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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第34回バトル 作品

参加作品一覧

(2020年 10月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
蛮人S
1000
4
蒲松齢
1720

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サヌキマオ

 ある朝、正義に目覚めた姉が働くと云い始めた。母親は娘の豹変ぶりに却っておろおろした。中学二年のときから自室に八年引きこもっていたのだ。
 母親の静止も聞かず姉はスウェット姿で出ていき、一時間もしないうちに意気揚々と帰ってきた。中華料理店のホールのバイトが決まったという。あまりにも案外圧倒的に電光石火のことでやにわに信じられなかったが、現象としてはタブレットでバイト先を探し、電話で面接の予約をして受けて採用されて帰ってきただけのことである。「ホールのバイト」というのがどういうことをするのであるかということは、ドラマで学習済みなのだと得意げに云った。
 姉は母親にカネを要求した。新しい服を買い、美容院に行くのだという。拒食症気味の姉は痩せ過ぎていることを除けば容姿自体は十人並みかそれ以上であり、あとは世間に合わせた身なりの整形だけが求められていた。二時間ほどすると、頬のこけた、やや不健康そうな二十二歳の女性が帰ってきた。姉のいう「正義」とはなんだかわからなかったが、正義はすごいものだと思った。
「病気のアナグマ飯店」は駅前通りから一歩路地に入ったところにある。店内には息も絶え絶えなアナグマが吊るされている。姉は清潔な黒のシャツにズボンの制服を着て客席の間を忙しくしている。アナグマがたまにうううと呻く。ホールの店員は他に二人いて、自分の姉が一番美しい。アナグマのたらした涎が床に垂れるとモップでまめに拭いている。涎の落下地点を避けて担々麺が運ばれていく。げええ、アナグマが吐く。
 姉が勤勉さを手に入れたことで、今度は母親が怠惰を病んだ。己の娘がずっとこの家に寄生し続ける人生を描いていたのが、急に変更を余儀なくされたのだ。姉がはじめての給金でケーキを買ってきたときには急にえづいて床に丸くなった。釣り上げられて浮袋の飛び出した魚のように見える。
 母親は病気のアナグマ飯店の前をうろうろした。そうして、入店しないで帰ってきた。働いている様子を見なければ働いているかわからないから大丈夫、とよくわからないことをうわ言のように呟いた。しかし、姉はちゃんと働いているのである。来客をにこやかに出迎え、流れるような仕草で水を出し注文を取る。吊るされたアナグマがぐえるぐぇると呻く。二番テーブルに餃子特盛セットを運んだ足で五番テーブルの皿を片付ける。扇風機の風があたってアナグマがゆるやかにぐるぐる回る。
姉 サヌキマオ

残暑
ごんぱち

 スターターを引っ張ると、草刈り機がけたたましい音を立て始めた。
 肩掛けのバンド越しに振動を感じつつ、ハンドルのスロットルレバーを握り締めると刃が唸りを上げて回り始める。
 想像よりも振り回される感覚はなく、重量も大して感じない。

 定員二百名を越える介護施設の裏手は、舗装されていない道路一つ挟んで、川になっている。区画整理されて真っ直だが、土手には草が分厚く茂っている。

 壁とフェンスの間に入る。
 幅一メートル程の隙間が、身の丈ほどの草で埋まっていた。
 刃の回転速度を上げ、ゆっくり草に近づける。
 今まで、幾度も草刈り機を使うの見たが、自分で使うのは初めてだ。
 刃が触れた瞬間に草が切れ、倒れる。なぎ払うというより、押し出す感じに刃を当てる。先ほどまで使っていた鎌とは比べものにならない早さで草が切り倒されていく。

 草の匂いが強まる。

 バッタが飛び去る。
 僅かに横に揺さぶられる感触を抑えながら、自分の力でゆっくり切り進めていく。
 フェンスと壁の狭い隙間が終わり、旧棟と新棟の間の少し開けた場所に来る。日当たりが悪いせいで、草はややまばらだ。
 草を切り除けると、植木が姿を見せる。と、勢い余って切断。
 何でも切れそうな勢いだが、二センチ、三センチと太い草――もうそれはトウキビか何かだ――には、刃が食い止められる。勢いが付く前は、草が巻き付きそうになる。壁やフェンスにぶつかると、刃が欠けて飛び散る。
 想像の範囲の挙動だ。
 小さい頃、親が使う草刈り鎌に触らせて貰えなかった事を思い出す。

