。すみません。取り乱して」
「なにかあったのかい」
「ここまで走ってきて……あの、追われて」
「何から」
「何って、あ、あれ?」
 思い出せない。確かに何かを見たはずなのに、ここの霧に包まれたかのように、記憶が形を失っていく。
「なんだい、靴を履いてないじゃないか」
「脱げちゃったみたいで」
「孫のお古で良ければ、譲ってやろうかい。うち来るといい」
 お言葉に甘え、老人の家にお邪魔する。上がり框に腰かけ、濡れたタオルで足の裏を拭った。ぼつぼつと小石を踏んだところが血で滲んでいるように見えたが、本当に小さな傷だったようで、砂を拭き取ると傷も元からなかったかのように綺麗になった。
「あったあった。これだよ」
「すみません。こんなに親切にしてもらって」
 孫のお古だというそのサンダルは、履くまでもなく自分のものより大きいと分かった。しかしないよりはずっとマシだ。ありがたく受け取って、礼を言う。
「疲れただろう。お茶でも飲んでいきなさい」
「そんな、そこまでは」
「いやいや、飲んでいきなさい」
 居間に案内される。おせっかいな人だが、サンダルを譲ってもらった引け目もあるので、再度甘えることにした。そこにはブラウン管テレビが置かれていて、今はコマーシャルを流しているところだった。
〈映画「あなたは回る」近日公開
 ――あなたはこの映画が始まる日まで、この予告編から逃げられない〉
 足が止まる。思い出した。これを見たのだ。
 焦燥感がふつふつと湧き上がる。老人を窺うとヤカンのお湯を沸かしていた。振り返って、そのまま玄関へと進む。
「なんだ、帰るのかい。ゆっくりしていきゃええのに」
 呼び止められる。彼への挨拶はそこそこにサンダルを履き、玄関を飛び出した。貰ったそれはやはり大きく、ぱかぱかと音を立ててかかとが跳ねた。それでも走る。走る。走る。霧に包まれた道を、無我夢中で走った。
 霧が揺れる。複数の足音が響いた。振り向かずに走り抜けた。ずっと、ずっと。
 逃
映画「あなたは回る」予告編(2018) 小伏史央

流儀
ごんぱち

「いかが致そう、先生が遅れられるとは。このままでは刻限が……」
「お待たせ致しました」
「む? そちは?」
「四谷流作法術の四谷京作師範は、監き――あー、その、何やら急の要件にて来られぬとの事。私、田尾流の威信にかけ、四谷先生の代役を務めましょう、武納課長補佐代理殿」
「この際どちらでも構わぬ。頼む!」
「はっ」
「このずーむというアプリ、四谷先生に言われ、いんすとーるまではしたのだが」
「やや、Dドライブにインストールされている! これは重大なマナー違反に繋がりかねませんぞ! ZOOM会議は、顧客や上役など、目上の方とも直接やり取りをする場。アプリはOSと同じCドライブにあってこそ安定するのです。考えてみて下さい、二つの器を交互に使いながらモタモタボロボロこぼしながらくちゃくちゃ汚らしく、ただの一粒の米も残すまいとエサを喰らうのと、丼に全てを盛り付け一つの宇宙とし、調和の取れた神の恵みたる食物を、文明の英知たる金属で作られたスプーンで、気を散らす事なく一心不乱に、たっぷり余裕を残して食べ終えるのと、どちらがより人間らしい文明的な食事か!」
「ではCドライブに……」
「お待ちなさい! ただアンインストールしただけでは、フォルダが残るかも知れないし、消されたショートカットがデスクトップに隙間を作るではありませんか。しかも、ハードディスク上に不自然に消去されたセクタが出来れば、どんなエラーが出て、会議を中断させるか分かりません。OSからインストールし直すべき、いや、そもそも、このPCは新品でしたか?」
「えっ、四谷先生は、ある程度使い慣れたものの方が安定性があるから、と」
「なんと嘆かわしい! 四谷流は貧乏人のための、使えそうなものを使い回す事を前提にするだけのいかがわしくうさんくさい流儀。ZOOM会議は礼によって始まり礼によって終わり、取引や出世、現在から未来にかけ、いや、むしろ過去の評価さえも覆りかねない重大事、幾ら費用をかけてもかけすぎという事はありません」
「費用はともかく、時間がないのです」
「こんな事もあろうかと、新品のPCを持って来ました。OSのインストールのすぐ後にZOOMをインストールしてある、完璧に作法に則ったPCです。これをお買いなさい」
「まっことかたじけのうございます、田尾先生!」
「なに、マナー講師として当然のこと。ああ、支払いは現金で、領収書は礼儀に反するのでご容赦を」
流儀 ごんぱち