 向かい側から、エンジンの音が聞こえて来た。広報課長の草刈り機だ。自分も課長相当だが、彼の方が課長歴が長いので、課長Gと課長號ぐらい違うと言える。
 身の丈よりも高い草が刈り倒され、課長と合流した。
 大体のところは刈り終わった。
 切ったと思った場所も、改めて見ると根元からが結構長い。でも、こだわりるとキリがない。

 アスファルトの上に置いた草刈り機のエンジンから陽炎が立ち上る。
 蛇の一匹も出るかと思っていたが、結局出なかった。
 意識すると、長袖上下のジャージも、その下、Tシャツもパンツもびしょ濡れになっていた。
 曇りでこれなら、日が出ていたらどうだったか。
 来客対応を終えた施設長が、ペットボトルを差し出す。
 ポカリスエットが喉を通り、腹に落ちた。

 十年暮らして、ようやく今年の夏は暑いのだと分かるようになった。
残暑 ごんぱち

師匠とメイド
蛮人S

「君が新しいメイドか」
 老人は強張った目で七瀬を見た。新たな価値など何も認めぬという目だ。
「はい。宜しくお願いします」
 室内は昭和っぽい洋風を漂わせている。
「ふん、若いな。前よりまだ若い。当面は試用期間だからな。住み込んでもらうが、使えん者は追い返す。ここでは覚えてもらう事が色々多いのだ。まず……君は私の事を何と呼ぶつもりか」
「ご主人様とか旦那様とか……または何でもお好きな呼び方で結構です」
「ここでは」彼は言った。「私の事は『マスター・オブ・ザ・オール・マンザイ師匠』と呼び給え!」
 そういう人か、と七瀬は意味なく納得した。
「マスターオブザオールマンザイシショウ」
「そうだ。次に、この家具を何と呼ぶ」
 師匠は大仰にソファを指さす。枕と毛布が載っている。真意を量りかねたまま七瀬は答えた。
「ソファベッド? でしょうか」
「これは私の『ゲシュタルトの楽屋』と呼べ。ではこれは何か」
 師匠は派手なパンタロンを指差した。
「ズボン……とか?」
「君はこれを『爆笑ダブルピストン』と呼び給え。ところで」
 師匠は憎らしく太った白猫を指さした。
「君はこの子を何と呼ぶのか?」
「猫ちゃん、とか? お名前は何ですか」
「この子は『まっしろしっぽのポッケ』である。さて」
 師匠はストーブに燃える炎を指した。
「この熱く燃える輝きは何か」
「火とか、炎とか」
「ここではこれを、ええと……『日暮里ホットスポットキッズ』と呼ぶのだ。しかして」
 師匠はヤカンの水を湯呑に注ぎながら叫んだ。
「これは何か!」
「水ですか」
「これは『池乃チャポン・ド・ボーン』である。ちなみに我々が今いるこの建物は?」
 師匠はぐるりと指差しながら尋ねた。
「あの、家ですか?」
「人々はここを『笑いの重戦車KV-85テイヂヨールイータンクカーヴエーヴオースイミヂスヤツトウピヤーチ』と呼ぶ! それから言葉の最初と最後には『ピロシキ』と付け給え。では君の控室に案内しよう……」

 その夜、不穏な夢から目覚めた七瀬は、ある怖ろしい光景を目撃して師匠の寝室に駆け込んだ。
「ピロシキ! 起きてくださいマスターオブザオールマンザイ師匠、すぐゲシュタルトの楽屋を出て爆笑ダブルピストンを穿いてください。まっしろしっぽのポッケのしっぽに日暮里ホットスポットキッズが燃えてて、はやく池乃チャポンドボーンかけなきゃ笑いのティヂョールィータンクカーヴェーヴォースィミヂスャットゥピャーチがすっかり日暮里ホットスポットキッズにピロシキ!」
「……よし!」
師匠とメイド 蛮人S

酒友
今月のゲスト:蒲松齢
柴田天馬/訳

 車生しやせい家不中貲びんぼうくせ耽飲のみすけで、夜三白さんばいをひっかけねば、寝ることが不能できなかった。以故それだから牀頭まくらもととくりを空にしておくことはなかった。
 あるめがめて転側ねがえりをすると、有人だれやらいつしよているようだ。是覆裳堕耳やぐがおちたんだろうとおもっててみる猫のようでややおおき茸々もじやもじやしたものがある。でみると狐が酣酔よつぱらって犬のようにていた。とつくり、空だった。せいは笑って、
れはおれ酒友のみなかまだ!」
 とったが、おこすに忍びなかったので、やぐきせてやり、ひじを加えて與之共いつしよに寝たが、かわるのを観ようと思ってあかりのこしておいたのであった。
 半夜よなかになると、狐が欠伸をしたので、生は笑いながら、
美哉睡乎よくねたかね!」
 とってよぎけてと、儒冠じゆしのぼうしをきた俊人りつぱなひとだった。起きてねだいの前でおじぎをして、不殺たすけてくれためぐみを謝したので、生は、
ぼく癖於麹蘖而さけのみだかせけんではばかにしるんだ。きみぼく鮑叔ほうしゆくだ。不見疑いやでなかつたら糟邱之良友のみなかま当作なろうじゃないか」
 とって曳登榻ねだいにひつぱりあげ、た、いつしよに寝た、そして、
きみ! 可常相臨しじゆうきたまえ! 無相猜わるくおもわずに!」
 と言うと、狐は諾之しようちしたのであったが、生がやがて醒めてみる、狐はいなかった。、旨い酒を一盛ひとたるととのえてしきりに狐をっていると、ゆうがたって果してた。促膝ひざぐみのんだが、狐は量多のみて善諧はなしてであったから、相得ちかづきになったことのおそさを恨んだほどであった。狐はった、
たびたび、良いさけごちそうになるね、うして報徳おれいをしよう」
 生はった、
斗酒いつぱいさ! 何置歯頬いうほどのことじやないさ!」
 狐はった、
雖然けれど、君は貧士びんぼうだから、杖頭銭さかだいたいだ。君のめにちつとばかり酒貲さかだいくふうをしよう」
 で、つぎばんるとこうった、
「此から七里ほど東南にくと、道側みちばたに金が有遺おちてるから、早くそれを取ってくるがいいよ」
 詰旦而あさはやくってみると果して二両の金がてにいったのでさかなって夜飲ばんしやくたしにした。狐は又こうった、
院後うらにわ窖蔵うめたのがあるから宜発之あけてみたまえ」
 如其言いうなりにすると果して百余千の銭がてにいった。生は喜んで、
嚢中のうちゆうすでおのずから有りさ。まんうことをうれうるかれだ!」
 とうと、狐は、
そうじゃない。轍中わだちの水をいつまでむことは胡可以できないから合更もつ謀之かんがえなければならん」
 とって、異日ひがすぎてから生にった、
市上まちではそばやすいが、これは奇貨可居もうけものだぜ」
 で、それに従ってそば四十こく余りをった。人咸ひとびとは買うときではないのに、といってそれを笑ったのであった。すると未幾まもなく大そうなひでりで、こくるいや豆はすつかり枯れてしまった。そしてそばだけがうえられたので、種にって十倍のもうけがあった。
 由此それからますます富んで、いいを二百いこんだ。そして狐にいて麦をたくさんえれば麦のとりいれがよかったし、きびたくさんえれば黍のとりいれがよかった。そのほか、一切種植たねまきはやおそいまで皆んな狐にきいてきめたのであった。
 こうして日ましに稔密ねんごろになり、生の妻をねえさんと呼び、生の子をのようにしていたが、そのち生がしんだので、狐はとうとう来なくなった。
訳者(柴田天馬)註
家不中貲びんぼう:史記游侠伝に『郭解家貧不中貲』とあって註に『家貲不満額』とある。
夜三白さんばい:漢書に『引満挙白談笑大噱』とある。
鮑叔ほうしゆく:史記の管晏伝に『管仲曰生我者父母知我者鮑子也』とある、親友中の親友のことである。
糟邱之良友のみなかま:南史陳喧伝に「喧嗜酒其兄子秀致書於喧友人何胥冀以諷諌喧聞之與秀書曰速営糟丘吾将老焉爾無多言』とあるさけかすの邱を築いてくれといったのである。
杖頭銭さかだい:世説に「阮宣子常歩行以百銭挂杖頭至酒店便独酣適雖当世貴盛不肯詣也とある。
・漫に沾うことを愁うる莫かれ:賀知章の詩に莫漫愁沽酒嚢中自有銭とある。
奇貨可居もうけもの:史記呂不韋伝に秦安国君中男名子楚為秦質子於趙趙不甚礼呂不韋賈邯鄲見而憐之曰此奇貨可居とあって註に可居積以乗時射利也とある。いいものを買っておけば儲かるという意味。