拇指の刺
今月のゲスト:田村俊子

 ある雨のふる朝、いとは足の拇指おやゆび爪際つまぎわの痛いのに気がついた。足袋を脱いで見るとそこが膿を持って腫れていた。糸江は急にびつこをひきながら、縁側で連翹れんぎようを挾んでいる祖父のところへその片足を見せに行った。
「どれ、見せなさい」
 枝屑の付いた手で、祖父は糸江の拇指をつまみながら、大きな顔を突き出して眺めていたが、
「これは何かの刺だ」
と言って、縁の上へそっと落とすように置いた。糸江は二三日前の朝洗濯をする時に、たらいたがを素足の拇指に立てた事を思い出した。
「痛いかい」
 糸江はうなづきながら、ぶら下げて来た片々の足袋をそっと穿いた。自分の身体のうちに、先の尖った刺なぞの突き刺さった事が、糸江の花片はなびらの繊維のような神経をおののかせた。
 糸江は祖父に言われて、懇意の医者の所へ薬を貰いに出かけて行った。医者の家は、今戸の橋を渡って聖天山へ折れようとする角にあった。朱蛇しゆじやの目を翳した糸江が、橋を渡ろうとする時、ちょうど船が渡し場を漕ぎ放れて行くのが川の上に見えた。どてを水平にして雨はその上を一帯に煙っていた。そうして反射のない川面かわづらは、黒色に見えるほど鮮明な流れを揺がしていた。
 医者の家には若い代診がいた。玄関に散っている新聞紙が風を受けてひるがえる度に、彼方あちら此方こちらの障子が湿り気を含んでがたがたと鳴った。糸江の足袋の後が濡れて、敷台を踏むとぎしついた。
 代診は切らなければいけないと言った。
「切るのは痛いから――」
 糸江は代診の前に出していた足を引っ込めた。
「それじゃ切らないで癒して上げましょう」
 代診は糸江を手術室へ連れて行って、椅子の上に腰をかけさせた。代診がいろいろな道具を揃えて糸江の足の前に運んで来るのを見ると、糸江はとした。
「切るんですか」
 糸江が椅子から放れようとすると、代診は糸江の胴を押えて動かさなかった。
「眼をつぶって仰向いているのです。下を見ちゃいけませんよ」
 代診は糸江の膝の下にしゃがみこみながら笑った。
きです。少しの眼を瞑って――」
 ふとしたはずみに、糸江は代診の手にメスの光ったのを見た。思わず足を引っ込めようとした時、代診の手に掴まれた片足の拇指には、もう紙の切れ端がに触れるような軽い刺戟で、メスのさきが入っていた。直ぐその傷口を手荒くガーゼで洗っているのも糸江は知った。皮を剥いた肉の上に、ささら﹅﹅﹅の懸かるような感じであった。糸江の心臓は釣瓶を落した井戸のように、異常に膨まったり引窄ひきすぼまったりした。糸江はそっと下を覗いて見た。繃帯をしていると見えて、白いきれが代診の手から草色の絨毯の上へ、流れたり纏繞ったりしていた。糸江はそれを茫と見つめている中に、自分の身体の底から重圧おもしを抜き去られて行くような心持がしたと思うと、くらくらとして椅子から落ちた。
 遠方とおくから多勢おおぜいの人声が近付いてくるように思って糸江が気が付くと、自分の倒れている傍に代診が膝を突いて糸江の苗字を呼んでいた。糸江の睫毛と横鬢よこびんに水の雫が溜っていた。糸江が起き上がった時、直ぐ眼の前に薬局の書生が両手を差出しているような格好をして、立っているのが見えた。
「見かけによらない、貴女あなたは気が弱い」
 代診はう言いながら、糸江を抱えて寝台の上に横たわらせたけれども、糸江は起き返った。代診は水薬を持って来て糸江の口に当てがった。
「気分はどうです」
 糸江はそっとつむりをふった。眉を八字にして代診の顔を見た時に、糸江の濡れた睫毛がしおしおとした。手術をする時に使った金盥が何時の間にか機械戸棚の隅に片付けてあった。血に泌みたガーゼが石炭酸水の中に浮いているのをみた時に、新たな痛みが脳から爪先までしいんと響いた。それと同時に糸江の気分ははっきりした。糸江は寝台を降りようとした。
「一人で歩けますか」
 代診はだいの上に落ちていた糸江の大きなかんざしを取って渡そうとした。糸江の皮膚のねばり湿った蒼白い顔が、その時硝子窓からはいってくる光線を受けて急に光を持った。簪を渡す時に、代診は糸江の三本の指先を軽く握った。口尻くちじりを微かにふるわした糸江は、その顔を上げずに足を引摺りながら玄関に出て来た。
「一人で歩かれますか」
 代診がまた糸江のうしろから声をかけたけれども、糸江は黙って其所そこを出て行った。